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第130話  犠牲者と謎①


「この辺なら誰もいませんね。生徒の方々は我々には興味がないようですし、あの様子では見た感じですとではない方も多数いらっしゃるようでしたから……どうですか護衛さん」


 しばらく歩いてから、エメリーの合図で護衛が周りをザッと見渡す。念の為にとセイレーンが上空からも見てくれたが辺りに人の気配は無いと確認してもらい、私は思わず体の力を抜いて息を吐いてしまった。途中でバレるんじゃないかとずっとハラハラしていたせいもあり、緊張で体の節々が痛くなりそうだったのだ。



「あ〜っ!?フィレンツェア様の体が……!」



 私を隠すように支えてくれていたルルの声に、みんなの視線が一斉に私に集中した。


 すると私の体がぐにゃりと大きく歪んだのを感じる。引っ張られたり縮められたり、それにまるで船酔いしたかのようにぐらぐらと揺れるのを感じて少しだけ気持ちが悪くなった。


 そしてその姿は、“新人侍女”から“フィレンツェア”へと変わっていったのである。元に戻ると気持ち悪さはピタリとおさまるから不思議である。


「……あ、姿が元に戻ってしまったわ。もうそんなに距離が離れたのかしら?」


「もしかしたら守護精霊が気絶したのかもしれませんね」


 エメリーの「それに旦那様の守護精霊はとても気が弱いので、時間的にもそろそろ限界かと思われます……。ですが、あの連中は同じ馬車には乗らずに別の馬車でどこかへ行ってしまったようなので、たぶんバレずになんとかなったのではないでしょうか?もしもバレたら……その時はクロ様が大暴れしてくださるでしょうからすぐにわかります」と言う言葉にみんなが頷いている。なぜ、そんなにもしっかりと頷くのか。



 まぁ、お父様とポンコはアルバートの正体を知った途端に気絶寸前で倒れそうになっていたものね。なんとかギリギリで正気を取り戻したからお父様や私にかけられた幻術は解けなかったけれど、私の様子がいつもと全然違うとツッコまれて結局アルバートには全部白状する羽目になってしまったのだ。


 ブリュード公爵家の当主である私のお父様の守護精霊……小さな可愛らしいたぬきの姿をしたその精霊が、気が弱いからこその特種な能力を持っていたことを。


 まさか、あのたぬきが幻術の魔法が使えるなんて思いもしなかった。小さなフィレンツェアもびっくりである。


 気が弱く臆病だからこそ危険な目にあった時にあらゆる擬態をして身を隠したり逃げるために出来るようになったのではないか……とお母様と長老は言っていたけれど、滅多に魔法を使わないからほとんど見たことが無かったそうだ。お母様が結婚当初に「見てみたい」とお願いした時は……お母様の期待の眼差しに緊張し過ぎてお父様とポンコが1日寝込んだらしく、それから無茶振りは厳禁となったこともあったそうだ。


 それが昨夜、突然こんな大胆な作戦を自ら提案してくるなんて……と、お母様も(もちろん後ろにはお父様もいた)驚いたのだとか。



 幻術の魔法は本当に珍しいと言われている。しかし万能でもないらしい。幻術をかけられる対象は人でも物でも最大2箇所だけ。その姿を望んだ姿へと変化させられるのだが色々と制限も多いそうだ。まず、精霊魔法を使うポンコ自身が一定の距離範囲内にいないといけない。しかしその範囲が小さく、あまり遠くに離れると魔法が解けてしまうしポンコ自身が気絶しても解けてしまうらしい。それだけ精神的に負担がかかる魔法なのだろう。集中力が凄まじいとも言える。しかし魔法の効果は完璧で気配すらも誤魔化すことが出来ると言っていた。まぁ、あまりに変な行動をするとこうやってバレてしまうのだけれどね。さすがに私は白眼になって泡を吹きながら気絶なんかしないもの。



「それにしても、お父様は大丈夫かしら……。クロが一緒だからもしもの事なんて無いとは思うけれど、お父様が私の姿で教会に潜入するなんてやっぱり無謀な気がしてきたわ」


 私の脳裏にはいつもプルプルと震えている小さなたぬきの姿が浮かんでいた。家族や公爵家の使用人たちと打ち解けてからも、私やアオの姿を見かける度に目を回していた本当に気が弱い精霊なのだ。昨夜、そんな精霊がお母様と一緒にやってきてこんな入れ替わり作戦を提案してきた時は私も本当に驚いたけれど。それに、協力してくれることになったからよかったものの、もしもアルバートやニョロが私を恨んでいたらどうなっていたかもわからなかったのに。でもアルバートのおかげでアオのことをにも確信が持てた。王族が後ろにいるとなれば教会の人間たちがあんなに偉そうにしている理由もわかる。たぶん彼らはクロが攫われようとしていた事も知っていた。そして、確認もせずにそれが成功したと思い込んでいたからクロが現れたのを見てあれほど狼狽えていたのだ。


「それだけ、旦那様と守護精霊のご意志が強かったという事です。

 それに教会の内部を調べるなら“加護無し”として連れて行かれるのが一番手っ取り早いとフィレンツェアお嬢様もご納得されていたではないですか。令嬢の姿ならば相手も油断するでしょうし、アオ様の居場所を探るためには多少の危険は仕方がないとも」


 それはその時に、それなら私自身がいけばいいんじゃないかと閃いたから……なんて、エメリーの顔を見たら言える雰囲気ではなかった。絶対に怒られる。それに、最初からお父様が入れ替わって潜入する作戦で話が進んでいたんだもの。お母様には私が何を言おうとしていたのかバレていたみたいでめちゃくちゃ笑顔で威圧されてしまったし……その恐ろしさはあまりの怖さについ目を逸らしてしまったほどだ。


 それに、お父様があんなにやる気を出した姿って初めて見たのよね。クロがお父様たちを守ってくれると約束してくれたから任せることにしたのだ。……やっぱり心配だけど。







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