目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第102話

 アオとスイの喧嘩はなにがあったのかは知らない。でも、丸一日経っても悩むぐらいだ。なにがあったかは分からなくとも、どれぐらいアオが傷ついたのかは解る。


 止む様子の無い雨。それどころか、時間が経つにつれ強くなっている。この街の建物が高床式になっている理由が分かった。


 しかしその場合、出かけるにはどうすればいいのだろか?


 この街が実は魔法使いの街で、全員が空を飛ぶことができるというオチではないだろう。この街で今それができるのは、恐らくアサリナ一人だけだ。


 ずっと宿に籠ることはできない。食事は必要だし、スイを助けるために情報収集をしなければならないのだ。


 もう間もなく祭壇に生贄を捧げる時期だろう。早いところアオに元気になってほしい。


 宿屋の店主にどうやって街を移動すればいいかを聞けば、この時期の移動には屋根を使うらしい。


「なーるほど」

「なにか用があるのかい?」

「はい、ロクに観光してなかったので」

「まあ、街の住人はあまり出ないが、観光客はこれを見たくて来るからな。下に落ちてもずぶ濡れになるぐらいだから大丈夫だろうが、もし流されても自己責任だ。お嬢ちゃんみたいなのはあまり出ない方がいいぞ」

「そーなんですね。分かりました」

「そうか。そんなに出たいんだな……ほら、これ持って行きな」


 そう言って店主が渡してくれたのは木に紙を貼って作った傘という物だった。広げると円形になり、雨から身を守ってくれるらしい。水を弾くためか紙に油が塗られている。そんな傘を二本貰った。


「もう一人の分だよ。お代は――」

「金取るんですねー」

「そりゃそうだろ、こっちも商売だからな」


 親切にくれたのかと思ったアサリナは唇を尖らせながらも素直に代金を払うことにした。


 二本傘を持ち、アオにも渡して外に連れ出そうかと思ったが、外を軽く見てくるだけだ。一つだけ傘を広げて外へ出る。


 高くなっている建物の出入り口から下を見ると、やはり道には水が溢れていた。流れは殆ど無く、巨大な水溜りのようなものだ。言っていた通り、これなら落ちてもずぶ濡れになるだけで、流されはしないだろう。


 出入り口のすぐ横には、屋根へと続く梯子がかけられており、他の建物の屋根を見るとちらほらと人が歩いていた。


 おっかなびっくり歩いている人の数が多く、それは間違いなく観光客だろう。反対に慣れた様子で屋根の上を行き来している人間はかなり少なく、それはこの街に住む住人だろう。


 アサリナは梯子を上って屋根に立つ。


 街自体は変な状況だが、街の人々の様子で特に気になる点はなかった。


 場所によっては、祭壇に生贄を捧げる時期が近付けば祭りを開催する場所もあるらしい。それでも、どの祭壇がある場所でも、生贄を捧げるということは隠しているらしい。


 街の様子を見るに、このドゥッツの住人は、祭壇があることを知らないのだろう。祭壇自体も、その存在を隠すような場所にある。


 ただ定期的にある、雨が止まない時期としか認識していないはずだ。


 アサリナは街を観察しながら、屋根の上を歩いている。建物と建物の間には移動するための板が設置されている。その中で、こんな時期でも利用する人間が多いだろう商店へと続く場所には、広い板が設置されている。


 祭壇について、特に集められる情報が無いと判断したアサリナは、とりあえず商店の方へ足を進める。


 そこで適当に食べ物を買い、宿へと戻って来たアサリナは未だ沈み込んでいるアオに買って来た物を差し出す。


「ほら、団子だよー」

「ありがと……」


 やけにゆっくりとした動きで、団子の刺さった串を取り、口へと運ぶ。


 ちゃんと食事は摂るし、睡眠もとる。ただ、気持ちだけが乗らないみたいだ。


「外すっごかたよー、地面歩けないし。いどーは屋根の上だよ⁉」

「ふーん……」

「ねえアオー」


 そう言ってアサリナはアオの頬を摘まむ。


「もうそろそろだと思うんだけど、作戦立てたほーがいーと思うんだけど?」

「うん……分かってる」


 残された時間が少ないことは分かっている。だからアオは切り替える。


 この世界に来る前にも同じことで悩んでいるのだ。まずスイを助け出すことが最優先。それからのことは、助け出してから考える。


 アオは自分の顔を両手で挟むように叩く。


「よしっ」


 ようやくアオが戻ったことに安堵したアサリナは真剣な表情になる。


「魔法を使おうかなーって思ってるんだ」

「え、でも――」

「だいじょーぶ。街の人は祭壇の存在を知らないと思うから」


 立地的にも、大規模な魔法でないのならバレないはずだ。


 今までバレないように使っていたのだから別にいいかと、それ以外の作戦を思いつかないアオは首肯する。


「まずは姿を消して祭壇周りの建物の屋根に行きます。そしてあたしが魔法で全員拘束、アオの探している人もその時に。そして……逃げる」


 最後の最後、アサリナは絞り出すように言った。


 アサリナは、人を助けたいと考える人間だ。そのアサリナが、逃げるという選択肢を選んだのだ。


 スイを助ける過程で、生贄も全員助けるのだろう。時期が遠ければ、また新たな生贄がやって来るのだが、生贄を捧げる時期がもうすぐそこまで迫っているのだ。生贄がいなければ神が暴れる。そしてその被害は、ドゥッツの街に及ぶだろう。この地にかつてなにがあったのか知らないが、神として崇められるきっかけとなった出来事が起こるはずだ。


 それはつまり、多くの人を見捨てるということだ。


「それで、いいの……?」

「よくないよ! でも、そうするしかないから……」


 雨の降る音がやけにうるさい。スイ以外の人間がどうなろうと構わないと思っているアオなら、躊躇い無く、逃げることができるだろう。しかしそうでないアサリナには、その決断は重すぎる。そしてアオは、身近にいる人間には淡泊になりきれない。


「神を殺せばいい」

「でもあたし達じゃ……」


 アオの提案は、アサリナの決意を揺るがすものだ。かつてルドベキアは神を殺したことがあると言っていた。


「ルドベキアはわたし達じゃ神を殺せないなんて言ってないよ。被害が大きくなるっていったの」

「あっ……!」


 ルドベキアの言葉を信じるなら、アオとアサリナだけでも神を倒すことができるということだ。ただ被害が大きくなるといっただけで、その被害も、祭壇の立地上抑えることができるかもしれない。


「だから……まあ、そういう感じでいいんじゃない? まずはスイを助けるのが先だけど」

「うん、ありがとう!」


 アサリナの表情が晴れたことにホッとしたアオ。


 そして二人は作戦を決める。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?