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五十六 虐げられた魔物

「ん?幸一の知り合い?」

「ああ、そうだ、なんで紫苑さんが……」

幸一たちはまだ状況が分からないうちに、濃密眉の男はまた狂言を放った。

「どうだ!この弱々しい美青年、絶望な眼差し、魅惑的な雰囲気、虐げられた悲惨な過去、おめぇたちが好んでいる儚い夢ってもんじゃねか!」

「俺、彼を知っている!人身売買の仕入れ屋だ!あの男を売るつもりかもな!」

「な、なんて汚いんだ!」

人々の中から、誰かが濃密眉の男の身分を明かした。

みんなは更なる軽蔑と罵声を男にぶつけて、紫苑に同情を示した。

「あの男、可哀そう……」

「このままだとおもちゃとして誰かに売られるかもな……」

「どうする?彼を助ける?」

「でも、もしあいつが合法商売の手続きを持ったら、どうしようもないんだ……」


「すげーな、みんなこいつを注目しているぜ!」

紫苑を抑えている一人の大男は感心しそうに嘆いた。

「言ったろ!こいつは絶対売れるぜ!」

仕入れ屋の男は自慢しそうに鼻を鳴らした。

宣伝目的を見事に達成して、仕入れ屋の男は大声で人々に宣言した。

「五日後に、傷春楼でこいつの競売を開く!こいつが欲しいなら、大金を用意してこ――ああああ!!」

でも、宣言がまだ終わっていないうちに、男は一陣の強い風に飛ばされた。

紫苑を拘束する二人の大男も二枚の白い羽に手を刺されて、痛みで紫苑を放した。


「紫苑さん、大丈夫?!」

もちろん、手を出したのは幸一だった。

幸一はさっそく前に出て紫苑を受け止めた。

「幸一様……すみません。また、ご迷惑を……」

紫苑は恥ずかしそうに目を逸らした。

「どうやら、合法商売にならないね」

一歩遅れで来た珊瑚は、一目で紫苑が人間ではないことに気付いた。

仕入れ屋の男は影も見えないところに飛ばされたので、珊瑚は二人の大男に捕快の名札を見せた。

「捕快です。人身売買を営む許可証、この男の戸籍文書、身売り文書など手続きを見せてもらえますか?」

人間ではない紫苑に戸籍文書があるはずがない。

堂々と人身売買を宣伝する三人の男は官府に送られた。


幸一と珊瑚は紫苑を連れて茶屋で休むことにした。

「紫苑さん、玄天派の支部に行ったんじゃない?何故あいつらに掴まれたの?」

「おのれは......自業自得です」

紫苑は悔しそうに頭を下げた。

修良から受けた任務を幸一に教えられないので、事情の一部だけを伝えた。

「……弱いままではいけないと思って、術を修練し始めたのです。瞑想の途中でやつらが現れた。ロクでないやつらだと気づいて、術で何とかしようとしたら、逆に、やつらの欲望を刺激しました」

「どんな術?」

「魅惑の術、です……」

「……」

幸一は疑わなかったが、隣で話を聞いている珊瑚は密かに笑った。

魅惑の術、それは狐族が最も長けている術の一つ。

確かに、紫苑の身から妖艶に似たような気配がする。でも、それは決して魅惑の術ではない。

それに、紫苑からもう一つ、特別な匂いがする。

「幸一、やつらのことについて、紫苑さんに聴取してもいいかな?紫苑さんは官府に行けないだろ」

珊瑚は話す機会を作ろうとした。

「そうだな。じゃあ、紫苑さん、珊瑚に事情を話してくれない?彼は信頼できる友人だ」

「あっ、はい……」

紫苑は小さくうなずいた。

「悪いけど、幸一はちょっと離れてくれない?一応公務だし」

珊瑚はさりげなく幸一を追い払う。

「分かった。俺は先に誠鶯伯母の屋敷に行く。珊瑚は聴取が終わったら来てください」

「ありがとう、すぐ行くから」

珊瑚はニコニコして幸一を見送った。

その聴取は単純なものではないと紫苑は覚悟した。


「魔ですか、珍しいですね……」

紫苑が開き直ったが、珊瑚は半信半疑だ。

「でも、形を持つほどの魔が人間の悪徳商人に掴まれて、人身売買されそうになるなんて、面白すぎで、ちょっと信じられないな」

珊瑚に笑われても、紫苑はなんの反論もなく、ただ素直に認めた。

「おのれは、弱い人々の怨念と悲しみから生れたものなので、とても弱いです」

「じゃあ、やつらに掛けた術は?魅惑の術じゃないよね?」

「はい、本当は、彼たちの魔の心を起こそうとした。しかし、やつらの金銭への欲望を刺激してしまって、逆に破目になった……」

「ぷっ」

珊瑚は思わず吹いた。

「紫苑さんって、面白い魔ですね。まあ、今の話を適当に加工してから官府に提出します」

「ありがとうございます……」

「聴取はここまでにしよう、これからはそれがし個人の質問です――」

珊瑚は一度立ち上がってあくびをした。

そして、両手を机に支えて、立ったままで紫苑に迫った。

「紫苑さんは、何か『旧世界』や『破滅の力』と因んでいるものを持っていない?」

「!!」

紫苑はギクッと肩が震えた。

「紫苑さんがやつらに遭遇したところは『世界の縫い目』、人間界では旧世界の匂いが一番強いところです。偶然に、旧世界の何かを持ち帰ったのもおかしくないと思いますよ」

紫苑の反応を見て、珊瑚は「当たった」と微笑んだ。

「実は、それがしも事情があって、『旧世界』や『破滅の力』を調べているのです。何か手掛かりがあれば、共有していただけると嬉しいな」

「い、いけません……」

紫苑は何かを守るように、身を縮める。

「その件は、幸一様の兄弟子の修良様に頼まれたことです。あの方に、おのれは勝手に他人に情報を漏らすのを知られたら……おのれは、きっと滅ぼされます!」

「偶然ですね、それがしも修良さんに相談したいことがあります」

「で、では、まず、修良様の許可を得てから……」

紫苑が怯えているように見えるから、珊瑚は弱者いじめをするつもりがない。攻撃的な気配を収めて、肩をすくめた。

「仕方ないね、一緒に修良さんのとこに行きましょう」


紫苑は長い息を吐いて、少しほっとした。

自分がこんなに弱いのに、なぜ次々と強い奴に出合うの?

幸一のような純粋で自分を助けようとする人間はまだいいけど……

あいにく、絡みに来るのは危険な奴ばかり。

あの日、修良は「神の気配」と「破滅の残影」を彼の意識に植えた。

魔が神を探すなんておかしすぎる!と訴えたが、修良の話によると、ほかのものが「神の啓示」により魔の心が生れる可能性がある。すでに魔である紫苑なら、その危険性を回避できる。

やはり納得できないが、修良を逆らうのができなかった。


「神の気配」と「破滅の残影」を追跡して、紫苑は世界の縫い目の深いところまで辿り着いた。

どうやって痕跡を探すのか悩んでいるときに、「夢」を見た。

いいえ、見せられたと言ったほうが正しい。

夢の中で、紫苑はまぶしい光の中にいる。

その光から神々しさを感じた。

弱小で闇の存在である自分が消されるのが怖くて、紫苑は慌てて隠すところを探した。

その時、空からとても穏かな声が届いた。

「あなたの本当の名前は『心魔』だ」

「光があるこそ、影がある」

「魔であるあなたが弱い理由は、この世の神の力が足りないから」

「魔の力が欲しいなら、まず神の力を求めるのだ」

「この世界が失われた『神』を、目覚めさせるのだ」


目が覚めたら、手元に一枚の鉄色の指輪があった。

粗削りな設計だが、不思議な匂いが溢れている――

旧世界からの匂いだ。

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