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7-12 恋する二人は無敵だから

 ――2089年7月某日

 それはまだ、ソラとレインの二人が、夏休みに入る前。

 二人が登下校の時に通り抜ける、林の中にあるちょっとした広場にて、放課後の時間、


「よっ、はっ」

「ふんっ」


 二人は組み手を――寸止めになるように十分注意して――行っていた。ソラは元々フィジカルギフテッドであるが、レインとて、忍者に憧れた父親今じゃ特殊な警察さんの元、武道を叩き込まれた者である。

 学生服姿のまま、アクション映画さながらに、とんだりはねたりの模擬戦闘を行う、だが、


「ソラ、ここで仕舞いだ」

「えっ」


 レインがそう言うものだから、I字バランス並みに振り上げていた足を、ゆっくりと下ろしていくソラ。


「あ、あの、もう少し動きの練習したくて」

「気持ちは解るが、少しがんばりすぎじゃないか?」


 レインの心配は最もであった。

 体力が人並み外れたソラとはいえ、最近のトレーニングはやりすぎな所がある。レインは可能な限り付き合っていたが、ソラと来たら、レインが休んでる間も体を動かし続けている。

 それに対しソラは、視線を伏せて、


「がんばらないと、不安なんです」


 正直に、心境を吐露した。

 ――怪盗スカイゴールドとしてデビューしてから、その人気は凄まじい

 それは素直に嬉しくもあるが、同時に、重すぎるプレッシャーである。

 かつて自分が憧れたような、魅せる怪盗になりたい。

 現時点でのスカイゴールドとしての活躍は、ソラのこの思いからの、日々の鍛錬から生まれたものであった。

 ……その気持ちが十分に解った上で、レインは、

 敷いておいた簡易レジャーシートの上の、ソフトクッションに、正座気味に座った。

 いきなり座ったレインにきょとんとしたソラに、レインは言った。


「ソラ」

「はい」

「膝枕をしてやる」

「――へ?」

「早く来い」

「え、ええええ!?」


 とんでもない申し出である。ソラは顔を赤くしたが、レインも同じ色を頬に浮かべる。


「は、早くしろ! 私が勇気を振り絞っている事、お前なら解るだろ!」

「は、はい!」


 結局その剣幕と、何よりも、その誘惑に抗う術は無く、しずしずとした態度で彼女の膝へと、外側向きに頭を置いた。

 スカート生地と生足のハーフアンドハーフが、頬に当たる。これだけでドキドキするのに、もしも仰向けになったら、ましてやお腹側に顔を向けたら、どうなってしまうのだろう――と、思春期回路をオーバーヒートしている時に、

 さすりと、


「あっ」


 頭を撫でられた。

 それもまた、ときめくものではあったけど、

 同時にどこか、心にやすらぎをもたらすものであった。


「今日くらいは、怠けろ」


 レインは言った。


「ストレスや不安の解消に、確かに運動は効果的だが、やりすぎると逆に動いてないと不安になってしまう、……そうは言っても、お前はお前自身を適度に許す事が出来ないだろう」


 そしてレインは、続けた。


「お前は、自分に自信をもてないから」


 ……そうだ、いくらがんばっても、怪盗スカイゴールドとして名を上げても、

 白金ソラには価値が無いと思ってしまう、どこまでも自虐的な人間である。

 だからこそ、彼にとって、レインとの出会いは、


「だけど、そんなお前を、私は愛しく思う、かわいくて、かっこいい」


 自分の無価値に、価値を見いだしてくれるこの人と、


「――その事だけは、疑わないでくれ」


 ずっと一緒に、


「私が、お前を信じていることを」


 生きていきたい。

 結局そのまま、本当に眠る事こそ無かったが、ゆったりとした時間を二人で過ごした。

 そんな積み重ねがあったから、思い出の蓄積があったから、

 今の二人は無敵である。







 ――時は現在に戻り


「がぁっ!?」


 仮想空間、十字架の丘で、繰り広げられる勝負は余りにも一方的だった。クロは度々、ダメージ衝撃を受けての声を漏らす。

 痛いところを突かれ、精神的に不安定なまま、戦い続けなければならないクロに対して、無敵状態の二人は、一方的にダメージを与え続けている。

 とはいえ、ファントムラヴァーズ怪盗相愛にはリミットがある。


「レイン、残り時間は!」

「あと10秒だ!」


 ――声を出してそれを告げた二人に、クロは思う


(ブラフか、それともブラフに見せかけた真実か!)


 本当は20秒も余裕があるのか、5秒しかない所を誤魔化してるのか、あるいは迷う事を想定しての発言か、

 それでも、どちらも確かめる術が無いクロは、


一閃こちらも時間稼ぎだ!」


本来破壊不能ただの飾りの巨大十字架を斬って、それを相手へと倒すくらいしか出来なかった。しかしそんな時間稼ぎも、ファントムステップで楽々に乗り越えて距離を詰めてくる。


(つくづく、この技は!)


 華麗な動きで翻弄する――怪盗スカイゴールドの必殺技代名詞が、攻撃ではなく移動技という事の恐ろしさを、身を以てクロは知る。

 大がかりな技名前有りの必殺技も無い、ただただ手や足を出してくる、しかしあらゆる死角からやってくる攻撃は、居合抜きの為の、刀を納める暇も与えなかった。

 防戦一方のまま――10秒が経った時、

 ソラの手が、胸元のブラックパールへと伸びた時、

 彼の放っていた、淡い光が弱まった通常状態


(あっ)


 瞬間的にクロは――無防備になる事も承知で、刀を納めてみせる。

 相打ち狙いの居合を狙おうとしたその時、

 横から飛んできたレインが――ソラの唇にまたキスをした。

 ――ファントムラヴァーズ

 再発動を恐れたクロは、咄嗟に、後ろへと下がる。だが、


(輝いて、ない?)


 ブラフだ――キスをしなおしても、すぐにファントムラヴァーズが使えない。

それに気付いた時にはもう遅く、


「【スティール】!」


 まるで心臓そのものに突き刺さるようにソラの手が、

 確かに、クロの胸元に癒着するように装備されたブラックパールへと届いた。

 それを奪い取る事さえ出来れば、そしてその間に説得が出来れば、

 全ては丸くおさまる、

 はずだった。




 ――ブラックパールが肥大化した


「えっ!?」

「なっ!?」


 膨張したブラックパールは、ソラとレインを弾き飛ばす。

 黒い球体に飲み込まれたクロであったが、その円形は人の形に就職し、そして、

 ――目だけが赤く光り、そこから赤い血の涙を流す

 ただの影一色となって、そして、

 刀を構えて、抜き放つ。


二重ノ一閃クロスロスト


 ただの一度の剣戟が、何故か十字状チート越えになって襲いかかり、

 二人の体を、傷つける。




「きゃあ!?」

「うあっ!?」


 ――体がバグり損傷する事はないものの

 それでも、痛みが起こり、データーとしてもダメージを受ける。だが、

 それよりも深刻な事に、二人は気付いた。


「――淡い光が見えない!」

「まさか、私達のグリッチを封じたのか!?」


 ソラは地面に、ファントムステップが出来そうな所が淡く光り、レインは、無限増殖が出来そうなアイテムが淡く光る。

 ――クロが破壊したのは、リアルのセンスのVRへの反映


「コレデ、オ前達ハ!」


 黒一色になったクロが、言葉の抑揚もままならないままに、


「タダノ力無キプレイヤーダ!」


 再びクロスロストを二人へと放った。

 だけど、




「――ファントムステップ怪盗舞踏


 そう言って、ソラが繰り出したのは、

 グリッチ無しの移動、普通よりも明らかに距離が落ちた、

 それでも、子供の頃に、琵琶湖の砂浜で見たのと同じ、

 ――かっこいい技で、そして


「ソラ!」


 しゃがみ込んでいたレインへと飛び、彼女をジャンプ台のように使って、


ファントムフォール怪盗重撃!」


 いつものグリッチ有りのファントムステップの高さから、踵落としを決めた。




「ガァッ!?」


 脳天に受けた衝撃で、前のめりに倒れる。そして立ち上がっている間に、二人は急いで背後に回った。

 クロは慌てて刀を振るが――ブラックパールに飲み込まれた彼の刀は、より精度に欠けた。

 だがそれにしたって、それを躱し、攻撃を加えてくる二人の連携が凄まじい。


「馬鹿ナ! 馬鹿ナ!」


 ただの基本技の繰り返し、グリッチ無しでも、


「何故ダァッ!?」


 二人が無敵であるという事実――それがどうしても解らなくて、クロは癇癪を起こしたように、闇雲に刀を振った。その剣閃の嵐の中で、レインは、


「いい加減にしろ!」


 怒った。


「アイさんは、アイズフォーアイズを始める者に、必ずこの言葉を贈る!」


 それは、理不尽かもしれなくても、


なりたい自分を、見つけられる場所!Eyes for I’s


 どうしても言わずにはいられない感情だった。


「お前の今の姿はなんだ、その姿を、アイさんに誇れるのか! そんなものにアイさんがなってほしいと思うのか!」

「アア、アアアアァァァッ!」


 容赦の無い言葉正論に、ただ叫ぶばかりのクロに、

 白金ソラ幼馴染みは、優しく告げた。


「そんなものを捨てて、昔みたいに我と――僕と遊ぼう」


 あれからどれだけ時が過ぎても、結局は、


「僕のあこがれた、かっこいい君」


 二人はあの頃からずっと、友達のままだった。

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