「・・・っていうことが、あったんだ。」
淡々と話す沈楽清の言葉を聞きながら、沈栄仁は自身の額をその手で覆った。
「あなた・・・本当に、どこまでひどい目に・・・」
「裸にされたこと?それともそれを学校のみんなに見られたこと?大したことないよ。俺、男だもん。」
「・・・それで、その話でどうして貴方が人を殺したことになるんです?」
あっけらかんと話す沈楽清に対し、言いたいことが山ほどあっても全て飲み込んだ沈栄仁は静かに続きを促した。
「結局、張勇をはじめとする男子生徒は全員退学になったんだ。女子生徒はそうじゃなかったんだけど、下着姿を全校生徒に見られたからか彼女たちも自主的に学校を辞めた。俺や俺に協力した江陽明やサッカー部の連中は一週間謹慎処分になったけど、そのあとはまるで何事もなかったかのように全部元通りになった。」
「当然でしょう?貴方は被害者なんだから。」
「そうだね。でもさ、この後、張先輩は自殺したんだ。善意の投稿者に『高校サッカーのヒーローに性的ないじめをした』ってネットで曝されて。当時、俺は少しだけ有名人だったから、張先輩はたくさんの見知らぬ人から叩かれた。住所が曝されて、家族まで詰られて、転校先まで特定されて。でも俺は、あの人を許せなかった。殺してやりたいって心の中で思ってた。だから、こうなるのを分かっていて、わざと怒らせて動画を撮って、みんなの前で断罪したんだ。」
沈楽清は両手で顔を覆うと、ハハハと乾いた笑い声を上げる。
いつの間にか太陽が沈む時間になり、赤い日が差し込んだ車内で、その姿は逆光でシルエットと化してしまい、沈栄仁からはその表情が見えない。
「呆れたでしょ?俺は、優しくも正しくもないんだ。そう見せかけてるだけ。本当の俺は人に対して容赦なくて、死に追いやっても平気なんだ。だって、俺、あの後もずっと何事もなかったように普通に生きてきたんだから。」
笑いながら話す沈楽清が、笑えば笑うだけ傷ついているようにしか見えない沈栄仁は、なんとかその心が軽くなるように声をかけようと思うも、何の言葉も出てこなかった。
「ごめんなさい、楽清。私は、貴方と同じことをする人間です。いえ、きっと私はもっと容赦がない。私なら、その男もその周囲に一緒にいた人間も全員追い込みます。例え全員死に追いやったとしてもその報いを受けさせる。だから、貴方の恐れが私には理解できないんです。むしろ、よくやったと褒めてあげたいくらいなのに。」
「栄兄・・・」
当時も、全員が「お前は正しかった」と言ってくれた。
そう沈楽清は記憶している。
しかし、彼らの言葉は、沈楽清をより人間不信にさせただけだった。
表情の硬い沈楽清を心配し、これ以上この話題は避けようと思った沈栄仁は、「話してくれてありがとうございました。」と沈楽清に軽く一礼する。
それからはしばらくお互いに無言だった。
すっかり陽が落ち、周囲を暗闇が包み始めた頃、ゆっくりと馬車が止まる。
「楽清。今日は、貴方としっかり話が出来て良かった。」
「うん・・・俺も、教えてくれてありがとう、栄兄。」
にこっと笑顔を見せた沈楽清の頭を沈栄仁は優しく撫でると、いつも身に着けているモノクルを取り出した。
左目にはめると、その姿がたちまち沈栄仁から玄肖へと切り替わる。
「宗主、これで全てやねん。妖王と一緒にいくでも、宗主になるでも、あんたが選んだってや。私はその意に従いましょう。」
「栄兄・・・俺は・・・」
「優しいあんたに、私や洛寒軒の過去を話したことは良ぉなかったかもしれません。そやけど、あの子を愛するのであれば、あの子の見た目や力やのうて、あの子自身を受け入れて、好きになってやってほしいねん。私は、そういう意味ではあの子を愛せへんかった。どの口がと言われそうやけど、私は炎輝を愛しとる。そやから一芝居打ち、こうして玄肖になったんや。たとえ二度と炎輝と触れ合えなくても、私は炎輝の側にいたかった。」
今まで見たこともない優しい表情で首飾りをその手に握り、夏炎輝の事を語る玄肖に、沈楽清の心が揺り動かされた。
(この人は、本気で炎輝兄様を・・・どうしてうまくいかないんだろ?炎輝兄様も栄兄もこんなにも愛し合っているのに)
「栄兄。もしも、俺が寒軒と一緒に行くことにして、玄肖を宗主に指名したら宗主になる?そしたら、玄肖として、炎輝兄様の道侶になれる?」
「・・・どう、でしょうね・・・その道は、考えたこともなかったわ。」
ふぅと玄肖はため息をつく。
そして、何事もなかったかのようにいつもの飄々とした態度で「お疲れさまでした。」と沈楽清に告げると、馬車の扉を開け、外へと降り立つと、沈楽清をエスコートしようと手を伸ばした。