セリーが知るデュードは粗暴で野蛮、理不尽という言葉を一字一句間違えずに体現する男だった。
命乞いをする浮浪者の頭を巨大な機械脚で踏み潰し、年端もいかない子供ですら容赦なく捻じ切る暴力の化身。完全機械体から繰り出される荷電性パンチは人体はおろかコンクリートさえも角砂糖のように粉砕し、建物一つを倒壊させる威力を持っている。
完全機械体から半機械体まで身体の何処かを機械に置き換えた者が所属する組織無頼漢。首領であるダモクレスが無類の強者だとしたら、デュードは間違いなくその次の椅子に座る強者だろう。右腕を失って尚他の構成員から恐れられ、殺意の触覚で相手の首を撫でるだけでその精神を支配する残虐性……組織や構成員に興味が無いダモクレスの代わりに影の実力者として無頼漢を纏めあげているデュードをセリーは心の底から尊敬している。
力があれば理不尽を強いても許される。圧倒的暴力という手札が在れば弱者に成り下がることは無い。力とは財産であると同時に財源でもあるのだ。下層街の闇を疾走し、往く手を遮る浮浪者を血霧へ変えていたセリーはビルの前に立つとジャケットのファスナーを閉め、乱れていた髪を整える。
「よぉセリー、アジトに戻るのは何時ぶりだ?」
「三日だな、親父は元気か?」
「デュードさんのことか? あぁ相変わらずだ。今日は何でまた」
「邪魔するぜ」
門の番を任されていた男を押し退けガラス張りのドアを開ける。
舞い散る埃と乾いたコンクリート、何処からか木霊する男の悲鳴……。無頼漢へ借りを返さず、恩知らずの烙印を押された馬鹿だろうか? 古い歌を口ずさみ、エレベーターのボタンを押したセリーは決められた手順で階数ボタンを叩き、在る筈の無い地下へ向かう。
組織の為に命を賭けるのは悪くない。決まった誰かを殺し、恩知らずを肉塊に変えれば清々しい気分になる。もし仕事中、運悪く死んだとしてもそれは己が弱かったから。弱者は死ぬ運命にある下層街で、己以上の強者に殺されるのも悪くない。逆に気分が良いくらいだ。
「大切な君の為に、僕が出来る一番のことは……何だろう」
古い歌が好きだ。激しいロックメタルよりもシットリとした落ち着いた曲……歌詞に考えさせられる歌。年代物……否、骨董品に近い音楽再生機器を弄り、お気に入りの曲を繰り返し再生させていたセリーは瞼を閉じる。
音楽は良い、人類が生み出した至高の芸術品だ。芸術や詩は学がなければ理解出来ないが、曲のリズムに乗って流れてくる歌詞は心で触れることが出来る。今聞いている『たいせつな君の為に、僕が出来る一番のこと』だって、ゆったりとした言葉が胸に刺さるような気分。ありもしない郷愁に……想いを馳せることもできるのだから。
重い駆動音と共にエレベーターが止まり、扉が開く。拷問に掛けられる男を一瞥し、デカデカとした電飾で彩られたドアを開けたセリーは、肘掛椅子に座る隻腕の男を見た。
「親父」
「戻ったかセリー、悪いな仕事終わりに。あぁそれと、俺を親父って呼ぶんじゃねぇ」
「ハイハイ分かりました。で、何の用だよ。呼び出した理由、あるんだろ?」
「おうよ」
軽やかな身の熟しで立ち上がったデュードは木箱を開き、機械義肢を一本取り出す。高性能戦闘機械義肢……様々なアタッチメントを取り付けることができる高級品をセリーへ投げ渡した男は「ハッピーバースデー、セリー」と豪快に笑った。
「……おいおい、冗談は無しだぜデュード。無頼漢のナンバー2が誕生日を祝ってどうするよ? 俺は自分の誕生日だって知らないんだぜ?」
「冗談言ってんのはそっちだろうがよ。今日は俺がテメエを拾った日で、無頼漢に入った記念すべき日だろ? 糞塵みてぇな構成員と比べて、テメエは手足としてよくやってる。忠犬に御褒美をやらなきゃ飼い主は務まらねぇ……違うか?」
「じゃぁこれは骨のオヤツってことか? えぇ? 親父様」
「機械の骨だがな」
もう一度笑い、手紙を一枚セリーへ寄越す。
「これは」
「セリー」
デュードの目が、機械に挿げ替えられた無機質な瞳がセリーを見つめ、煙草を口に咥える。
「無頼漢を抜けろ」
「……は?」
「もう用無しだ。テメエは俺の手足には成れねぇさ」
「馬鹿言ってんじゃ———」
強烈な殺意がセリーの脳を刺激し、握った拳を緩めた。
「右腕、返して貰うぜ。あぁ安心しろ、ダモクレスの旦那にはもう話は通してある。何処にでも行きな、クソガキ」
「待てよ! 俺ぁアンタの手足なんだろ⁉ ふざけんじゃねぇ!」
「もっと早く言えばよかったなぁセリー。一つ言えば……そうだな、テメェは無頼漢に相応しくねぇんだよ」
セリーの細い身体に不釣り合いな右腕を握り、機械義肢の強制解除コマンドを入力したデュードは冷徹な笑みを浮かべる。
「甘ちゃんが生きていられると思うか? ダモクレスの旦那がテメェを認めているとでも? 違うな、興味がねぇんだよ……だぁれも気にしちゃいねぇ。いいかセリー、テメェはアジトから一歩でも離れた瞬間から堅気だ。身の守り方、生き方、強さの意味……分かるよな?」
「親父、本当に」
「黙れよガキ……今になって後悔してるぜ? あの部屋で気紛れに選択肢を与えたこと、下層街での生き方を教えたこと、俺ぁ間違ってたんだ。無頼漢として、ずっと」
右腕を失ったセリーは後ずさりしながら機械腕を取り付け、唇を噛む。
デュードの顔に泥を塗らないよう生きてきた。命令を守り、手帳に記された復讐相手を殺す日々に慣れていた。セリーという個人の人生はデュードの為に在り、無頼漢と共に在ると……そう思っていたのだ。
「親父」
「俺をその名で呼ぶんじゃねぇ」
「でも、俺にとってアンタは」
「唯一の肉親だとでも言いてぇのか? 屑が……脳に膿でも湧いたか? 消えろ、目障りだッ!! とっとと居なくなれよ塵がッ!!」
万人を黙らせる怒号が響き渡り、強者特有の威圧感に気圧されたセリーは部屋を出る。ワイヤレスイヤホンから流れる歌を背景に。
「……」
椅子に座り直したデュードは右腕を付け直し、深い溜息を吐く。
「デュードさん」
「……」
「後悔していらっしゃるんですか?」
「後悔?」
「あ、いえ、申し訳ありません! 今の言葉は」
「後悔なんざ、アイツを拾ってから毎日してる」
「え?」
若い構成員を睨み、奥歯を噛み締めたデュードは苦笑する。
「犬猫を飼ったことはあるか?」
「いいえ」
「じゃぁ今度一辺飼ってみろ、退屈凌ぎにはなる」
「あ、はい。でも、その話と」
「人間は違う」
「……」
「情が移るんだよ、日に日に成長するセリーを見ていて……どうやったら普通の生活を与えることが出来るのか、ずっと考えていた」
暴力に頼らない生き方を己は知らない。血に濡れた世界では飛び散る肉片が視界を赤に染め、正常な判断力を奪い取る。恋人のように寄り添い、長年連れ添った妻のような力を誰が手離せようか。
「アイツには……悪いことをした。単なる暇潰し感覚で拾った命が、小さな掌が、俺を狂わせた。だから捨てる。弱者の部分を根こそぎ切り捨て、もう一度死に濡れる。ダモクレスの旦那がそれを望んでいる」
「あの御方は……貴男に何を仰ったんですか?」
「戦争だよ」
「……他の二大組織と?」
「違う」
「じゃぁ何と」
「過去の残影……違うな、亡霊とでも言うべきか? まぁ、俺等には関係の無い……他人事みたいな争いを望んでいる」
愛娘の死に顔は見たくない。そう言ったデュードはダモクレスの部屋へ向かった。