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第140話 価値があるもの

「ルミエ王国の人間たちは、肉体接触で魔力を高めるんでしょ? お嬢さまにとってもいいこと尽くしだと思うな」


 セフィリアがどう返答すべきか決めあぐねているうちに、ルネのととのった顔が近づく。

 息がかかるほど至近距離に、サファイアの瞳がある。


「……いけません、ルネ」


 しかしセフィリアは、静かに首を横にふる。


「どうして? やっぱり抵抗がある? 僕が魔族だから?」

「そうではありません。魔族だからといって、それがあなたを突き放す理由にはなりません」


 沈み込んだ様子で視線を伏せるルネへ、セフィリアは努めてやさしく語りかけた。


「私はルネに、もっとルネ自身をたいせつにしてほしいのです」

「僕自身を、たいせつに……?」

「はい。魔王陛下を救いたいというのは、私のねがいでもあります。ですから、私が力をお貸しすることに対してあなたが恩を感じたり、お礼をする必要はないのです」


 ルネは淫魔だ。大真面目にこんな返しをするなんて馬鹿馬鹿しいと笑われたとしても、セフィリアはまっすぐに前を向く。


「もっとからだをたいせつにしてください、ルネ」


 素直な気持ちで、ルネと向き合う。

 つたえたいことは、つたえられたはずだ。


「……ふはっ!」


 やがて、ルネがふき出した。こらえきれないように肩をふるわせている。


「そんなこと、はじめて言われたよ。ふつうの人間なら、大喜びで快楽に溺れるのにね」


 でも、と言葉を区切ったルネが、おもむろに腰を上げる。

 そして椅子に座るセフィリアのもとまで歩み寄ると、背をかがめ、セフィリアのほほに手をふれあわせた。


「男が、それも魔族が虐げられているこの国であなたが口にしたその言葉は、なによりも価値があるものだと思うよ」

「ルネ……」


 飾りけのない、晴れやかな笑みだった。

 セフィリアがしばし見とれていると、ルネがいたずらっぽく瞳を細める。


「ふふ、僕、いいこと思いついちゃった。セフィリアお嬢さまの『特別』になれる方法」

「『特別』……というと?」

「お嬢さまは僕にとってお姉さんみたいな存在なんだよね。だから、僕のことも弟だと思ってくれる? そうしたら、お嬢さまの『唯一』で『特別』な存在になれるでしょ?」


 そこでようやく、セフィリアはルネの言わんとすることを理解した。

 つまり伴侶となるとレイやカイル、リュカオンとくらべられてしまうが、弟となればその地位はおのれだけのものになると。


「たしかに、弟をもった経験はないので、なんだか新鮮な感じです」

「でしょでしょ!」

「ひゃっ……!」


 気をよくしたルネはまばゆい笑みのまま、ちゅ、とセフィリアのひたいにキスを落とす。


「でもお嬢さまがお望みなら『そういうこと』も大歓迎だから、旦那さんたちに飽きたら遠慮なく声かけてね〜」

「もうっ、なんてこと言うんですか、ルネ!」

「あはははっ! お嬢さまったらかわいいね〜!」


 完全にからかわれている。まぁ好きにさせればそのうち満足するだろうと、されるがままルネのほおずりを受け入れていたセフィリアであったが。


「さてと。そういうわけだから、かわいい弟にはやさしくしてよね、お兄ちゃんたち?」

「……えっ」


 とても自然にルネが言葉を発するので、セフィリアは一瞬、なんのことだか理解できなかった。

 しかし、ルネにならってふり向くと、そこにはレイ、カイルのすがたがあって。


「だーれが『かわいい弟』だ。じぶんで言ってんなよ」

「リアが困っている。ルネ、離してやれ」


 ルネに対してカイルは呆れたように肩をすくめ、レイはいつもの大真面目な調子でたしなめている。


 いつの間に? 気づかなかった。

 セフィリアは困惑をおさえつつ、突然やってきたふたりへ問う。


「午前中の授業はまだ残っていますよね? ランチタイムには早いですが……どうかしましたか?」


 セフィリアは授業のあいまの時間を利用して、ルネと情報共有をしていた状況だ。昼食を持参したレイたちが、セフィリアをむかえにやってくる時間ではない。


「それなんですが、少々困ったことが起きまして」


 眉をひそめたカイルに、セフィリアはにわかに緊張感をおぼえる。

 言葉を継いだのは、レイだった。


「リア、むかえにきた。すぐに王宮へ向かおう。女王陛下が倒れられたらしい」



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