四人を自室に転移させたルドベキアは宙に浮かぶ男を見上げる。
男の顔は忌々し気に顰められ、今すぐにでも噛みつきそうだった。
そんな男を一瞥してルドベキアは腕を振るう。
一瞬にして火の壁が消える。
「もうこんなことはやめておけと、イエーラの馬鹿に伝えておけ」
「いつもいつもいつも! 邪魔をしやがってえええええ‼」
「おいマジか聞けって」
ルドベキアの姿を認めた男は、話を聞かずに激昂する。
先程のように力を見せつけるそぶりは見せず、男を中心に獄炎が現出する。
聞く耳を持たない男に、ルドベキアは心底困った様子で頭を搔く。
「できれば衝突はしたくないんでな」
最後にそう言い放ち、ルドベキアはその場から転移する。
「逃がさんぞ!」
男がそう言って獄炎を打ち出した頃には、ルドベキアの姿はもうそこにはなく、ただ全てを焼き尽くす熱風が、誰もいないタステの街を駆け抜けたのだった。
モルフ達があっけにとられていると、なにも無い、ただの空間から、男が現れた。
その男は鮮黄色の髪をすべて後ろに流した、黒く鋭い眼光を持つ男だった。服は先程対峙した男と同じで、黒のローブを着ている。
この男が自分達を助けてくれたのだ。ただ、新手の敵かもしれない。
モルフは警戒心を抱きながら礼を言う。
「さっきは助かった」
男は感謝の言葉に頬を緩める。
「怪我は無いか?」
四人の顔を順に見る。サナレはイリカに隠れるようにしている。
相手の反応と見た目から、特に怪我は無いのだと判断したルドベキアは緊張を解く。
少し場の空気が弛緩して、警戒していたモルフが片眉を上げる。
モルフ達はアオを探しにタステへやって来たのだ。助けてくれたことに感謝はするが、早くアオを探しに行きたいのも本音である。
ただ、さっきのようなことがあり、タステへ戻ることはできないのではないかとも思っている。
「お前が山賊の頭だな?」
そんなモルフの思考を断ち切るように、ルドベキアが言う。
その言葉で、モルフは弾かれたように動き出す。相手は地上にいる。これならばこちらの間合いだ。助けられた時の力からして、様子見をしている暇は無いだろうと。首を貫こうと揃えた指を突き出す。しかしモルフの攻撃は、ルドベキアには当たらない。指が首に当たる直前、モルフの視界から指が消えたのだ。そしてそのまま、モルフの身体ごとルドベキアを通り抜ける。
ルドベキアの背後に回ってしまったモルフは、構わずルドベキアの側頭部を狙って踵を振り上げる。
「冷静になれ。お前たちを害する気は無い」
ルドベキアは腕で攻撃を受けて言う。
「…………」
しばらく睨み合った後、モルフは大人しく引き下がり、シャオ、イリカ、サナレの前に立つ。
「聞き分けが良くて助かる」
「下手に怒らせてもいいことはねえからな」
「団長……」
不安そうな声を出すシャオの頭に手を乗せ、心配するなと伝える。
相手が落ち着いたと判断したルドベキアは、四人が座れる広さのソファを出し、座るよう促す。向かい側に自分が座るソファも出す。
ルドベキアが座ったのを見て、まずはモルフが座る。それを見た三人もその隣に座った。
「さて。話を戻すが、お前が付近の山の山賊の頭だな?」
ルドベキアの質問にモルフは頷く。
「付近の山がどこかは知らねえけど。あと盗賊だ」
他の人間からすれば、山賊も盗賊も変わらないのだろう。だが、一応訂正はしておく。
「それなら単刀直入に言う。その盗賊の仲間は、全員うちにいる」
「なんだと?」
「山賊に襲われたという依頼があってな。まあ、誰も死んではいないんだが、馬車を奪われたと」
それに心当たりのある四人。シャオとイリカとサナレは落ち着きが無く身じろぎする。
その様子を見て、苦笑したルドベキア。
「だからまあ、全員捕まえた。今はこの塔から出られない状態だ。快適に過ごしているだろう」
そう言い終わると部屋のドアが開かれた。
そこから入って来たのは、黒いとんがり帽子に、ルドベキアの着ているのと同じ黒いローブを着た白い髪の少女だった。
少し垂れた目が今は不機嫌そうに細められ、そこから覗く鮮やかな緑色の瞳でルドベキアを見ている。
「その人達がそうですか? 全く、事情ぐらい話してくれてもいいんじゃないんですか?」
「それはあの二人も揃ったらな。連れて行ってやってくれ」
「はあ……分かりました。四人共でいいんですか?」
「いや、頭以外の三人だな」
頷いたラグルスが言う。
「それでは、あなた方を仲間の下へ案内します」
「頭のお前以外は彼女について行ってくれ」
そうは言うが、本当について行っていいのか分からない三人にモルフは言う。
「先に様子見に行ってやってくれ。あいつらが心配だしな」
その言葉を素直に受け、三人はラグルスについて、部屋を出て行く。
部屋が二人だけになって、ルドベキアとモルフの視線が合う。なぜ、という疑問は一部解決した。モルフ達の前に現れた理由、助けた理由だ。それでもまだ、疑問は残る。
「それで? なんで俺だけ残されたんだ?」
「アオ」
「……なんつった?」
なぜ、目の前にいる男が、その名を口にするのか。だが、まだ仲間のアオだと決まった訳ではない。同じ名前の人間だっているだろう。だとすれば、今この場で言う必要は無いはずだ。
ルドベキアも鎌をかけたつもりだったが、その反応を見るに、やはりアオは関係しているのだと判断した。それならなにから確認するべきだろうか。それとも、アオが帰って来てから聞いた方がいいだろうか。
「やっぱりそうか。……お前たちはアオを探しにタステに行ったんだろうが、アオが向かった先はタステではなくここ、ソーエンスだ」
「そのアオはいるのか?」
「いや、しばらく帰ってこない」
「どういうことだ、無事なんだろうな?」
「多分な。うちの仲間と一緒にいる。よっぽどのことが無い限り無事に帰って来るだろう」
ここまでの反応を見たが、モルフがアオについて知っていることは、ルドベキアの知っていることと違うのだと確信する。
なら、アオの話は表面的なことだけでいいだろう。本人がいない場所で話しても混乱するし、こういったことは本人の口から話してもらう方がいい。なにより、アオを裏切ることはしたくなかった。
モルフはアオが無事と知って安心したような様子だ。
アオとアサリナがいつ帰って来るか分からないが、それまで大人しくしてくれればいい。そのためには信頼関係を築かなくてはならない。
幸いにも、相手は悪魔憑きだ。タステでの出来事も話した方がいいだろう。
そのことについては、ラグルスとクレピス、ニゲラにも協力してもらうとしよう。
ルドベキアは目の前に座る男に、タステでの出来事を話すことにしたのだった。