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第100話

 雨が降る。それは今まで何回も繰り返したことが始める前触れでもあった。


 生贄を捧げる時期が近付くと、こうしてドゥッツの街には雨が降る。生贄を捧げてもそこに血は残らない。雨が全てを流してくれるからだ。


 街の人々は知らない、祭壇に住まう、選ばれた人々しか知らない事実。


 どうして誰も神を知らないのか。どうして誰も神を殺そうとしないのか。これだけ長い時間巫女として過ごしても、その神の姿は知らない。知った者はもういない。


 ――スイは窓から見える桟橋を睨みつける。


 今までは生贄を連れて行く側だったが、今回は連れて行かれる側になる。


 他の巫女は皆俯き、まるで人形のように与えられた役割をこなす。この場において、スイだけが異質な存在だった。



 姿を消したままでも、視界から情報を得ることができるようになったアオ。ドゥッツに辿り着くまでの修業のおかげだ。ただそれでも会話はできないし、驚いたり感情が動くとすぐに解けてしまう。


 だから本当はこんなことしたくないのだが、そうしないとスイを探せないということで今、アオとアサリナは箒で飛びながら、湖を半周囲う建物の窓から中を覗き込んでいた。


「なーんか、みんな下向いてるねー」


 アサリナが小声で言うが、アオは反応できない。


 ただ、視界から情報を得ることができるようになったため、考えはしないが後でアオもそう言うだろう。


 窓の中では白装束の女が四人いる。その誰もが、自分の意志が無い虚ろな目をしていた。


「なーんかきみょー」


 建物の割には少ない人数だ。窓が無い場所にもまだいるのだろうか。とりあえず建物に沿って飛んでいるアサリナは、その中で一人だけ違う。この場にとっては異質な存在を見つけた。


 窓の外を睨む少女は、白装束に赤い帯を付けていた。


 アサリナがその少女を認識した直後、思いっきり背中を叩かれ、箒を急上昇させる。これはアオと決めていたことで、もしスイを見つけたら間違いなく術が解けるであろうと考えたアオが、スイを見つけたらアサリナを叩くと言っていたのだ。こうすれば、術が解けても慌てることなくすぐさまその場から動くことができる。ただ痛い。


 建物の窓から見えない位置まで上昇し、なおかつ街からも見えない絶妙な高度まで上昇したアサリナは痛む背中に耐えながら、ふらふらと斜面の上へと移動する。


 雨で地面が濡れているから嫌だなと思いながらも箒を下りてその場に伏せる。一応魔法で見つかりにくくして、防音の魔法も追加でかけておく。


「いた! スイがいた! いた! 早く! 早く助けに行こう‼」


 見たことの無い程興奮するアオに、探していた人の名前はスイって言うんだなー、など考えながら落ち着くまで放置をしようと思っていたが、いつまで待っても落ち着かないアオ。挙句の果てにはアサリナの肩を掴んで激しく揺すってくる。


 勝手に突っ走らないだけまだ冷静さを保っているのだろうが、このまま放置すると勝手に突撃しかねない。


「落ち着いてー‼」


 荒ぶるアオをなんとか押さえつけようとするが、如何せんアオの方が力が強くて止めることができない。


「ちょーっと眠ってほしいかなー」


 仕方なくアサリナは鞄の中からピンクの花を取り出す。この花を潰した時に出る香りを吸った生物は眠りに落ちてしまうのだ。


 アサリナはそれでアオを眠らせることにした。


 自分が吸ってしまわないように息を止めながら、花を手ですり潰す。


 その花から出る甘い香りを吸ったアオの瞼がすぐに落ちていく。すぐに静かになったアオが風邪をひいてしまわないようとりあえず宿に戻ろうとしたアサリナはそこで気づいてしまった。


「あー……これ使って眠らせたらよかったんだ……」


 すり潰した花を建物の中に入れ、香りを充満させれば安全に侵入できるはずだと。


「いやー、でもそれはそれで大変だから、まーいっか」


 建物内に充満してしまうと香りが無くなるまで時間がかかる。息を止めて入ったとしても、服に覆われていない場所に香りが付くのだ。


 魔法使いセットはこういったものから身を守るために、香りが付かないようになっているが、顔や帽子から出ている髪の毛、手などは別に守られているという訳ではない。


 だからアサリナは今、その部位に香りが付かないよう魔力で守っている。


 使った花はすぐさま燃やして、香りが広がらないようにしながらアサリナはアオを背負って宿屋を目指す。

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