――2089年7月某日
それはまだ、ソラとレインの二人が、夏休みに入る前。
二人が登下校の時に通り抜ける、林の中にあるちょっとした広場にて、放課後の時間、
「よっ、はっ」
「ふんっ」
二人は組み手を――寸止めになるように十分注意して――行っていた。ソラは元々フィジカルギフテッドであるが、レインとて、
学生服姿のまま、アクション映画さながらに、とんだりはねたりの模擬戦闘を行う、だが、
「ソラ、ここで仕舞いだ」
「えっ」
レインがそう言うものだから、I字バランス並みに振り上げていた足を、ゆっくりと下ろしていくソラ。
「あ、あの、もう少し動きの練習したくて」
「気持ちは解るが、少しがんばりすぎじゃないか?」
レインの心配は最もであった。
体力が人並み外れたソラとはいえ、最近のトレーニングはやりすぎな所がある。レインは可能な限り付き合っていたが、ソラと来たら、レインが休んでる間も体を動かし続けている。
それに対しソラは、視線を伏せて、
「がんばらないと、不安なんです」
正直に、心境を吐露した。
――怪盗スカイゴールドとしてデビューしてから、その人気は凄まじい
それは素直に嬉しくもあるが、同時に、重すぎるプレッシャーである。
かつて自分が憧れたような、魅せる怪盗になりたい。
現時点でのスカイゴールドとしての活躍は、ソラのこの思いからの、日々の鍛錬から生まれたものであった。
……その気持ちが十分に解った上で、レインは、
敷いておいた簡易レジャーシートの上の、ソフトクッションに、正座気味に座った。
いきなり座ったレインにきょとんとしたソラに、レインは言った。
「ソラ」
「はい」
「膝枕をしてやる」
「――へ?」
「早く来い」
「え、ええええ!?」
とんでもない申し出である。ソラは顔を赤くしたが、レインも同じ色を頬に浮かべる。
「は、早くしろ! 私が勇気を振り絞っている事、お前なら解るだろ!」
「は、はい!」
結局その剣幕と、何よりも、その誘惑に抗う術は無く、しずしずとした態度で彼女の膝へと、外側向きに頭を置いた。
スカート生地と生足のハーフアンドハーフが、頬に当たる。これだけでドキドキするのに、もしも仰向けになったら、ましてやお腹側に顔を向けたら、どうなってしまうのだろう――と、思春期回路をオーバーヒートしている時に、
さすりと、
「あっ」
頭を撫でられた。
それもまた、ときめくものではあったけど、
同時にどこか、心にやすらぎをもたらすものであった。
「今日くらいは、怠けろ」
レインは言った。
「ストレスや不安の解消に、確かに運動は効果的だが、やりすぎると逆に動いてないと不安になってしまう、……そうは言っても、お前はお前自身を適度に許す事が出来ないだろう」
そしてレインは、続けた。
「お前は、自分に自信をもてないから」
……そうだ、いくらがんばっても、怪盗スカイゴールドとして名を上げても、
白金ソラには価値が無いと思ってしまう、どこまでも自虐的な人間である。
だからこそ、彼にとって、レインとの出会いは、
「だけど、そんなお前を、私は愛しく思う、かわいくて、かっこいい」
自分の無価値に、価値を見いだしてくれるこの人と、
「――その事だけは、疑わないでくれ」
ずっと一緒に、
「私が、お前を信じていることを」
生きていきたい。
結局そのまま、本当に眠る事こそ無かったが、ゆったりとした時間を二人で過ごした。
そんな積み重ねがあったから、思い出の蓄積があったから、
今の二人は無敵である。
◇
――時は現在に戻り
「がぁっ!?」
仮想空間、十字架の丘で、繰り広げられる勝負は余りにも一方的だった。クロは度々、
痛いところを突かれ、精神的に不安定なまま、戦い続けなければならないクロに対して、無敵状態の二人は、一方的にダメージを与え続けている。
とはいえ、
「レイン、残り時間は!」
「あと10秒だ!」
――声を出してそれを告げた二人に、クロは思う
(ブラフか、それともブラフに見せかけた真実か!)
本当は20秒も余裕があるのか、5秒しかない所を誤魔化してるのか、あるいは迷う事を想定しての発言か、
それでも、どちらも確かめる術が無いクロは、
「
(つくづく、この技は!)
華麗な動きで翻弄する――怪盗スカイゴールドの
防戦一方のまま――10秒が経った時、
ソラの手が、胸元のブラックパールへと伸びた時、
彼の放っていた、
(あっ)
瞬間的にクロは――無防備になる事も承知で、刀を納めてみせる。
相打ち狙いの居合を狙おうとしたその時、
横から飛んできたレインが――ソラの唇にまたキスをした。
――ファントムラヴァーズ
再発動を恐れたクロは、咄嗟に、後ろへと下がる。だが、
(輝いて、ない?)
ブラフだ――キスをしなおしても、すぐにファントムラヴァーズが使えない。
それに気付いた時にはもう遅く、
「【スティール】!」
まるで心臓そのものに突き刺さるようにソラの手が、
確かに、クロの胸元に癒着するように装備されたブラックパールへと届いた。
それを奪い取る事さえ出来れば、そしてその間に説得が出来れば、
全ては丸くおさまる、
はずだった。
――ブラックパールが肥大化した
「えっ!?」
「なっ!?」
膨張したブラックパールは、ソラとレインを弾き飛ばす。
黒い球体に飲み込まれたクロであったが、その円形は人の形に就職し、そして、
――目だけが赤く光り、そこから赤い血の涙を流す
ただの影一色となって、そして、
刀を構えて、抜き放つ。
「
ただの一度の剣戟が、
二人の体を、傷つける。
「きゃあ!?」
「うあっ!?」
――体がバグり損傷する事はないものの
それでも、痛みが起こり、データーとしてもダメージを受ける。だが、
それよりも深刻な事に、二人は気付いた。
「――淡い光が見えない!」
「まさか、私達のグリッチを封じたのか!?」
ソラは地面に、ファントムステップが出来そうな所が淡く光り、レインは、無限増殖が出来そうなアイテムが淡く光る。
――クロが破壊したのは、リアルのセンスのVRへの反映
「コレデ、オ前達ハ!」
黒一色になったクロが、言葉の抑揚もままならないままに、
「タダノ力無キプレイヤーダ!」
再びクロスロストを二人へと放った。
だけど、
「――
そう言って、ソラが繰り出したのは、
グリッチ無しの移動、普通よりも明らかに距離が落ちた、
それでも、子供の頃に、琵琶湖の砂浜で見たのと同じ、
――かっこいい技で、そして
「ソラ!」
しゃがみ込んでいたレインへと飛び、彼女をジャンプ台のように使って、
「
「ガァッ!?」
脳天に受けた衝撃で、前のめりに倒れる。そして立ち上がっている間に、二人は急いで背後に回った。
クロは慌てて刀を振るが――ブラックパールに飲み込まれた彼の刀は、より精度に欠けた。
だがそれにしたって、それを躱し、攻撃を加えてくる二人の連携が凄まじい。
「馬鹿ナ! 馬鹿ナ!」
ただの基本技の繰り返し、グリッチ無しでも、
「何故ダァッ!?」
二人が無敵であるという事実――それがどうしても解らなくて、クロは癇癪を起こしたように、闇雲に刀を振った。その剣閃の嵐の中で、レインは、
「いい加減にしろ!」
怒った。
「アイさんは、アイズフォーアイズを始める者に、必ずこの言葉を贈る!」
それは、理不尽かもしれなくても、
「
どうしても言わずにはいられない感情だった。
「お前の今の姿はなんだ、その姿を、アイさんに誇れるのか! そんなものにアイさんがなってほしいと思うのか!」
「アア、アアアアァァァッ!」
「そんなものを捨てて、昔みたいに我と――僕と遊ぼう」
あれからどれだけ時が過ぎても、結局は、
「僕のあこがれた、かっこいい君」
二人はあの頃からずっと、友達のままだった。