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第98話

 四人を自室に転移させたルドベキアは宙に浮かぶ男を見上げる。


 男の顔は忌々し気に顰められ、今すぐにでも噛みつきそうだった。


 そんな男を一瞥してルドベキアは腕を振るう。


 一瞬にして火の壁が消える。


「もうこんなことはやめておけと、イエーラの馬鹿に伝えておけ」

「いつもいつもいつも! 邪魔をしやがってえええええ‼」

「おいマジか聞けって」


 ルドベキアの姿を認めた男は、話を聞かずに激昂する。


 先程のように力を見せつけるそぶりは見せず、男を中心に獄炎が現出する。


 聞く耳を持たない男に、ルドベキアは心底困った様子で頭を搔く。


「できれば衝突はしたくないんでな」


 最後にそう言い放ち、ルドベキアはその場から転移する。


「逃がさんぞ!」


 男がそう言って獄炎を打ち出した頃には、ルドベキアの姿はもうそこにはなく、ただ全てを焼き尽くす熱風が、誰もいないタステの街を駆け抜けたのだった。



 モルフ達があっけにとられていると、なにも無い、ただの空間から、男が現れた。


 その男は鮮黄色の髪をすべて後ろに流した、黒く鋭い眼光を持つ男だった。服は先程対峙した男と同じで、黒のローブを着ている。


 この男が自分達を助けてくれたのだ。ただ、新手の敵かもしれない。


 モルフは警戒心を抱きながら礼を言う。


「さっきは助かった」


 男は感謝の言葉に頬を緩める。


「怪我は無いか?」


 四人の顔を順に見る。サナレはイリカに隠れるようにしている。


 相手の反応と見た目から、特に怪我は無いのだと判断したルドベキアは緊張を解く。


 少し場の空気が弛緩して、警戒していたモルフが片眉を上げる。


 モルフ達はアオを探しにタステへやって来たのだ。助けてくれたことに感謝はするが、早くアオを探しに行きたいのも本音である。


 ただ、さっきのようなことがあり、タステへ戻ることはできないのではないかとも思っている。


「お前が山賊の頭だな?」


 そんなモルフの思考を断ち切るように、ルドベキアが言う。


 その言葉で、モルフは弾かれたように動き出す。相手は地上にいる。これならばこちらの間合いだ。助けられた時の力からして、様子見をしている暇は無いだろうと。首を貫こうと揃えた指を突き出す。しかしモルフの攻撃は、ルドベキアには当たらない。指が首に当たる直前、モルフの視界から指が消えたのだ。そしてそのまま、モルフの身体ごとルドベキアを通り抜ける。


 ルドベキアの背後に回ってしまったモルフは、構わずルドベキアの側頭部を狙って踵を振り上げる。


「冷静になれ。お前たちを害する気は無い」


 ルドベキアは腕で攻撃を受けて言う。


「…………」


 しばらく睨み合った後、モルフは大人しく引き下がり、シャオ、イリカ、サナレの前に立つ。


「聞き分けが良くて助かる」

「下手に怒らせてもいいことはねえからな」

「団長……」


 不安そうな声を出すシャオの頭に手を乗せ、心配するなと伝える。


 相手が落ち着いたと判断したルドベキアは、四人が座れる広さのソファを出し、座るよう促す。向かい側に自分が座るソファも出す。


 ルドベキアが座ったのを見て、まずはモルフが座る。それを見た三人もその隣に座った。


「さて。話を戻すが、お前が付近の山の山賊の頭だな?」


 ルドベキアの質問にモルフは頷く。


「付近の山がどこかは知らねえけど。あと盗賊だ」


 他の人間からすれば、山賊も盗賊も変わらないのだろう。だが、一応訂正はしておく。


「それなら単刀直入に言う。その盗賊の仲間は、全員うちにいる」

「なんだと?」

「山賊に襲われたという依頼があってな。まあ、誰も死んではいないんだが、馬車を奪われたと」


 それに心当たりのある四人。シャオとイリカとサナレは落ち着きが無く身じろぎする。


 その様子を見て、苦笑したルドベキア。


「だからまあ、全員捕まえた。今はこの塔から出られない状態だ。快適に過ごしているだろう」


 そう言い終わると部屋のドアが開かれた。


 そこから入って来たのは、黒いとんがり帽子に、ルドベキアの着ているのと同じ黒いローブを着た白い髪の少女だった。


 少し垂れた目が今は不機嫌そうに細められ、そこから覗く鮮やかな緑色の瞳でルドベキアを見ている。


「その人達がそうですか? 全く、事情ぐらい話してくれてもいいんじゃないんですか?」

「それはあの二人も揃ったらな。連れて行ってやってくれ」

「はあ……分かりました。四人共でいいんですか?」

「いや、頭以外の三人だな」


 頷いたラグルスが言う。


「それでは、あなた方を仲間の下へ案内します」

「頭のお前以外は彼女について行ってくれ」


 そうは言うが、本当について行っていいのか分からない三人にモルフは言う。


「先に様子見に行ってやってくれ。あいつらが心配だしな」


 その言葉を素直に受け、三人はラグルスについて、部屋を出て行く。


 部屋が二人だけになって、ルドベキアとモルフの視線が合う。なぜ、という疑問は一部解決した。モルフ達の前に現れた理由、助けた理由だ。それでもまだ、疑問は残る。


「それで? なんで俺だけ残されたんだ?」

「アオ」

「……なんつった?」


 なぜ、目の前にいる男が、その名を口にするのか。だが、まだ仲間のアオだと決まった訳ではない。同じ名前の人間だっているだろう。だとすれば、今この場で言う必要は無いはずだ。


 ルドベキアも鎌をかけたつもりだったが、その反応を見るに、やはりアオは関係しているのだと判断した。それならなにから確認するべきだろうか。それとも、アオが帰って来てから聞いた方がいいだろうか。


「やっぱりそうか。……お前たちはアオを探しにタステに行ったんだろうが、アオが向かった先はタステではなくここ、ソーエンスだ」

「そのアオはいるのか?」

「いや、しばらく帰ってこない」

「どういうことだ、無事なんだろうな?」

「多分な。うちの仲間と一緒にいる。よっぽどのことが無い限り無事に帰って来るだろう」


 ここまでの反応を見たが、モルフがアオについて知っていることは、ルドベキアの知っていることと違うのだと確信する。


 なら、アオの話は表面的なことだけでいいだろう。本人がいない場所で話しても混乱するし、こういったことは本人の口から話してもらう方がいい。なにより、アオを裏切ることはしたくなかった。


 モルフはアオが無事と知って安心したような様子だ。


 アオとアサリナがいつ帰って来るか分からないが、それまで大人しくしてくれればいい。そのためには信頼関係を築かなくてはならない。


 幸いにも、相手は悪魔憑きだ。タステでの出来事も話した方がいいだろう。


 そのことについては、ラグルスとクレピス、ニゲラにも協力してもらうとしよう。


 ルドベキアは目の前に座る男に、タステでの出来事を話すことにしたのだった。

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