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「お二人の前世は敵国同士で、婉如様の前世だった人は、幸一様の前世だった人に殺されたようです。これは、二人の関係が親しくならない原因だと思います」
前世の探りから意識を取り戻し、紫苑は結論を韓婉如に伝えた。
韓婉如はなるほどと納得した。
これなら、幸一に対する恐怖心が説明できる。
「前世の敵同士が今世で親しい関係になるのはよくあることです。これは世界が人々に出した課題です。前世の傷を乗り越えれば、魂の成長を成し遂げます。ですから、幸一様と和解することにより、婉如様は憎しみと親子関係の葛藤から救われます」
「……」
紫苑が提示した解決方法を聞いて、韓婉如はかなり複雑な気持ちになった。
道理は理解できないでもないが、いきなり「自分」を殺した人と和解と言われても……
それに、修良から聞いた話も気になる。幸一のおかげで、自分は事故死の運命から救われた。ひょっとして、それは一種の償いなのか……
だったら、十八年も息子をひどく扱っていた自分は、最悪じゃないか……
韓婉如は死ぬほど困っていたら、幸一のほうが切り出した。
幸一は一歩前に出てて、紫苑たちの会話に割り込んだ。
「いいんだよ、紫苑さん。俺は母の立場だったら、和解を言われても簡単に受け入れないだろう。今回は本当にありがとう、何故嫌われていたのか、やっと分かった」
幸一は全身の力が抜いたように、長い息を吐いた。
それから真剣な眼差しで韓婉如を見つめる。
「前世でどうしてあんなことになったのか分からないから、何も言えない。代わりに謝りたくても、その資格がないだろう。でも……今世は、あなたは俺の母親であることが変わらない」
幸一は拳を強く握りしめて、一度唇を噛み締めて、必死に笑顔を絞り出した。
「母様、俺を生んでくれて、ありがとう」
「!!」
韓婉如の胸は重い衝撃を受けた。
幸一は笑っているのに、泣いているように見える。
いいえ、泣いているようではなく、幸一の澄んだ目に、確かに涙の光があった。
韓婉如は初めて気づいた。
幸一は自分が命かけて生んだ子なのに、彼を抱きしめたことは一度もなかった。
それでも、彼はこんなに大きくなった、強くなった。
自分に拒絶され続けられても、清らかな目を失わなかった。
前世にどんなことがあったとしても、今世の彼は自分の実の息子として、愛を要求する資格も、冷たい自分を恨む権力がある。
でも、今の言葉で、彼はすべてのを放棄した。
今の言葉はきっと、最後の、別れの言葉だ。
韓婉如の返事も待たず、幸一は静かに部屋を出た。
紫苑はぼうっとしている韓婉如に一目をしてから、慌てて幸一の後ろについた。
「こ、幸一様、これでいいのですか?おのれから見れば、まだお母様と分かり合える可能性が……」
でも、幸一は話題を変えた。
「紫苑さん、幽冥界に行きたい。入る方法が分からないから、教えてくれる?」
「……も、もちろんです。おのれは案内します。ただ、幸一様は魂だけが幽冥界に入る形になるから、肉体を守るための準備作業が必要だと思います……夜にいたしましょう」
不安定な精神状態で幽冥界に入るのは危険だから、気持ちが平穏になってからにしてほしい、という本当のことを言えなくて、紫苑は別の言い訳した。
「分かった。伯母さんの屋敷で行えないのね。宿を取りに行く」
廊下を曲がって、人のない片隅に着たら、幸一はさっきから張り裂けそうな頭を抑えながら、片方の肩を壁に預けた。
さっき、母の前世の記憶で見ていた、あの真っ白な衣裳の青年の印象が頭から離れない。
(なぜ知っている……あの鬼も、あの人も、先輩だ……)
(前世の俺はあの兵士たちを殺した。その後、「先輩」に会って、何か言いたかった……)
何か言いたいことが喉に詰まっているが、何を言いたかったのか、どうしても思い出せない。
(俺は、何か大事なことを忘れている……)
胸を焦がすような痛みに催促され、幸一は魂の深いところに意識を向けて、一生懸命情報を探ろうとした。
しかし、魂の奥に重い鎖の音が響いて、彼の探索を阻止した。
体もその鎖に縛られたように、幸一は脱力して、ズドンと壁際に座った。
(先輩に、会いたい……)
「幸一様は落ち込んでいます……おのれのせいです。おのれは余計なことをしたから……魔なのに、なんでこんなにも無能ですか……」
幸一に置きさられた紫苑は自分を責めながら、うろうろと庭に入った。
石机の前に、珊瑚は幸世にたくさんのお菓子を勧められている。
紫苑を見て、珊瑚は迎えに行こうとしたが、幸世に腕をきつく抱きしめられた。
「こ、今回こそ、何があっても、旦那様から離れません!!」
本心か芝居か分からない言葉を口にして、幸世は必死だった。
子供いじめに思われたくないので、珊瑚は自分の腕でナマケモノになった幸世を連れて、紫苑に状況を聞いた。
「終わったか?」
「は、はい……幸一様は、今夜幽冥界に行くとおっしゃいました。でも……」
紫苑はちょっと後ろめいて、小さい声で珊瑚に幸一の状況を説明した。
「なるほど、確かに、心配だね……でも、心が細い時こそ、修良さんが必要だと思う」
珊瑚は少し考えたら、解決法を提案した。
「じゃあ、二人が修良さんのところに行く間に、それがしは人間界で幸一の肉体を守るとしよう」
「それは大変助かります。でも、珊瑚様のご用件は……」
「後でいい。幸一のほうが大事だ。それがしはいい友だ」
決め台詞っぽいことを言って、珊瑚は自分にキラキラ効果を付与した。
「すっ、すてき!」
その光った姿に魅了された幸世は珊瑚を抱きしめる力を一層強くした。
「分かりました。では、準備しに参ります」
紫苑は頷いて、庭を去った。
「もういいでしょ、お嬢さん。それがしは重要な仕事があって、お兄さんのところにいかなければなりません」
「いいえ、させませんわ!もう二度とお兄様に負けません!!」
珊瑚と幸世の騒ぎが紫苑の耳に全く入らなかった。
紫苑は深刻な思考に沈んでいる。
(幸一様のような強い人も、心細いことがありますね……あの恐ろしい記憶、伝説中の旧世界の最後なのでしょうか?)
韓婉如の記憶を思い出したら、紫苑は不気味と恐怖を感じた。特に、無惨に殺された者たちの面影と悲鳴が彼の中に深く刻まれた。
(弱いものの結末は、どの時代でも変わらないですね……)
(出合った時から修良様から感じたあの力の波動、世界を滅ぼした恐ろしい力だなんて……あんな者の命令を聞いて、おのれは、本当に無事でいられるのですか?)
(おのれは魔なのに、どうして、こんなにも弱いんだ……何か、自分を守る方法は、ないのか……)
紫苑は唇を噤んで、懐にある鉄色の指輪を握りしめた。
一般人に迷惑をかけないように、珊瑚は妖怪がよく使う宿を幸一に紹介した。
宿の女将さんは分かりのいい三毛猫の妖怪だけど、幸一の噂を聞いたせいで、部屋を借りることに躊躇っていた。珊瑚の再三の保証で、やっと承諾したが、ほかの客たちに見られないように、幸一を一番奥にある部屋に案内した。
妖怪のところでいろいろやりやすい。幸一は宿の壁に呪符を貼り付けて、金粉で肉体保護の陣を描いた。
幸一の魂を守るために、紫苑は霊気で紫金色の鈴を三つを作って、三人にそれぞれ一個を持たせた。
一つの鈴を鳴らすと、ほかの二つが共鳴する。魂に人間界へ戻る道を示す。
幸一は鈴を腰帯につけてから寝台で横になった。
紫苑は一緒に寝台で並ぶのを強く拒絶して、そのまま床で横になった。
珊瑚は部屋の一角で、一枚の玉を彫りながら周りの霊気や力の波動を監視し、幸一の護衛をする。