銃声が鳴り響き、軋む鋼が唸りをあげる。
路に広がる血溜まりには細かく千切れた臓物が浮かび、人間だった肉塊は銃痕塗れの肉片となっていた。
民家の扉を蹴破った機械体の男がナイフを振り翳した女の顎を撃ち抜き、鋼の拳を握りしめる。低いモーター音が機械腕の中から発せられ、荷電物質を生成すると男の鉄拳は音を置き去りにして女の頭頂部から胴体まで文字通り一撃で叩き潰す。
夥しい量の鮮血が黒鉄の装甲に降り掛かり、機械眼のレンズが真紅に染まる。返り血に染まった男は無言のまま歩を進め、リビングと思わしきゴミ山の中で息も絶え絶えな少女を見つけると小さく舌打ちする。
「おい」
「……」
「死んでるのか? まぁいい、どうせテメエは俺とは全く関係の無い赤の他人。俺は俺の復讐を果たす為に此処にいるだけ。死体に用は無い」
手帳を開き、女の顔写真が乗った頁を破り取った男はジッポの蓋を弾き、火を着ける。メラメラと炎に巻かれて燃え上がった頁を握り潰し、次の頁を開いた男はクツクツと笑い機械眼を鈍色に光らせる。
「うざってぇんだよ……腹が立つ、出てこいよ。相手になってやらぁ」
一歩、また一歩とクローゼットに近づき三度ノックする。
常人ならば気のせいかと意識を外へ向けるだろう。だが、男の機械眼はクローゼットに身を隠す老人の気配を逃さない。透過サーモ・グラフィに映る体温をじっくりと眺め、ゲラゲラと笑った男はクローゼットの扉をバラバラに引き裂き、震える老人を引き摺り出す。
「おい」男の低い声が室内に木霊して「金はどうした? 俺は恥を偲んで三日待ったんだ……今度はテメエが誠意を見せる番じゃねぇか? えぇ?」老人の荒い息が男の鼓膜を撫でた。
「か、金は必ず払う! だ、だから後三日、いや、一日待ってくれないか?」
「駄目だ」
「けど」
「駄目だ、駄目なんだよジャブ……。テメエは何度チャンスを貰って、何度失敗した? 一度目なら肩を叩くだけで済んだ。二度目はまたかと呆れて、三度目になれば手帳に名前が記される。ジャブ……中毒者、お前は無意味に三度のチャンスを無駄にしたんだよ。だから俺が来た。無頼漢の為に、ボスの為に、この俺が」
ジャブ……JABと呼ばれた老人は半狂乱になりながら対機械体拳銃を抜き、男の口へ照準を合わせる。引き金が引かれ、撃鉄が銃弾を弾くと同時に火薬が炸裂する。
「……あぁ、残念だよジャブ。テメエは俺のお気に入りにシノギだったんだがなぁ」
凄まじい速さで回転する弾丸を機械の歯で挟み、噛み砕いた男は老人の首を締め上げ床に叩きつける。
「ま、待て、助け」
「駄目だね」
「これからもっと大きな稼ぎがあるんだよ! きっとアンタ達も満足する筈だ!」
「聞き飽きたね、その言葉は」
「話を」
「黙って死ねよ、頼むから」
怒りに身を任せた鉄拳がジャブの顔を抉り、血肉と骨を混ぜ合わせる。凄惨極まる殺人の現場を知る者は男と少女だけであり、彼もコレを隠そうとはしない。
無頼漢の恐ろしさを徹底的に刻み込む必要があった。その為には死を、壮絶な殺しを見せつける必要がある。恐怖とは支配への礎であると同時に、理不尽を押し通す為の片道切符。誰かを犠牲にする事に嫌悪感を抱かない。誰かは己を押し上げる為の踏み台でしかない。下層街という隔絶された血の花園で生きるには、恐怖と犠牲を他者へ押し付ける必要がある。
一頻り老人を破壊した男は少女へ視線を寄せ、眼の前にしゃがみ込む。くぼんだ眼と痩せた頬。碌なものを食べさせて貰えなかったのか、乾いた吐瀉物の中にはプラスチックの欠片が混ざっていた。
「おい」
「……」
「テメエが死のうと生きようと俺ぁ別にどうでもいい。関係ないんだから仕方ない。だが、テメエは運が良い。何故だか分かるか?」
太く、金属光沢に濡れた二本の指が少女の前に突き出される。
「俺と一緒に地獄へ落ちるか、此処で一人寂しく死ぬか。選べ、十秒以内に」
一、二、三……徐々に増す命の刻限。虚ろな瞳で男の指を握った少女はフワリと宙に飛び上がり、冷たい金属装甲に抱き上げられた。
「賢い選択だと思うぜ? 生きるも地獄なら、死んだ後も変わらねぇ。正しい選択をしたと思いな、小娘」
窓ガラスを殴り壊し、壁を突き破った男は満足気な笑みを浮かべ、
「テメエは今から俺の手足だ。半分だけ機械にしてやる。喜べ、無頼漢は他の組織よりも随分とお優しいからよ」
だが、ボスだけは別だ。あの方の機嫌を損ねるなよ? 右腕を振り上げ、建物を破壊しながら突き進む男は瓦礫を砕き、ライトの明かりで煌めく粉塵を纏う。
「俺の名前は……デュードって呼べ。みんなそう呼んでる」
うつらうつらと眠りこける少女の純粋な人間だった頃の記憶は此処で途切れ、目が覚めた後は四肢が機械化した姿だった。二十年前、未だ穢れを知らぬ少女だった者は、デュードのように血に染まる。鋼の唸りを響かせながら、手帳を片手に下層街居住区を駆けるのだ。
「……」ビルを蹴り上がり、片目を機械に挿げ替えた女は麻薬を売り捌く二人の少年を視界に収め、コンクリートを穿ちながら飛び上がる。
「で、この薬って効能はどうなん? 悪けりゃ買う奴なんざ居ねぇだろうよ」
「大丈夫だって肉欲の坩堝から仕入れた麻薬に外れは無いだろ? どうせ薬中に良し悪しなんて分かんねぇよ」
「けどよぉ」
ヘラヘラと笑う少年の頭が潰れたトマトのように弾け、唖然とするもう片方の少年の顎が一瞬で引き千切られる。
「誰の許可を得て薬を売ってんだ? えぇ? 何か話せよ塵共がッ!!」
激昂した女が逃げ惑う少年の脚へアンカーを撃ち込み、ギュルギュルと鎖を巻く。
「馬鹿は死ななきゃ治らねぇ、屑は死んでも治らねぇ……。無頼漢のシマで薬を売り捌くたぁ良い度胸してんなぁ餓鬼共。いっぺん死んでみるか? おい」
大の男でも裸足で逃げ出す気迫……それは鬼面を被った武者の様。手帳を開き、少年の顔と写真を見比べた女は四肢を丁寧に踏み砕く。
「死んどけ、死ねば多少はマシになる。お前じゃなくて、下層街居住区がな」
彼女の身体とは不釣り合いな機械の右腕を振り上げ、荷電物質を滲ませた女は強大無比な一撃で少年を消し飛ばし、手帳の頁を破り捨てる。
「さて……次は」
腰に手を当て、機械眼を操作していた女に通信が届く。連絡者の名はデュード。彼女を拾った男からの通信に頬を緩ませた女は背筋を伸ばし、ビルの屋上へ向かう。
『よぉ、仕事は順調か?』
「当たり前だろ? 俺を誰だと思ってやがる……親父」
『親父? 馬鹿言うなよセリー。テメエは俺の手足だろうが』
「その手足が仕事を順調に片付けてんだ、何か一言あってもいいんじゃねぇか?」
『良く出来た手足は大事にされるぜ? 逆に言えば使えない手足は切り落とされて、都合の良い機械に挿げ替えられるがな。セリー、一度アジトに戻ってこい』
「ボスがお呼びか?」
『あの方は俺達に興味は無い。何時までもボスの心に居座ってるのは……あのカウボーイとその餓鬼なんだろうな。個人的に用事があるんだよ、俺がな』
「ならやっぱり仕事の話じゃねぇか。まぁいい、後一件手帳の相手を殺したら戻る。出来の良いアンタだけの手足としてな」
親子の情や師弟愛が存在しているかと問われれば、セリーは苦笑を湛えながら否定するだろう。
生き残るために地獄へ落ち、戦うために改造された機械の義肢。効率良く復讐相手を見つけ出す為の機械眼。セリーという名前はデュードにとって右手右足等の固有名詞であり、それ以上の意味は無い。それを知ってか知らずか、気づいていても聞こうとしないのか……彼女は手足として生きている。
ボス……無頼漢首領ダモクレスとの取引で右腕を失ったデュードの為に。