「終わっ……たぁぁぁあっ!!!」
ガタッ! つい数秒前まで完璧な静寂に包まれていた教室に、そんな。大きな叫び声と、急に立ち上がったのであろうことを示す大きな椅子の音が響く。
その二つの音の主はどちらも中山さん。しかし待っていましたと言わんばかりに、テスト監督の先生に止められながらもその喜びの波動は連鎖し、やがて教室内を包み込んでいった。
「ふぅ。ようやく、か」
「ん、お疲れ様彼氏さん。どうだった?」
「どうだろうな。感触は結構良かったけど、こればっかりは結果が出てみないことにはな」
と言いつつ。実はかなりの高得点が取れたのではないかと心の中で自負する結果となった社会のテストを終えて。
念願のーーーー全教科終了である。
「ちょっと桜木先生! あなたのクラスの生徒、テストが終わった途端狂喜乱舞なんですけど!? ちゃんと全員分のテスト用紙が確認し終わるまで静かに待ってなさいって言ってるのに、全く聞く耳持ってくれないんですけど!!?」
「ははは、すんません。コイツらちょっとバカなんすよ。一人しばいたら黙ると思うんでよければ力貸しましょうか?」
「しばっ!?」
「「「「うぬおおぉぉあああああああっっっ!!! 自由だァァァァァッッッッ!!!!」」」」
はは、凄い声。こりゃしばらくは落ち着かないだろうな。
なにせようやく悪しきテストが終焉を迎えたんだ。結果が良いにしろ悪いにしろ、俺たちはもうテスト勉強という呪縛から解き放たれたわけで。そりゃ叫びたくもなるってもんだな。
なんて。どこか俯瞰したような目線でクラスを眺め、思わず笑みが溢れるのを抑えきれないでいると。いつもはすました顔の彼女さんもまたこの熱に当てられているのか、すすすっ、と椅子を寄せてきたかと思うと、キラキラの抑えきれない光に満ちた目で、言う。
「しゅー君しゅー君。憎きテストが終わったわけだし、早速これから打ち上ーーーー」
「みんなお疲れぇーっ! 打ち上げ行こーっ!!」
「……」
いや、正確には言おうとして。その寸前で、後ろから飛びかかってきた中山さんに言葉の最後を奪われていた。
刹那。さっきまでの表情はどこへやら、邪魔された怒りでみるみるうちに殺意のオーラを振り撒き始めた三葉だったのだが。もはや怖いもの無しな中山さんにはそんなもの、通用するわけもなく。
「えへへえへへ。ほら、三葉ちゃんもぉ〜。行こ〜?」
「……離れて。さもなくば痛い目を見せる」
「もぉ、相変わらず冷たいなぁ〜。でもそんなところもしゅき!」
「ちょっ!?」
はは、あの三葉が圧倒されてほっぺたむにむにされてら。激レアだなこれは。
「じゅー君……写真なんて撮ってないで……たじゅけて……」
しかしなんだ。中山さんが三葉に対して特攻してくるのはいつものこととしても。今日は偉くテンションが高いな。
それだけ、テストから解放されたことが嬉しくてたまらないのだろうか。もうニッコニコで、まるでちょっとした酔っ払いみたいに……って。
「へへへへへへっ。よいではないかぁ。三葉ちゃ三葉ちゃ三葉ちゃ……うぇっへへ……♡」
あ、あれ? 中山さんの様子が……
いや、変なのはいつものことなんだけども。それを鑑みてもやはり、おかしい。
まるで酔っ払いのような言動をしながらも悪い顔色に、回っていない呂律。目元には大きなクマができていて、かっ開かれたかのような瞳はどこか″キマッて″いる。
「あの、中山さん? 大丈ーーーー」
「ありゃ駄目だな。いよいよ限界だ」
「え?」
そしてどうやら、その異変に気づいていたのは俺だけではないらしく。むしろそれどころか、よりはっきりと中山さんの状態を理解しているかのような言動を呟いた雨宮が、ゆっくりと立ち上がる。
「中山、打ち上げはまた今度にしろ。今からそんなん行ったらぶっ倒れるぞお前」
「ふえ? 雨宮ぁ、何言ってんのさぁ。せっかくのテスト終わりだよ? 今日は部活も無いも〜ん! みんなで打ち上げ行くの〜っ!!」
「はぁ……だからほどほどにしろって言ったんだ。馬鹿みたいに追い込みかけやがって」
「追い込んでなんてな〜い〜! まだエナドリのストックもあるし今日一日くらいは元気満タンでいられるってぇ! ほら、ここにリポ◯タにモ◯スター、レッド◯ルまで……へへへっ……」
薄々。そうなんじゃないかとは思っていた。
けど、今の雨宮の発言で確信した。いや、させられた。
思い返してみれば、テスト初日から症状は出ていたのだ。あまり周りに目を向ける余裕が無かったから今になるまで気づかなかったけれど、間違いない。
「なあ、雨宮」
「お察しの通りだよ。コイツ、ここ数日まともに寝てねえの。下手すりゃ三徹してる」
「三!?!?」
予想の遥か上を行く日数を聞かされて。思わず驚きが口から漏れ出す。
三徹。即ち三日間徹夜しているってことは……テストが始まってからずっと、か?
信じられない。そんなこと、人類に可能なのだろうか。俺なんて一日徹夜しただけで露骨に次の日体調を崩すってのに。それを三日って……
「えへへ、大袈裟だよぉ。流石に一睡もしないなんて無理だもん。たまに気づいたら数時間記憶が飛んでたから、多分その間は寝てたよぉ?」
「それは睡眠じゃなくて気絶な。ちゃんと何回もぶっ倒れてんじゃねえか」
どうやら、中山さんの身体は想像以上に限界を迎えていたらしい。
この異常なほどのハイテンションはまさしく″深夜テンション″というやつだったということだろう。まあ三徹目のいつ倒れてもおかしくない極限状態のそれをそう呼んでいいのかは、もはや疑わしいが。
とにかく、そんな身体で打ち上げなんて到底無理な話だ。早く帰って安静にしていた方がいい。
「中山さん、今日は流石にやめとこう? 別に打ち上げくらいいつでも付き合うからさ」
「うぅ。でもぉ……」
そしてそんなことは、本人が一番分かっているだろうに。それでも未だ諦めきれないといった表情を浮かべるのは、テスト終わりのそれをモチベーションに頑張っていたからか。
でも、やはり俺の意見は変わらない。仮に打ち上げに行ったとしても、こんな状態じゃ中山さんがすぐにリタイアしてしまうことは目に見えているからな。それどころか下手すれば倒れて大事に、なんてことにもなりかねない。
クラス全員で、みたいな大掛かりなイベントごとでもないのだ。参加人数は中山さんを入れてたったの四人。しかも俺たちは帰宅部なわけだし、どうとでと都合は合わせられるはずだ。
「ったく。心配しなくても、中山がいつも通りになったらちゃんと付き合ってやるっての。な? 佐渡さん?」
「……まあ、一日くらいなら」
「みんなぁ……っ!!」
どうやら、意見は完全に合致したらしいな。
俺たちの言葉に、中山さんの目元は潤んでいた。
相変わらずすぐ泣く人だ。でもその顔には同時にぱぁぁっ、と明るい笑顔も現れていて。涙の理由が嬉し泣きなことはすぐに分かった。
「ほれ、分かったならさっさと帰った帰った。いつも一緒に帰ってる奴らいるだろ」
「えへへ。はぁ〜いっ」
「おわっ!? ちょ、おま……足元ガクガクじゃねえか。子鹿みたいになってるけどこけんなよ?」
「えへへへへ〜♡」
「ほんとに大丈夫なのかアイツ……」
ふらぁ、ふらぁっ、とオノマトペのつきそうなほどに安定しない、のらりくらりとした歩き方で。中山さんはいつも一緒に帰っているらしいクラスメイトの元に、ゆっくりと消えていく。
全く。一時はどうなることかと思ったが。ちゃんと聞いてくれてよかった。あの調子を見ると未だ不安は残るけれど、まあ帰り道が一人でないなら大丈夫だろう。
「はぁ。んじゃ、俺も帰るわ。二人ともまた明日」
「おう」
「ん」
そうして。一難が去り、それと共に雨宮もそそくさと教室から出て行って、俺たちも帰り支度を始める。
と言ってもせいぜい、机の上に並べられたペンやら消しゴムやらをしまうだけなんだけどな。だからあっという間に支度は整って。俺たちもまた、席を立った。
「ねえ、しゅー君」
「分かってるよ。約束してたもんな」
「ん。分かってるなら、いい」
さて。さっきのは雨宮と中山さんと四人で行く打ち上げの話。
もちろんそれはそれでまた後日、日程を合わせて行かせてもらうが。それとは全く別で俺にはもう一件、先約がある。
「早く行こ、先生♡」
今日は一足先にーーーー生徒兼彼女さんとの、二人きりの打ち上げだ。