それは婚約式のクライマックスを彩るイベント。
未来への花道となる指針発表の場となるはずだった。
開場の中心で祥子との婚約を発表した後の事。
舞台袖まで戻った庄司はそのままコントローラーを片手に操作を始める。
盛大な拍手に包まれて祝福を受けた庄司はその勢いのまま、
これから伊集院家が主催で作り上げるレジャー施設の発展計画の、
プレゼンテーションを行う予定だったのだ。
色々な設備の建設予定地をライトアップしレーザーで映し出し、
未来の完成図を会場の外に見える場所に映し出す画期的なイベント。
ホールに設置された大型モニターと連動する形でPVが流される。
そこにはプライベードジェットを優雅に操縦して着陸し。
パイロットとしてお客様として乗って来た有珠をエスコートする。
そう言ったカッコイイムービーが流れるはずだったのだが。
着陸するシーンを撮影できなかった以上そんな映像はなく、
「い、何時差し替えられたんだ?」
差し替えるも何も庄司の望む映像を作れるほど素材は取れていなかった。
その為に苦肉の策として司とその部下達が努力して作り上げたムービー。
それが無音のまま流され始めたのである。
タイミングを見計らった様に集達が演奏を奏で始めたのだ。
雰囲気は一気に面白い方向へと転がっていく。
司の善意(悪意)によって作られた映像が流される。
庄司の素晴らしい才覚を表し陣頭指揮する映像ではあったのだが。
そこには庄司以外の姿はなく。
庄司を甲斐甲斐しく世話をしていた祥子の姿は全てカットされていたのだった。
婚約に至るまでの祥子との仲睦まじい姿は全くなく、
庄司のサクセスストーリーが永遠と流され続けたのだ。
「な、なんで?」
―苦悩し誰か支えられるのを待つ庄司―
―婚約者はいかに?!―
そんな雰囲気で仕立て上げられていたムービーは誤解を招く物であった。
同時にライトアップされた庄司と彼を取り囲む女性達を見れば。
もう周囲の雰囲気は形作られていたのである。
「さぁ…伊集院庄司様は誰と婚約する事になるのでしょうか!」
司会者が入れた、音のないムービーの中で宣言された最後の一言。
言葉は周囲にいる女性達は庄司からの返答を待っている状況だった。
同時に祥子との婚約発表が行われなかった理由
その事実をパーティー会場にいた人々は察する事になったのだ。
―なるほど綾小路家よりも良いパートナーを見つけたのだ―
その認識がパーティー会場を駆け巡る。
そうなれば司と祥子が庄司の前に関係を持ち始めた理由も解る事だった。
―これは円満なパートナー関係解消である―
暗にそう宣言する為に仕方がない事なのだ。
ギリギリの発表はこういった事態を想定していたからなのだと。
綾小路家は伊集院家から手を引く。
そう宣言したに他ならない。
「じょ…冗談じゃ…」
ないと続けたかった庄司であるが…
「勿論冗談ではないわね!私達がいる事がその証明ですもの!」
「ふふふ。素敵な紹介で嬉しいわ…」
「やっぱり私達を必要としてくれたのね!」
絞り出すように言えた庄司の言葉は打ち切られる。
少なくとも庄司の計画に綾小路の財力は必須だった。
その為に祥子の心には庄司は好きでいなければいけない枷を嵌めていたはずで。
自分以外の婚約を嫌がらなければいけないように育てたはずだ。
それがどうしてとしか思えない。
しがみついてくる女性達を見て…
そして手元に残された駒の酷さを知る。
酷くても遊びであったのなら許せる。
喉元まで言葉がせり上がってくる。
―こんな女達の誰からも選べるものかっ!―
そう言いきってしまいたかった。
けれど周囲がそれを許してくれない。
彼女達の両親や祖父達が騒ぎ立てるのだ。
「おぉ!婚約者を決めたかったのですな!」
「ならばその3人から決めるのがよろしかろう!」
「素晴らしい決断ですな!」
「誰を選んでくれるのでしょうなぁ!」
それこそ彼女達の親は声を張り上げる。
決して庄司がこの場から逃げられない様に。
彼女達も腕に力を込めて決して逃げられない様に庄司を押しとどめる。
それは庄司にとっては祥子を手に入れられないだけではない。
別の何かによって導かれる様に泥沼へと突き落とされる気分だった。
それでも光り輝く衣装を身にまとい皆からの視線を一心に受ける庄司。
話すだけで会場に自分の声が響き渡る事を解っていたから下手な事は言えない。
けれど女性陣はそうではない。
「じゃ、代表してあたしが婚約してあげる」
「いや、君じゃぁ…婚約の意味が…」
「あぁそうね!綾小路の娘はまだ結婚できないけど、
あたしなら結婚できるから、結婚式挙げられるわね!」
それこそ庄司の望むところではない。
まだ結婚は早い。
色々な女と遊びたいと思い続けている庄司にとってはそれこそありえない。
婚約と言う形で祥子を縛り付けて置いて安全圏で遊ぶこと。
それが庄司にとっての婚約式を上げる意味でもあったのだから。
将来の予定が、小さなところまでガラガラと音を立てて崩れていく音がする。
逃げたい。
逃げるべきだと思い何とか言葉を絞り出す。
「ち、違う。私にはまだ結婚は早いから…
もう少し…もう少し考えてから、な?」
「十分遊んだでしょ?だからこれからは私だけを大切にしてくれればいいの。
勿論、庄司様が今決めてくれないのならそれこそ大変な事になってしまうわ。
それに序列だって決めてあげても良いのよ。
これは私達からの最大の譲歩よ?
もちろん認めるわよね?」
序列を決めると言う表現。
それは妾の女であっても構わないと言う打診であり。
仲良く庄司が囲ってもいいと言う許可でもあった。
「私達3人に囲われて幸せよね?」
「そうねぇ…誰かを選ぶなんて無粋ですもの。
庄司様には一人では物足りない事も理解しておりますわ」
二人が両腕にしがみつき。
「両腕が繋がってしまってますからね。私は背中で我慢しますわ」
一人が背中から抱き付く形になっていた。
外から見れば三人に愛される素晴らしい男なのだ。
開場からは笑い声と共におめでとうと言う声さえ聞こえてくる。
「あらあら!皆選んでくれればそんな事にはなりませんから…ね?」
「う、あ、その…」
たじろいでそれでも何とか振り解こうとしても、
三人の女性達はしっかりと庄司を抑え込んで身動きを取らせてくれない。
逃げなくてはいけない。
一刻も早くこの場を離れなければ悲惨な事になる。
「その話はあとで、もう一度しよう!今する事じゃない」
「いいえ。今決めるべき事ですわ」
「そうよどれだけ待たされたと思っているんです?」
「もうこれ以上は私達だって耐えられませんから…」
踏みとどまるには何としてでもここで断らなくてはいけない。
けれどそれを狙ったかのようにイベントは起きてしまう。
「「「私達幸せになりまーす」」」
舞台の中心に押し上げられて拍手で迎えられる庄司達と女性三人。
それは言い訳を出来るタイムリミットも尽きたと言う事であった。
時間制で動き続けるそのイベントの壮大なライトアップ。
それに合わせて庄司が説明する暇もなく。
ただ光り輝き何もない場所を照らし出す照明。
そこに感動的なシーンこそありはしなかったが…
それでもグランフィナーレを彩る花火が打ち上げられ。
ドーンという音と共に庄司に繋がっていたマイクの音声。
息の合った女性達三人の掛け声が、マイクが音を拾えた最後だった。
そして花火の炸裂音を拾い反響しない様に自動的切られてしまったのだ。
3人に愛される素晴らしい伊集院庄司が会場のモニターに表示される。
その映像のアングルと3人の女性達は着ていたドレスの一部を脱いだ。
そこには庄司の燕尾服と合わせた刺繍が施された対となるドレス姿が映える。
カメラに向けて手を振るその姿はもはや何をしても誤魔化せない。
―庄司は綾小路家と手を切って三人の女性達と一緒になり幸せになりました―
祝福される瞬間となったのである。
その決定的な瞬間を見ていたのは勿論伊集院家ではない。
土壇場でのパートナー変更ですら庄司の考えとしか思えない。
丁寧に整えられた祥子との婚約発表の場は完全に無かった事になったのだ。