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第118話 ゴールデンウィークに

 その後、自分の部屋に戻り私は絵をどこに飾ろうかと壁を見る。

 私の部屋の壁、何にも飾ってないんだよね。

 とりあえず用意した画びょうを壁に刺し、私は絵を飾る。あとでフック買ってきて、ひっかける様にしようかな。

 大してものがない部屋だけど、ちょっと彩りができたな。

 白い壁に、青いイラストがとても映える。

 私は絵をじっと見つめて、思わず笑ってしまった。


「ずっと何かを隠してる感じだったけど、これだったんだ」


 そう思うとちょっと微笑ましいかも。 

 引越しの時、大事そうに布で巻いた大きな物体があったけど、きっとこれだったんだろうなぁ。

 だから色んな画材を購入していたのね。

 綾斗がみたのもこの絵かな。そもそも湊ってアナログで絵を描いたの見たことないからびっくりだ。

 しかも彼はプロとして仕事しているし、そんな人から絵を貰うなんてなんだかすごい事をされたような気がする。

 よかった、私、誕生日をここで過ごせて。

 あと三か月で恋人契約を始めて一年たつ。ということは契約の期間がもうすぐ終わるということだ。

 その事実が不思議だった。

 契約、どうするんだろう。もう、形骸化しているようにも思うけど、あの契約について私たち、ちゃんと話していないんだよね。

 契約書はちゃんと作っていて、私も彼も持っている。大したことは決めていなかったけど。

 もし。

 もし、このまま関係を続けるのなら契約というものはなくなって、本当の恋人になるのかな。

 でも今の状況ってそれ以上だよね。入籍届を出したらすぐにでも結婚できるじゃないの。

 私は了承を得る親族はいないし。あ、でも湊には家族いるんだ。たまに電話で話しているしね。

 結婚……いやいや、まだ早い。私まだ二十六歳になったばっかりだし、結婚ってなると現実味がわかない。家族が欲しいってあんなに強く思っていたのに、いざその言葉がちらつくとしり込みしてしまう。

 今の状況はトーカーのせいだし成り行きだけど、まさか一緒に暮らすことになるなんて思いもよらなかった。

 私は両親の位牌の方を向き、手を合わせて言った。


「一年色々あったけど、今年は穏やかに暮らせるようにしたいな。見守っていてね」


 お母さんが死んで、お父さんが死んでひとりになって。ずっと欲しかった、おかえり、と言ってくれる相手。

 おかしな契約だと思ったけど、私、この契約してよかった。

 どうなるかと思ったけど私、今すっごく幸せだと思う。


「よしっ。お風呂、入ってくるね」


 私は位牌にそう声をかけて部屋を出た。




 四月二十五日金曜日。

 四月の終わり、つまりはゴールデンウィークだ。 

 連休なんてどこに行っても人が多くて混むから、家に引きこもる日と決めている。

 引きこもってドラマ見て過ごすんだ。あ、でも映画は一本見に行こうと思ってる。

 混むから嫌だけど、これも仕事の一貫だし。

 ゴールデンウィーク合わせで色んな映画が公開されるのよね。

 夜、私はお風呂に入った後、スマホで映画の公開情報を調べた。

 どれがいいかな……恋愛もの、SF、ヒューマンドラマ、アニメもある。

 私が好きなミステリー物は残念ながらなさそうだ。


「灯里」


 名前を呼ばれて、ふわっと後ろから抱きしめられる。


「うーん、何?」


 スマホから目を離さずに答える私の膝に、ノアがちょこん、と乗っかってきて丸くなる。


「あれ、映画調べてるの?」


「うん。次何見ようかと思って。ほら、連休でしょ? 一度くらいは見に行きたいなって」


「混んでるよねきっと」


 苦笑交じりに言われ、私は頷く。

 そうなんだよねぇ。それなら平日の夜の回にもで行こうか。でも夕飯のこと、考えるとな……


「ねえ映画、俺も一緒に行っていい?」


 湊にしては珍しい申し出だった。

 私が映画見に行く、と言っても一緒に行くなんて言われたこと一度もないし。


「いいけど、何か見たいものあるの?」


「そのアニメ映画、綾斗が出てる」


「え、うそ」


 言われて私は今日から公開されているアニメ映画の情報を調べた。

 確かに、見てみたら三番目くらいに名前がある。


「ほんとだ」


「なんかその映画に出たくて、オーディション自分で申し込んだらしいよ」


「そんなことあるんだ」


 この手のアニメ映画の声優って基本、オファーで決まるものだと思っていたけど。


「じゃあこれ見に行こうか。ちょっと待ってね」


 私はスマホを操作して映画の時間を確認する。

 行くなら朝イチの回か、夜がいいな。

 一週間後の上映予定はまだ出ていなくて、どうしようか悩む。


「ねえ、平日の夜でもいい?」


「その方が俺的にはいいかな」


「じゃあ、四月二十八日の夜の回で予約するね」


「わかった。じゃあ、その日の夕飯は外かな」


「そうだね」


 席はまだ、全然埋まっていなかった。

 でもこれ、直前になると埋まっていくんだろうなぁ。

 人が多いと嫌になるけど、仕方ない。

 無事、映画の席をとった私はスマホを横に置いて、私の首に絡みつく彼の手に触れて言った。


「映画見に行きたいなんて珍しいね」


「うん、まぁ……なんか、綾斗が嬉しそうだったから」


 なんだか恥ずかしげに湊は答えた。


「そうなんだ」


「声優とかやりたかったらしいけど、前の事務所だと許してもらえなかったらしい。辞めることになったから内緒でオーディション受けに行ったとか聞いたけど」


 まさかそれも前の事務所を辞めた原因……?

 仕事の制約とかあるのね。


「俺としては巻き込まれたくはないけど、まあ、今くらいの距離感で付き合えればいいかなって。母親の情報を教えてくるのだけはやめてほしいけど」


 湊はため息交じりに言う。

 母親、という言葉に私はドキン、とした。

 あの、会社の近所で出会った女性、柚木さん。彼女は本当に湊の母親なのかな。

 私は迷ったものの、スマホを握りしめて彼に尋ねた。


「ねえ、ひとつ聞きたいんだけど」


「何?」


「お母さんの事はその……どう思ってるの?」


「怖いし会いたいとは思わないよ。まあ、前に比べたらましにはなったけど」


 そう答えた湊は私を抱きしめる腕に力を込める。

 それはそうよね。だって、背中、切られたんだもんね。

 私には信じられないことだけど、そんなことされたら親でも会うのは嫌だよね……やっぱりあれは言わない方がいいかな……

 隠すようで心が痛いけど。


「そう、だよね」


 と呟き私はスマホを握る手に力を込めた。


「でも、近くには住んでいるらしいからその内会うかもね」


 あ、それは知ってるんだ。

 まあ、うちの会社の近所に住んでるみたいだから確かに顔を合わせる可能性はあるのよね。活動範囲や時間が違うだろうから、そうそうないだろうけど。

 黙ってよう。彼の家族の事だし、私がどうこう言えるものじゃないから。

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