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第192話 犯人候補の選別

 アルが私とお父様に向かって声をかけてくれたあと、私達は一緒にウィリアムお兄さまのいるパーティー会場へと戻ることにした。


「父上、お戻りになられていたんですね。

 ……患者の様子はどうでしたか?」


「あぁ、問題ない。順調に回復に向かっている」


 会場では騎士達と一緒に捜査をしてくれていたであろうウィリアムお兄さまが、お父様の姿を見つけて、此方へと駆け寄ってきてくれて。


 お父様からあの貴族の人が無事だったことがお兄さまに伝わると……。


 お兄さまの口から『それなら良かったです』という安堵したような言葉が漏れたのが聞こえてきた。


「ウィリアム、お前の方は何か事件の解決へと進展があったのか?」


「はい。

 問題のグラスが置いてあった飲食スペースに立ち寄った人間は、貴族も含め、給仕をするために働いていた人間も大方候補を絞ることには成功しました。

 ずっとその場に置いておくと埃などが入ってしまって不衛生であるということも考慮して、定期的にワイングラスに関しては入れ換えを行っていたらしいので、時間帯でかなりの人数まで減らすことは出来たと思います」


 そうして、お兄さまの的確な説明で、貴族の人が口をつけたワイングラスが置かれたであろう時間帯から割り出して……。


 それ以前に、飲食スペースに立ち寄った人達は関係ない人として、帰って貰ったことが窺えた。


 逆に、今日パーティー会場で給仕をしていた皇宮で働いている使用人達に関しては、どのタイミングでも毒を入れられる可能性があるため、完全に疑いは晴れることはなく、そっちの犯人候補は多いとは思うのだけど。


「ふむ、話は分かった。ウィリアム、犯人候補で疑いがある者について誰が関わっている可能性があるのか今の段階で分かっている人間を教えてくれ」


「承知しました。

 ……ですが、父上、まだ誰が犯人か絞れていないこの状況で、一体何をされるおつもりですか?」


「あぁ、いや、お前にも話す訳にはいかぬことだ。

 これ以上のことは、お前の知る必要のないことだし、お前は私にそれらの人間を教えてくれるだけでいい」


「……? はい、承知しました」


 お父様の濁すような言葉に違和感を覚えたのか、お兄さまが首を傾げるのが見えたけれど。


 流石に普段からお父様が教えることが出来ないという、機密情報などの取り扱いには慣れてしまっているのか……。


 ウィリアムお兄さまはお父様の言葉を聞いても、深くそこに突っ込んで聞いたりするようなこともなく。


「では、父上。まずは関与した可能性のある貴族から案内します」


 と、声を出して私達をパーティー会場の休憩スペースに使われていた、今は貴族が待機してくれている部屋まで案内してくれた。


 お兄さまが扉を開ければ、これでもかなり絞ってくれたのだろうけど。


 如何せん、規模の多いパーティーだったせいかざっと辺りを見渡しても30人程度とかなりの人数がソファに座ったりしているのが確認出来た。


 一応、待って貰うのに何もしないのも配慮が足りないかもしれないということで。


 希望者には、此方で事前に確認して、問題ないと判断されたグラスで飲み物などを飲んで待って貰っているようにはしていたけれど。


【あんな事件があった後じゃ、みんな飲み物を飲むのも恐いよね……】


 今この場でグラスを手にしている人間は本当に少数で、その大半は、手持ち無沙汰で思い思いに時間を潰しているような様子だった。


 まだ、それぞれにグループを作って喋ったりしている人達は問題ないだろうけど。


 中には、本当に一人で椅子に座って過ごされているような人もいて……。


 仕方がないとはいえ、何となく自分のデビュタントで起きてしまった事件でこんな風に拘束してしまっている現状を申し訳なく思ってしまう。


 お父様の姿を確認すると、皇宮でも働いている何人かの官僚が……。


「帝国の太陽にご挨拶を。……陛下、犯人に目星はついたのでしょうか?」


 と、慌てた様子で駆け寄ってきた。


 そんな彼らを見て、この場にいた貴族も殆どの人が居住まいを正して、此方を不安そうにみてくるのが確認出来る。


「いや、すまないが、まだもう少し時間がかかりそうだ。

 関係のない人間が大半だろうに、長いこと拘束してすまないな」


 お父様が普段出している威厳ある声とはまたちょっと違い、労るように周囲の貴族へと声を出すと、それだけでほんの少し緊張感が漂っていてピリピリしていたこの場の雰囲気が和らぐのを感じた。


 何も言葉をかけられないのと、こうして少しでも皇帝陛下という立場のお父様から声がかかるのとでは、やっぱり心持ちも変わってくるのだろう。


「最大限、不便のないように配慮するつもりだが。何か困ったことなどは無いか?

 何かあれば、今から一人一人に確認するから、その際に私にこの部屋で過ごすにあたって窮屈なことなどないか、問題点があれば伝えて欲しい。

 皆も大変だと思うが、今暫く、早期に事件解決出来るよう力を貸してくれ」


 お父様が、そう声をかけると……。


 休憩スペースで待機していた貴族の方から、驚いたようなどよめきが湧き上がった。


 普通は、お父様みたいな立場のある人間が一人一人に、何か不便はないかと声をかけて回るということはまず起こらないことだから……。


 周りの人も、それでびっくりしてしまったのだろう。


 それだけ自分たちの事も考えてくれているのだと、彼らの瞳からは待たされていることの苛立ちから、お父様に向ける視線がそれだけで大分軟化したのを、私は今、肌で感じとっていた。


【皇族として“人の上に立つ”っていうことはこういう事をいうのかな……?】


 内心で、そう思いながらも……。


 お父様のこの、一人一人に声をかけるという一見すると彼らのことを考えているだけに思われる対応には、彼らの分からない所で、もう一つ重要な役割を担っていた。


 ――そのことを、私達だけが知っている。


【精霊王様、このあと私はウィリアムに、犯人候補について聞くことになるでしょう。

 恐らくそのあと、ウィリアムは私を貴族が待機している休憩スペースに案内する筈だ。

 そこで、長時間待たされたことにより、皆、私の手前、不満は言わないだろうが、拘束されて不自由なことに対しての苛立ちなどがあるだろう。

 その際、私は彼らに一人一人、何か不都合なことはないかと、聞いていくつもりです。

 精霊王様は私の横に立ち、その人間が白ならば指を一本、疑わしくて黒の可能性があるのなら、指を二本、後ろ手で合図を送って欲しい】


 さっき、ウィリアムお兄さまに状況を聞くためにパーティー会場に戻る道すがら。


 お父様がアルに向かって、重要な作戦を短く伝えてきたことを……。


 私とアルとセオドアだけが知っている。


 これなら、誰にもバレることなく、不自然に思われない方法で犯人候補を更に絞ることが出来るし。


 長時間待たされていた貴族は、お父様が一人一人、分け隔てなく全員のことを思いやってくれているという嬉しいような気持ちも抱いてしまうという遣り方で、誰に対しても嫌な気持ちにもさせない……。


 国のことを色々と考えて立ち回っているお父様だからこそ出来ること、というか……。


 皇帝陛下であるお父様はやっぱり視野も広くて色々なことが考えられていて凄いなと改めて思う。


【……私じゃ、絶対に思いつかない方法だった】


 お父様がさっきの言葉の通り、アルを横に引き連れて一人一人に対応してくれている間。


 ぱちり、と部屋の扉の前に立っていたお兄さまと視線が合って……。


「アリス。

 ……あまり顔色が良くないが大丈夫か?

 折角のお前のデビュタントなのに、大変なことになってしまったな?」


 と、私のことを労るように声をかけて貰えた。


「はい、気にかけて下さりありがとうございます。

 それに関しては仕方のないことですが、私のパーティーで起こったことの所為で……。

 関係のない人が巻き込まれて苦しい思いをしたり、長時間こうして拘束されてしまう人が出てしまったのが申し訳なくて」


 お兄さまからのその有り難い言葉に、お礼を伝えたあとで、私は少しだけ落ち込んでしまった自分の声色を隠すことも出来ずに声を出した。


 自分のことで何か問題が起きてしまうのは、ハッキリ言ってしまえば、慣れているというか。


 私自身を侮られてしまっていることに関して起きたことについては、巻き戻し前の軸のことも含めて“”なので、もうそれは仕方が無いと割り切ることも出来る。


 でも、それで何も関係の無い人達のことまで、巻き込んでしまうのはやっぱり精神的にくるものがあった……。


「……いや、お前の所為ではないだろう」


 私がお兄さまに向かって、沈んだ声を出してしまったからか……。


 お兄さまから直ぐに、私の言葉を否定するように、慰めてくれるような言葉が返ってきたけれど……。


「あの、でも。

 ……今回の件は、もしかしたら、私のパーティーを台無しにしたかったという理由からくる犯行なのかもしれないみたいなんです」


 さっきワインを飲んでしまって倒れてしまった貴族がいる治療室でお父様たちと話したことを思い出して続けて声を出す。


 犯人の動機が“私”にあるのだとしたら、今回の件に関しては私も完全に無関係な訳じゃない。


 自分を標的にされてしまう事に関しては仕方が無いと割り切ることも出来るけど、私を貶めたいという理由で、他の人を苦しめるような行為をされるのはやっぱり辛い。


「父上と、そんな話になったのか?」


 どうしても出してしまう声のトーンに力が無いことを気にかけてくれたのか、お兄さまから私に向けられる言葉は、いつもよりも更に優しさが感じられる声だった。


 ハッとして、お兄さまの方を見上げれば、いつもと変わらぬ無表情な瞳が心配そうなものへと少しだけ変化していることを感じ取ることが出来る……。


 そのあとで、少しだけ眉間に皺を寄せて、怒るような雰囲気を出してくれるお兄さまに。


 どう言ったらいいのか一瞬だけ悩んだあとで、私は正直にこくりと、頷き返した。


「はい。

 ……使われていた毒物が毒性は強いんですけど、大人が摂取しても死んでしまうことはないものだったみたいで。

 そのことから、多分、誰かを殺したいという明確な殺意までは無く、犯行の目的は私のパーティーを台無しにしたかったんじゃないかって……。

 そのっ、これはあくまでも今の段階で予測出来る動機でしかありませんが……」


『もしかしたら、他に理由があって、違うのかもしれないし……』


 と、続けて出した自分の言葉は、まるで説得力など無い程に弱々しいものだった。


 私も心のどこかで、犯人の動機は私のデビュタントを潰すことだったんじゃないかって思ってる部分が大きいのだと思う。


 お兄さまは私の言葉を聞いて更に眉間の皺を寄せて……。


「成る程な、話は分かった。

 ……だが、それでもお前は何一つ悪くない」


 と、はっきりと私に向かって声をかけてくれた。


 その言葉に思わず目を瞬かせれば……。


「あぁ、姫さんは何も悪くねぇよ。

 問題なのはワイングラスに毒を盛った犯人で、姫さんがそこに罪悪感なんざ感じる必要もねぇ。

 寧ろ、もしもその動機で犯人が動いて、パーティーを潰すことを狙っていたんだとしたら、姫さんだって今回の件の被害者なんだからな」


 と、横に立ってくれていたセオドアが私達の会話を聞いて私に向かって声をかけてくれる。


「……うん、ありがとう」


 二人がそう声をかけてくれたことで、いつまでも落ち込んでる訳にもいかないよね、と私は自分自身を奮い立たせる。

 アルだって、今私のために動いてくれてお父様と一緒に犯人候補を絞ってくれているし。


 【このあとも、私は私に出来ることを頑張ることくらいしか出来ないけど……】


 お兄さまとセオドアと短い会話の遣り取りを終えて、丁度、話に区切りがついた頃。


 お父様が一人一人に声をかけてくれている間、邪魔にならないようにと部屋の扉の前辺りにいた私達の元へ……。


 全員と一通り話を終えた様子のお父様が戻ってきてくれた。


「ふむ、皆の話を聞いていると特にこれといった不便は感じてはおらぬようだが。

 やはり一箇所の休憩スペースに全員がいると、どんなにこの部屋が広くても狭く感じてしまうものだからな。

 ……何部屋かに別れる方がいいだろう。

 今から名前を呼ぶ人間は別の休憩スペースを用意するので、此方に集まってくれ」


 そうして、待機していた貴族の人達全員にそう声をかけたあとで、お父様が一人一人、名前を呼んでいく。


 そのことで、お父様の立てた計画がアルに犯人候補を絞って貰うことから、スムーズに犯人候補をこの部屋に残し、関係のない人達を部屋から連れ出して帰って貰うという状態に移行したことが私には理解出来た。


 因みに彼らに直ぐに帰って貰うと……。


 “”と怪しむ人も出てくるだろうし、可笑しいと思われるだろうから、関係のない人達に関してもこれから本当に別の休憩スペースをあてがって……。


 彼らには10分ほどその場所で過ごしてもらった後、『あとの詳しい所までは皇宮内で解決できることまで進展したから帰って貰って構わない』と伝えることになっている。


 手際よく、本当の事は一切口に出さず、怪しまれることのないように犯人候補とそれ以外の人に分けてくれたお父様が、皇宮で働いている騎士の一人を捕まえて、更に何人かのグループに分けたあとで、それぞれ今日のパーティーで使われていた休憩スペースに案内するよう伝えてくれれば。


 この場所に残っている人間は、本当に5、6人くらいまでは絞ることが出来ていた。


【あ……っ】


 年齢も10代~50代くらいと幅広く、性別も男の人も女の人も混ざっているのが確認出来たけれど。


 その中に、さっきパーティーで私のことを“呪い”や不吉と言っていた貴族の人も残っていて、思わずびっくりしてしまう。


 想像で犯人を決めるようなことは出来ないけれど。


 “”私のデビュタントを台無しにしたいという意味では、もしかしたら、彼にも明確な動機らしい動機があるかもしれない……。


 さっきのことがあるから、余計にそう思ってしまうのだけど。


 それでも、犯人じゃ無い可能性もある以上は、あくまで全員フラットな目線で見なければいけないだろう。


「ふむ、ここに残って貰った人間は、変わらずこの場所で今暫く待機して貰うようになる。

 先ほども伝えたが何か不便なことや、して欲しいことがあるなら遠慮無く伝えてくれ」


 お父様がそう声をかけると、目の前の貴族達もお父様の言葉に大人しく従ってくれていた。


 そうして、私達はお父様の目配せで、一度、この場所からまたパーティー会場の方へと戻ってきていた。


 さっきはあまり思わなかったけど、殆どの人がこの広いパーティー会場からいなくなっていると、途端にがらんとした空間が広がって……。


 同じ場所でもパーティーが行われていたときとは違い、凄く広く感じてしまう


「父上、貴族を数カ所ある休憩スペースにばらけさせたのは何か意図があってのことですか?」


 さっきの休憩スペースから出たあとで、パーティー会場に戻ってきて数分も経たないうちに……。


 お兄さまから鋭い一言がお父様に向かって飛んで来て、私はウィリアムお兄さまのその洞察力に驚いてしまう。


 私だったら多分、事前にお父様から話を聞いていなかったら、お父様の対応は本当に貴族の人たちのことを考えてそうしているのだということしか考えつかないと思う。


【そこに何か意図があるだなんて事もきっと気付けなかったはず……っ】


「あぁ、事情は言えないが私の方でも犯人候補に関して絞ることが出来た。

 まだ給仕していた人間と、医療関係者を当たらねばならぬが、貴族に関しては既にあの部屋に残っている人間以外は全員白だということが判明している」


 お兄さまの問いかけにお父様が端的に言葉を返すのが聞こえてくる。


 その言葉を聞いて、お兄さまが納得したように頷いて……。


「成る程。……承知しました。

 どのような方法を使ったのか、俺には想像も出来ませんが……。

 それならば、大分候補を絞ることに成功したみたいですね」


 と、淡々と言葉を返してくるのが聞こえてきた。


 その遣り取りに無駄だと思われる部分は一切ないし、教えられないと言われたものに関しては必要以上にお父様に聞いたりすることもないお兄さまを見て……。


【やっぱり、ウィリアムお兄さまが私達兄妹の中で一番お父様に性格が似てるよね】


 と、改めて思う。


 お父様の跡を継ぐために、帝王学とかも学んできたお兄さまだから、こんな風にお父様と性格が似ている部分が沢山あるのかもしれない。


「次は、宮で働いていた人間を確認する。

 今、騎士達が医療関係者の方を当たってくれているからな。

 滞りがなければ、この件に関わった人間も大分絞ることが可能だろう」


 そうして、お父様がお兄さまにそう言ってくれている間に、私の隣に立ってくれていたアルにそっと……。


「アル、大丈夫? 疲れてない?」


 と、声をかければ。


「あぁ、大丈夫だ、問題ない。

 お前のデビュタントを潰そうとした人間だ。……到底許す訳にはいかぬ」


 と、アルが私の方を見て、私の代わりに憤ってくれていた。


 色々な人がいる中でその人の魔力を辿るというだけでも、かなり神経を使うだろう。


 それに、魔女である私達とは違い、普通の人間が持っているという魔力がかなり少量なのだとしたら、余計。


 何人も何十人も微量な魔力の違いを判別して、事前に調べておいた痕跡を追うというのは私が思っている以上に繊細な作業じゃないだろうか……。


 だからこそ、そう言ってくれることに有り難いなぁ、と思いながらも。


「うん、でもあまり無理はしないでね?」


 と、私はアルに向かって声を出す。


 あと、もうちょっと時間はかかると思うけど。


 アルのお蔭で犯人候補を大分絞ることが出来ただけでも本当に凄く助かっていることには変わりない。


【普通だったらここまで早く事件が解決に向かっているなんてことはあり得ないだろうし……】


 私の言葉に、アルが……。


「うむ、お前が必要以上に気に病むことは無い。

 こういった地道な作業自体、僕は嫌いじゃないしな」


 と、声をかけてくれたそのタイミングで……。


「陛下っ!

 今日のパーティーで問題の飲食スペースに立ち寄った医療関係者をお連れしました」


 と、さっき40代くらいの厳つい騎士に頼まれてバートンさん達の方へと事情を聞きに行ってくれていた若い騎士が、マルティスともう一人、医者を引き連れて戻ってきてくれるのが見えた。




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