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第125話 仲良くなりたいんです

 最近になって、セフィリアを悩ませていることがある。


「カイルさんとリュカオン殿下、どうしたら仲良くしてくれるのかしら……」


 リュカオンをアーレン公爵家にむかえて、もう2週間になる。

 リュカオンの不眠治療にはじまり、この間いろいろなことがあった。

 そのうちのひとつに、リュカオンが前世の記憶を取り戻す重大な出来事があり。

 まぁそれからもいろいろとあって、彼が和紗かずさの生まれ変わりかつ、セフィリアへ想いを寄せていたことまで判明した。そこまではいい。

 しかし、ここでカイルの態度が一変。


「これはセフィリア嬢。王国の麗しい花にごあいさつを申し上げます」

「はーい殿下、あいさつ終わったらさっさとどきましょうね。通路に突っ立ってたら邪魔ですよー?」

「口の悪い執事ですね。アーレン公爵家の侍従にふさわしくないのでは?」


 近ごろのカイルときたら、相手が王子だろうが知るかとばかりに、ガンを飛ばしたり圧をかけたりしている。

 じつはカイルの前世の七海ななみは和紗と夫婦関係にあったのだが、聞くところによるとどうも契約上の関係だったらしい。

 ふたりともそんなそぶりは見せなかったが、実際は犬猿の仲だったと。

 そういうわけで、カイルとリュカオンは顔を合わせるたび、セフィリアをめぐって口論になる。

 はじめのほうはレイも仲裁に入ることがあったが、収拾がつかないと踏んだのだろう。ふたりが言い争っているすきに、セフィリアを連れて逃げるようになった。


「喧嘩するほどなんとやら、とも言うぞ」

「わたあめちゃんがそう言うなら、大丈夫なんですかね……」


 回廊をゆくセフィリアにとてとてとついてくるわたあめは、いつもどおりの様子だ。

 負の感情に敏感なわたあめが不快感を覚えていないなら、ふたりの言い合いもあってしかるべきものということなのだろう。


 そうした物思いにふけりながら、セフィリアが書庫をおとずれたときのこと。先客があった。


「おや、セフィリア嬢」


 セフィリアの気配に気づいたのだろう。

 天井まで届く本棚を見上げていたリュカオンが、こちらをふり返った。


「まぁ殿下。いらしてたんですね」

「えぇ。ちょっと調べものがありまして」

「私も天文学のレッスンの参考書をさがしにきたんです」

「なんと、気が合うではないか!」

「わたあめちゃんもいっしょでしたか」


 たたたっと駆け寄ったわたあめの頭を、リュカオンがかがみ込んでなでる。

 これも最近知ったことなのだが、わたあめはセフィリアやレイとおなじくらい、リュカオンへなついているようだった。


(最初は不思議だったけど、殿下が神聖力をお持ちなら納得ね)


 リュカオンは魔力が極端に低い代わりに、神聖力をその身にやどしている。

 神聖力はその名のとおり神聖な力。こころの清らかな者が持つとされる。

 仁愛をつかさどるわたあめがリュカオンに好意をいだくのも、当然だろう。

 しばらくわたあめとじゃれていたリュカオンが、ふと思い出したように顔を上げる。


「今日はほかにお供がいらっしゃいませんね」

「カイルさんは午後の訓練中ですし、レイはアフタヌーンティーの準備で、ディックさんのところに行っています」

「では、わたしがあなたの時間を独り占めできる幸運な男だということで」

「殿下ったら……」


 和紗は口数がすくなく生真面目な女性だったが、転生すればいろんなことが変わる。

 さらりとしたエバーグリーンの髪に、七色の光をやどしたチョコレートオパールの瞳。年齢はセフィリアのひとつ下だ。

 外見はもちろん、性別、年齢関係はまるっきり変わり、言動も以前とはすこし異なっている。

 セフィリアを目にするとふわりと笑みをほころばせ、陽だまりのようにあたたかな声音で語りかけてくるのがいい例だ。


「お供といえば……そういえば、セフィリア嬢。高貴な身分の女性は、最低3人の夫を持つことがわがルミエ王国の理想とされることをごぞんじですか?」

「そうなのですか? 貴族としての威厳を示すために多ければ多いほどいいとは聞いたことがありますが、具体的な人数まではちょっと……」

「ふふ、きちんとした理由があるのですよ。母上を思い出していただければわかりやすいかと思います」


 リュカオンの母、ルミエ王国女王フィオーネ。

 彼女には現在3人の王配、つまり夫がいる。

 リュカオンはおもむろに右手を持ち上げると、人さし指、中指、薬指の順に立ててみせる。


「ノエル王配殿下は教育担当。王族のなんたるかを教え、母上が即位なさってからは秘書官としてお仕事を支えていらっしゃいます。ギルバート王配殿下はお世話担当。母上の食事、お召しになるドレス、寝室の清掃と、身のまわりのことすべてに気を配っていらっしゃいます。そして護衛担当のアーシェ王配殿下。いつ何時も母上のそばを離れず、女王陛下の剣であり盾として尽力していらっしゃいます」

「なるほど……」


 たしかに、みながそれぞれの役割をになっていて、だからこそフィオーネも女王としての役目をじゅうぶんに果たすことができているのだろう。


(……うん? 待ってよ。この流れで殿下がこんな話題を持ち出した理由って、まさか……)


 セフィリアはほほが引きつるのを感じる。


「そういうわけで、わたしのほうから正式に婚約を申し込ませていただけませんか? セフィリア嬢」

「ひぇっ……」


 まさかと思ったら、そのまさかだった。


「あなたにはカイルとレイ、ふたりの婚約者候補がいますね。わたしもそこに立候補させていただきたく」

「あの、でも殿下、女王陛下には婚約を白紙にしたいって……」

「あのときは自分が呪われていると思っていましたから、あなたにご迷惑をおかけするわけにはいかなかったんです。仕方がなく、やむにやまれず、です」

「え……?」

「とどのつまり、あれはわたしの本心ではなかった。もともとわたしは、あなたに好意をいだいていたんですよ、セフィリア嬢」

「なぜに!?」


 いけない、つい素でツッコんでしまった。

 まだ記憶が戻っていなかったならなおさら、面識のないセフィリアに、リュカオンが好意をいだく理由がわからない。


「お忘れですか? あなたが指揮をとって奴隷売人を一掃した一大ニュースは、王国じゅうを沸かせたんですよ。こんなに勇敢な女性がいるのかと、わたしも感動しました」

「え……えぇえ……」

「ほんとうは、すこしお話をさせていただければそれでよかったのですけど……だめですね。実際にお会いしたら、つい欲が出てしまいました」


 今日はやけにリュカオンが饒舌だ。

 だめだ、これ以上ここにいてはいけない。


「ごめんなさい殿下、急用を思い出しまして……」


 愛想笑いを浮かべながら一歩引くセフィリアだったが、すぐさま右手をリュカオンにつかまれる。


「カイルにレイ。どっちが護衛役でどっちがお世話係なのかは、もはやどうでもいいですね。セフィリア嬢、わたしはわたしにしかできないことで、あなたの役に立てます」

「それは、つまり……」

「はい、わたしがあなたの教育担当になります。いっしょにお勉強をして、王国の未来について、末永く考えていきましょう?」

「なんだか壮大な話になったわ……!」


 どうしよう。記憶を取り戻していろいろと吹っ切れたリュカオンが、積極的すぎる。

 ちなみに右手どころか両手をぎゅっとにぎられてしまったため、逃げ場がない。


「わたし、あなたともっともっと仲良くなりたいんです。リアとお呼びしてもいいですか? わたしのことはリュカとお呼びください」

「わ、わかりました……わかりましたので、近いです、殿下……あの……わたあめちゃーん!」


 ここぞとばかりにリュカオンが距離を詰めてくるため、わたあめに助けを求めるセフィリアであったが。


「ってあれ? いない? わたあめちゃんどこですか!?」


 先ほどまでいたはずのわたあめのすがたが、忽然と消えていた。もしかしなくても、初々しいふたりのために気をきかせたのである。


「ふふ、そんなにあわてて……あなたはほんとうに可愛らしいですね、リア」


 リュカオンがチョコレートの瞳を甘くとろけさせたかと思えば、至近距離まで迫っていた顔を駄目押しに寄せてくる。直後、ちゅ、とセフィリアの右のほほにやわらかいものがふれた。


「今日はこのあたりで」


 ぽかんと呆気にとられるセフィリアを見つめ、リュカオンは心底満足そうに笑う。

 遅れて羞恥に駆られたセフィリアが「ひぇ……」と涙目になったことは、いうまでもない。



 ──余談だが。


「リアの悲鳴が聞こえた」

「お嬢さまの身に危険が迫ってる気がした」


 あれから書庫に駆けつけたレイ、カイル兄弟により、セフィリアは窮地を脱することができた。

 セフィリアから引き離されたリュカオンが笑顔でカイルに嫌味を言っていたが、その後どうなったかは面倒なので割愛する。

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