一目見れば分かるほどヒヨリは重傷だった。それでも俺が取り乱さず落ち着いていたのは、どこか現実味がなかった事と、肝心のヒヨリが悲壮感を漂わせていなかったからかもしれない。
俺はそっと近づき、なるべく優しく抱えようとして気が付いた。ヒヨリの身体の指先や足先、羽の先からホロホロと崩れ始めている事に。
『フフっ……みっともない所を見せちゃいましたね。出来ればもっと……優雅かつ華麗に衝撃を受け流したかったのですが……
「何故だ? なんで元の姿に戻らなかった? そうすればこんな事には」
俺の静かな問いに、ヒヨリは『分かってるくせに』とほほ笑んでただ一言返す。
ああ。分かってるさ。これが俺を気遣ってだという事は。
ここに入る前にジャニス様が言っていた言葉。アナの精神世界に神族や超越者が無理に入れば規模が違い過ぎて壊してしまう。今は入れているのはヒヨリがこの姿に留めているからで、本性を出したらアナが保たない。そんな事になったら俺が苦しむだろうと。
『良いですか開斗様。
「……ああ」
ぐうの音も出ない。俺は誰かを助けるためなら自分が傷つこうと必要経費と流せる。だが、人が目の前で傷つくのを見るのは……辛い物だ。それも
『あのオオカミさんは……居ませんね。なら後の話は簡単です。
それは、一つの分岐点。
『あの巨人も……今ので相当に疲弊している筈です。当初の……“憤怒の狼”を弱らせるという目標は……まあ達成したと言っても良いでしょう。まだ根本は解決していませんが、しばらくは……アナちゃんにも猶予が出来る筈です。ジャニス様もどうせ……今の状況はモニターしている筈。開斗様がただ一言……こほっ!? 帰りたいと言えば、すぐにこの世界から引っ張り上げてくれるでしょう。ワタクシも……出来ればそちらをお勧めします。……ですが』
クルクルクル…………ザンっ!
その言葉と共に、どこからか俺の目の前に一振りの剣が飛来する。それはさっきの衝撃でどこかに無くしていたジャニス様の直剣で。
『もし、戦うというのであれば……その剣を取ってください。剣に込められた力はまだ健在。それで巨人とアナちゃんの経路を完全に切断すれば、奴は力の供給が無くなっていずれこの世界から消滅するでしょう。……ですがその場合、ジャニス様が開斗様を引き戻すまでの間、破れかぶれの荒れ狂う巨人と向かい合う事となります。……と~っても危険です』
敢えて最後はちゃかしたが、ヒヨリの目は真剣そのものだった。それだけ危険という事だろう。……だが、
ザンっ!
俺が考えたのは一瞬の事。すぐに剣を取り、アナから未だ伸びていた経路に勢いよく直剣で切り付けた。まだ完全に断ち切れてはいないが、経路に大きな傷が入る。
“ぐおおおおおっ!?”
どこからか風に乗って、巨人の凄まじい怒号が聞こえてくる。今ので俺達の場所は割れたな。
『ほぼ即答ですか。フフっ……身を挺しての助言も……無駄でしたかねぇ? これはワタクシも少~し辛いですよ』
「ああ。すまないなヒヨリ。俺はこういう人でなしなんだよ」
もう身体の半分近くが崩れながらも苦笑するヒヨリに、俺はそう言いながらもう一度剣を振り上げる。
「冷静に考えれば逃げるのが得策なんだろう。一度戻って体勢を立て直し、万全の構えで再び巨人を討ちに行く。それが正しい。その方が安全だし、俺が傷つくさまを見て他の誰かが嫌な思いをする事もない。……でもね」
ザンっ! ザンっ!
さらに剣を振り下ろす事二度。もう経路はボロボロで、後一撃で完全に断ち切れるだろう。そこへ、
“貴様あああっ!? 許さんぞおぉっ!?”
遂にこちらを見つけた巨人が、ずしんずしんと足音を響かせて走り寄ってくる。もう十秒もすればここに辿り着くだろう。
しかし、十秒もあれば十分だ。
「正直に言うよ。こんな事に意味はないと分かっている。だがっ! 俺は今、とても
ズバンっ!
最後の一振りが完全に経路を断ち切り、その瞬間俺の身体にどこかへ引っ張られるような感覚が浮かぶ。これがジャニス様が引っ張り上げるという物だろう。
横目でちらりと見れば、横たわるアナの身体も少しずつ透けているようだった。後はそれを待てばいい。だがそれとは別に、
“おのれぇっ……よくも私の邪魔をっ! ならばせめて、消えるまでの間に貴様を叩き潰してくれるっ!”
「言いたい事はそれだけか?」
向かってくる巨人相手に、俺は直剣を構え直し大きく息を吐く。そして、
「俺は、俺の
俺はそう叫びながら巨人に向けて駆け出した。
“予言改変。及び試練踏破ポイントが一定値を超えました。スキル『