そんなアルバートを見て、ルルがにんまりと頬を緩めた。
「アルバート様ってウブなんだぁ、意外だね!あ、そう言えばフィレンツェア様のことが好きみたいだけど……まさか初恋とか言っちゃう?そうなの?異母弟の婚約者を略奪しちゃいたい系のやつ?うわぁー、セイレーンの好きな物語みたぁーい♡」
『あらぁぁぁぁん♡やっぱり変に手練れな殿方よりも初心な殿方の方が可愛いわよねぇん!ド修羅場も好きだけどぉ、拗れた純愛もわたくしの大好物なんだわぁん!略奪だってぇ真実の愛があれば純愛なのよぉう!』
「なっ……ちがっ、いやっ」
『ちょっと、おやめになってくれませんこと?!あたくしの大事なアルバートをからかわないでくださいませ!アルバートはあなた方のようなふざけた方々とは違って心が綺麗で純粋なんでございますからね?!』
いつの間にかセイレーンが話に加わって未だに真っ赤なままのアルバートをからかっているし、それを守ろうとニョロまで参戦して……もはや大惨事だ。
「……ルルさん、アルバート様で遊ぶのはその辺で終わりにしてちょうだい。あまり時間がないからアルバート様が案内してくださるなら早く行きたいわ。ニョロとセイレーンもケンカしない!」
「てへっ☆ごめんなさーい」
『むぅぅ……怒られるのは嫌いなんだわぁん』
「……んん゙っ!申し訳ありませんでした」
『取り乱してしまいましたわ……』
肩を竦めるルルと咳払いをするアルバートに挟まれてニョロとセイレーンも押し黙ってしまった。なんとかその場はおさまったが、セイレーンは語り足りないのか不満気のようだ。そんなやりとりは後でやって欲しい。
「とりあえず、中に入りましょう」
そしてやっとその建物の中に侵入することになったのたが……。
「……鍵は、かかってないみたいね」
「普段の魔法の効果を考えれば鍵など不要でしょうね。どれ……ああ、やはりフィレンツェア嬢の予想通り例の魔法は解かれているようですよ。まぁ確かに、今はそれどころではないでしょう。あの部屋への道は覚えていますから、ふたりとも僕に付いてきてください」
そして、ひんやりと冷たい空気の流れる廊下を3人で進んだ。魔法が解かれているからかこの間とは雰囲気が違うように感じてしまう。
「なんか静かだね。このパターンも初めてかもぉ……」
「いつ教師が見回りにくるかわかりませんから急ぎましょう。……あった、この部屋ですね」
しばらく進んでから、アルバートがとある場所で足を止めた。確かに見覚えのあるその扉をそっと開くと、その中はあの時と同じくガランとしたままだ。あの転がった椅子もそのままで……それか妙に怖く感じてしまった。
……たぶんあれは、“目印”だ。
「アルバート様、この転がっている椅子の足元のところ……その部分の
私が指差した“場所”を見て、アルバートは少しだけ顔を横に逸らして下を俯いた。彼はその答えを知っているのだろう。だが、敢えて言わなかったのだ。たぶん、私のために。
「……私のことを気遣ってくれているのなら大丈夫です。きっと、アルバート様の心配してくれているような結果にはならないですから」
「……わかりました」
するとアルバートは下を俯いたまま頷くと、その床に向かってパチンと指を鳴らした。それは、いつかの密偵の報告と同じだった。
その瞬間、アルバートを包むようにして真っ赤な陽炎が現れたのだ。
燃え盛る陽炎はあの時受けた報告のように辺り一面を炎で覆い尽くす……ことはなく、アルバートの指先に合わせて動き、その一部分だけを集中的に燃やしているようだった。
そして────炎で柔らかくなった床がドロリと溶けると、その中心から底を押し上げるようにしてレフレクスィオーン先生らしき人物が床から顔を出したのである。
「「「…………っ!」」」
まるで泥から這い出てきた芋虫のように床から押し出されたその体は、足の先まで出てくるとゴロリと抵抗なくその場に転がった。だがその顔に生気は無い。首から下は強い力で握り潰されたかのようにひしゃげていて、見開かれた目は酷く濁っている。口は開きっぱなしで舌がだらしなく飛び出していて、フサフサだった白い髭には吐瀉物がまみれていた。
それを見て、私とルルも……そしてアルバートも息を呑み込んだ。吐きそうになったのをなんとか我慢出来たのは、きっとセイレーンとニョロが私たちを見ていたおかげかもしれない。そのふたつの視線はある意味で私たちを冷静にさせてくれたからだ。
ニョロが『ふーっ』と息を吹きかけると炎は簡単に鎮火する。私は消えていくその炎を見つめながら、レフレクスィオーン先生は“誰か”に殺されてしまったのだと確信していた。
そして私は、それが誰なのかを知っている。
その時。私たちの背後に突然、人の気配を感じた。
「────あなたたち、そこで何をしているの?」
カチャッ。と、静かに扉の閉まる音が部屋に響く。その扉を通せんぼするように背にして、淡い空色の髪をした人物が私たちを見ていた。以前見た時はその人物の瞳は儚げな印象を与える緑色の瞳だと思っていたが、今はギラリと怪しく光っていて真逆の印象を与えていた。
「……カンナシース先生。カンナシース先生は教会が送り込んだスパイですよね」
「………………」
私がそう言うと、カンナシース先生はにこりと笑ったのだった。