(俺……今、瑛斗先輩と話したら……)
嬉しい、悲しい、怖い。
自分でも何を口走ってしまうかわからない不安に、俺は、今の俺には向かい合うことはできそうになかった。
「理央……」
名前を呼ばれると、痛いほど胸が締め付けられたが、俺は見えないドアの向こう側に向かって首を横に振った。
「ごめんなさい、瑛斗先輩……。もう少し、俺に時間をください……」
「時間って……。理央! 私が車椅子姿の理央を見て、冷静でいられると思っているのか!」
「これはただの捻挫です! だから! お願いですから、瑛斗先輩! 今はなにも聞かずに俺を信じて、どこかに行ってくれませんか?」
(俺は卑怯だ……)
信じて欲しいだなんて、ズルい言葉なのは分かっていた。
そして、瑛斗先輩がそう言われたら、強く出られないと分かっていながらも、俺は使ってしまった。
「理央……」
罪悪感に苛まれた俺は、唇を噛みしめて、膝の上で重ねていた手に力を込めた。
「ごめんなさい。俺もちゃんと瑛斗先輩と話がしたい。瑛斗先輩が怒っていた理由とか、全部ちゃんと! でも、今はダメなんです。お願いですから、分かってください!」
「理央……あれは……」
言いかけたまま瑛斗先輩は黙ってしまったことで、俺たちとの間に沈黙が訪れた。
俺は瑛斗先輩と距離が離れてしまったような気がして、胸がキュッと締め付けられたのを感じた。
(ごめんなさい。瑛斗先輩……)
目を深く瞑り、俯きながら心の中で瑛斗先輩に謝ることしか、今の俺にはできなかった。
「……。分かった。だが今は、これだけはハッキリ言わせて欲しい!」
「……!」
ドアに何かを勢いよくぶつけたような音が響き、俺は思わず肩をビクつかせた。
「私はバカだ! 大バカものだ! 嫉妬に駆られて理央を怖がらせるなんて……」
(瑛斗先輩……)
「だが、これだけは伝えたい。私は、他の誰にも理央を渡すつもりはない! もちろん、波多野にもだ! 今日はそれを証明する! だから、私を見ていてくれ! あと、弁当の卵焼き! 一切れでいいから私のために残しておいてくれ!」
(えっ? た、卵焼き……?)
聞き間違いかと俺が狼狽えている間に、瑛斗先輩がドアからどんどん離れていく足音だけが、廊下から響いて聞こえてきた。
「……。はぁー……」
(卵焼きって……。俺を渡すつもりはないって宣言した後に、そのセリフいります? ほんと、瑛斗先輩って……)
いつもの調子で、突拍子もないことを言い出す瑛斗先輩。
俺はさっきまで締め付けられていた胸に温かいものが広がり、自然と口元から笑みが零れるのを感じた。
「おい、リオン」
「……!」
(あっ……! レンさんたちがいるのを忘れてた! ど、どうしよう……)
俺は慌てふためいてしまい、目の前で繰り広げてしまった瑛斗先輩とのやりとりを、どう説明したらいいか分からなかった。
「……」
だが、いつまでも黙って背を向けているわけにもいかず、とりあえず俺はレンさんたちに向かって車椅子を回転させた。
「えっ、えっと。今のはですね……」
向かい合ったはいいものの、三人を目の前にして、どう説明していいか分からず、俺は言葉を詰まらせてしまう。
すると、レンさんは急に手を二回ほど叩いた。