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第61話

いつものように洛寒軒の腕の中で目が覚めた沈楽清は、珍しく先に起きて自分の寝顔を見ていた洛寒軒に微笑んだ。

「おはよう、寒軒。」

「おはよう、楽清。今日もよく眠れたみたいで良かった。」

「寒軒が隣で寝ているからかな?あの日以降、夢を見なくなったよ。ありがとう。」

ちゅっと音を立てて軽く口づけを交わし、微笑み合った二人は寝台から起き上がると、それぞれ身支度を整え始めた。

(もう、あれから一週間か・・・)

「おはようございます、楽清。今日こそ赤飯でいいですか?」

着替えて炊事場に行くと、この屋敷の中では本当の姿を隠さなくなった沈栄仁が、いつものように朝食を用意しながら、沈楽清をからかう。

「まだだよ!もうっ毎朝毎朝!何もないのは栄兄が一番よく知ってるでしょ?」

「ええ、本当にあの子は理性が強いったら・・・育て方を間違えましたかね。」

沈栄仁の隣で、彼を手伝うために鍋を手に持った沈楽清は、「息子さんは立派に育ってますよ、お母さん。」と軽口を叩きながら彼が切った食材を調理し始める。

(寒軒は辛いの苦手だから、唐辛子は控えて。夜は何が食べたいかな?後で寒軒に聞かないと。)

洛寒軒の好みを本人や沈栄仁から聞き、彼のために楽しそうに料理をする沈楽清を横目に見ながら、沈栄仁はその新婚さながらの初々しい様子に微笑む。

「本当に、どんどん可愛くなって。」

「え?」

「いや、早く魔物が現れるといいですねって。まぁ、どこかの誰かさんが、暴れてくれたおかげで、あと一週間以内には相当難しいかもしれませんけど。」

「悪かったな。」

シーツや衣服など洗濯物を入れた籠を手にした洛寒軒が憮然とした表情で入ってくる。

「まさか、楽清に一度討伐させたいなんて話が出るとは思わないだろう?俺としては、ここに泊めてもらってるお礼のつもりでやったんだ。」

「ええ、ありがたく思ってますよ。私たちがいない間に、勝手に天清山周辺の魔物を討伐してくれたおかげで、人を襲うような魔物はここ一週間、領内に現れていません。私が居た時は面倒くさがってとどめを刺さなかったくせに、愛しい楽清のためなら、問答無用で殺し回るんですから。愛の力ってすごいですねぇ。」

「そのめんどくさがりなおかげで、今、お前が生きているんだろう?感謝して欲しいくらいだな。」

二人の丁々発止のやり取りに、ハハハと沈楽清は引きつった笑顔を見せる。

(本当に、毎朝毎朝・・・艶っぽさも色気もない・・・)

最初は沈楽清と洛寒軒の二人が良い雰囲気になったことに気がついた沈栄仁が、あえて洛寒軒へきつめの態度をとっているのかと思っていた沈楽清だったが、どうやらそうではないらしい。

「一発殴らせてくれたら許す」と言った洛寒軒に対し、「いいですよ」とあっさり殴らせた後、それ以上にきつい一発をお見舞いし、「やり返さないなんて言ってませんけど?」と堂々と宣ったあたりから、「あれ?これ、愛情?恋?」とは思っていた。

決して口には出せないけれど、この一週間、沈栄仁の洛寒軒に向ける態度は、全く遠慮がなく、恋愛特有の甘さや優しさが一切みられなかったため、この二人は本当に過去なんだと沈楽清はほんの少しだけ安堵していた。

(さすがに、俺が宗主になるか、妻になるか決めるまで、絶対に手を出さないって寒軒が宣言したときに、『あれ?若いのにもう枯れたんですか?マムシ酒、要ります?それともすっぽん?』って発言は、ちょっとひどいなって思ったけど・・・)

それ以外でも沈栄仁は毎日あれこれ洛寒軒にちょっかいを出しては、彼をからかいまくっている。

(なんか外見もちょっと似てるし、俺と栄兄よりも、この二人の方が兄弟みたいなんだよなぁ・・・いや、本当に兄弟だったら、まずいんだけどさ・・・)

顔を合わせる度に、ああでもないこうでもないと言いあう二人に嘆息した沈楽清は、いい加減口喧嘩を辞めさせようと、間に割って入った。

「話の途中でごめんね。栄兄、他には何を作る?」

「楽清は本当に働き者のいい子ですね。良かったですね、妖王。今日も愛妻の手作りですよ。あなたの好きな物や味付けをいつも私に聞いてきて、本当に甲斐甲斐しくて可愛いったら。夜の務めも果たさない役立たずの旦那様なのに愛されてますね。」

「ああ。兄と違って、見た目の中身も可愛い上に、良く出来た妻で助かっている。毎日ありがとう、楽清。」

二人の言い合いに巻き込まれた沈楽清は、二人から当たり前のように自分へ使われた『妻』という表現に、顔を真っ赤にすると手に持っていた菜箸を落とした。

「や・・・あの・・・それは・・・」

あたふたと狼狽える沈楽清に、洛寒軒は微笑むと、そっとその身体を抱き寄せた。

しかし、それ以上は手に力を込めることも、口づけることもせず、自分の中の激情にじっと耐え、ただ彼を優しく抱きしめ続ける。

「寒軒・・・今、朝だし・・・栄兄がいるから・・・」

「俺たちが、仲が良いのを望んでるんだ。そのまま見せておけばいい。」

「・・・でも、そろそろご飯の準備させて。冷めちゃうから。」

ここ一週間でスキンシップや愛情表現に慣れてきたのか、冷静になる時間が以前よりずっと早くなった沈楽清は、洛寒軒の腕から逃れると、彼に対してにこっと無邪気に笑い、再び料理に取りかかる。

そんな沈楽清の背に、一瞬寂しそうな、辛そうな顔をした洛寒軒は、わずかにその背に手を伸ばすも、すぐにひっこめて無表情を装うと「皿はどこにある?」と沈栄仁に尋ねた。

「・・・本当に、育て方を間違えましたね・・・」

二人を見つめながら、沈栄仁は困ったように笑うと、洛寒軒をからかうのを止め、彼に皿の置いてある場所を指示して、自身も再び料理に取りかかった。

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