「おい、サクヤ。この教室のカーテン、全部閉めてきてくれないか?」
「ええ。かしこまりました」
サクヤさんはレンさんに軽く相槌を打つと、教室の窓辺へカーテンを閉めに行った。
「ルカは、とりあえず荷物置いて準備しろ。俺は机をどかして、リオンが通れるようにしてやるから」
「わかりました」
レンさんに言われて、近くの机にカバンを置いたルカさんは、周りの机をいくつかくっつけるように移動させると、カバンの中を覗き込んでいた。
「さーてと、どうやって動かすかなー」
ルカさんとサクヤさんが動きだしたのを見届けたレンさんは、俺のために机をテキパキと動かし始めてくれた。
「……」
だが、俺はそれでもなんと声を掛けていいかわからず、戸惑ったまま無言で見つめ続けてしまう。
「よし。とりあえず、これでいいよな」
いつのまにか、中央を空けるように机を端に動かし終えたレンさんが、車椅子の後ろに回り込んできて、俺の耳元に顔を近づけた。
「みんな大人だからな。別に深く聞いたりしねーから、安心しな」
(えっ……)
「あっ。話すなってわけじゃないぞ。リオンが話したくなったら、ちゃんと愚痴や相談でも聞いてやるから」
「レンさん……」
レンさんの優しい言葉は、少し弱っていた俺の心に染み渡りすぎて、思わず涙が溢れそうになり俯いてしまう。
「だー、泣くなよ! 顔を上げろ! 男の子だろ! それに、これから誰もが振り向く美少女に変身するんだからさ」
レンさんに頬を両手で掴まれて、俺は俯いていた顔を無理やり上げさせられてしまう。
「えっ? 美少女……?」
(俺はたしか……)
レンさんに頼んでいた内容と違うと、俺は思わず目を丸くして首を傾げると、ルカさんは眉間に皺を寄せた。
「なんでリオン本人が、そこ疑問形になるんだよ。オレはレンさんに、リオンを誰もが振り向く美少女にしろって言われて、わざわざこんな重たい道具を持ってきたんだぞ」
あんなに重いカバンの中に一体何が入っているのかと思っていたが、ルカさんがカバンの中から取り出したのは、メイク道具一式だった。
俺はいつも外で軽くメイクをしてから、練習やライブ会場入りをしているため、メイクポーチに入るくらいのメイク道具は揃えて持っていた。
だが、目の前に広げられていったのは、ライブ当日に来るプロのメイクさんに引けをとらないくらい、凄まじいメイク道具の量だった。
(フェイススチーマーにライト付き鏡まで……。そりゃ、重いはずだ)
ルカさんにカバンで頬を殴られたのを思い出し、軽く当たった程度で良かったと、俺は思わず安堵の溜め息を漏らしてしまった。
「しっかし、気合い入ってるなー。さすが美容担当、ルカ様。恐れ入るわ」
「えっ? もしかして、これ全部ルカさんの私物なんですか? しかも、わざわざ……」
ますます俺がレンさんにお願いしていた内容と違っている気がして、俺はレンさんに向かって振り向くが、レンさんは肩を竦めるだけだった。
「俺、俯いているときは普通に見えて、顔をあげたら盛大に笑いがとれるようにしたいって言ったはずですけど……」
「は? 笑い?」
ルカさんは眉間へ思いっきり皺を寄せると、近くにあった椅子を引き、ドカッと音を立てながら座った。
そして、足と腕を組んで俺を睨みつけてきた。
「どういうことだ、リオン。お前は笑われにいくのか?」
「あっ、え、えっとですね……。実は俺、今日の体育祭で優勝した学年の代表に、優勝旗渡す役目なんです。お姫様の格好して渡すので姫役って言われれて……」
「ふーん。それって、さっきの声のヤツにか?」
「えっ! えーと……」
俺は返事に困ってしまうが、嘘をついても仕方がないと静かに頷いた。
「そうです。もし、三年生が優勝したらですけど……」
「……。それで? リオンが姫役なのは理解したが、その姫役って笑いを取りに行く必要が本当にあるのか?」
「えっ……?」