なんとか宿へ連れて帰り、魔法で濡れた箇所を乾かして暖を取る。
しばらくするとアオが目を覚ました。
「おはよー。落ち着いたー?」
「そうだスイ‼」
「あーもうストップ―!」
起き上がってすぐに出ていこうとするアオを、今度は魔法で押さえつける。他の人が見ていない部屋の中だからできることだ。
「闇雲に行くのは危険だよー! なにがあるか分からないんだからー」
「でもすぐそこに――いや……分かった」
なにを思ったのか、突如勢いが無くなるアオを不審に思いながら魔法を解く。
「どーしたの?」
「……なんでもない」
顔を曇らせたアオがその場に座り込む。
本当にどうしたのだろうか。心配になったアサリナがアオの前にしゃがみ込んで目を合わせる。
強い感情が燃えているような赤い瞳が、今は微かに震えている。
「なんでもなかったらそんな目しないよ?」
「…………」
なんでも無いと突っぱねられると思ったが、今のアオは違った。
アサリナに聞いてほしそうな、不安に揺れた様子だった。
小さい子のようなアオに寄り添って、アサリナは態度で示す。やがて、アオがぽつりと語りだす。
「怒らせたことがあってね」
それは、アオが以前の世界で経験したことで抱いてしまった不安だった。
ただそれをそのままアサリナに言う訳にはいかない。だからアオはその内容を少し変えることにした。
「この世界に来る前、わたしがスイを怒らせたことがあるんだ」
なぜアサリナに話しているのだろう。アオはそんな抵抗すら無く、ただ溢れ出そうな感情の吐き口としてアサリナを使っているのだ。
「会ったら怒られるってことー?」
「分からない。でも――」
でも、どうなるのだろう。スイには前の世界の記憶は無いはずだ。だから、殺意を向けられることは無いと思う。怒られることは無い。そう理解していても、最愛の人から向けられた殺意の衝撃は尾を引く。
「また、そういうことがあったら耐えられないから……」
「そっかー」
小さい子供みたいに身体を小さくするアオに、アサリナはただ優しく接する。
「だいじょーぶ。その時はあたしも一緒に謝るから」
アサリナの言葉は全く的外れなことだ。でもそれは、アオのことを想い、寄り添ってくれたからこそ出た言葉と態度なのだろう。本当のことを話していないから、そうやって的外れなことを言ってしまうのも仕方のないことなのだ。
深く聞こうとすることでもなく、ただ寄り添ってくれる。それが今のアオにとっては救われることだった。
「いいよ……多分大丈夫だと思うから」
「それならいーんだけどねー」
寄り添ってくれるけど、だからといってアオはアサリナに寄りかかることはしなかった。
だけどしばらくの間、その優しさには甘えようと思うのだった。