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―第七十三章 結晶剣人―

 どこかおかしいと、拓真は感じ始めていた。

 幾度となく技を放ち、魔法を断ち切ってまで距離を詰めたとしても、刃がアキヒトに届かないのだ。その違和感はごく小さなものだったが、だんだんと大きくなり、ついには拓真の攻撃は許されないものとなった。


「あれ? 調子悪くなってきちゃった?」


 首を傾げ、子どもをあやすように訊ねるアキヒトは、すぐ目の前にいる。顎から真っ二つにしてやろうと刃を振り上げるも、すでにそこにアキヒトはいない。


「どうして僕に攻撃が当たらなくなってきたか、教えてあげようか?」


 背後から聞こえた声に振り向くこともできず、拓真は背中を圧縮した土壁に殴り飛ばされる。

 壁際に肩からぶつかり、ずるりと地面に落ちた拓真は、身体に蓄積されたダメージを無視できなくなっていた。声を押し殺しつつ打撲の痛みに悶えている拓真に、アキヒトは指先を向けた。


「単調なんだよね。僕を殺そうと躍起になって、まーっすぐにこちらへ突っ込んでくるんだもん。悪くないよ? 悪くないんだけど、君はただ力とスピードが上がっただけだから、見切ってしまえば簡単に防げるってワケ」

「……」


 それは、拓真自身も理解していることだった。このままでは勝てない。どこかでわかっていたのに、それでも押し切れると信じていた。自分の力は、こんなものではないと。

 立ち上がる拓真は、刀に手を当てて鞘から抜くような仕草を見せた。すると、刃に炎が纏い出す。


「あー、それはいいかも。ちょっとだけびっくりしたよ」


 あまり抑揚をつけず、アキヒトは褒める。そんな言葉は気にも留めず、拓真は頭上まで腕を上げ、刀を構えた。刃の先を改めてアキヒトに向けると、腰を低くして駆け出した。


「だからさあ、単調なんだって……」


 魔法で集めた水を指先に溜めたアキヒトは、呆れたように言う。一直線に向かってくる拓真に向けて指先を向け、魔法を唱えようとしたその時だった。


「私のことは、もう忘れたのか?」


 耳元で聞こえた声に、アキヒトはすぐに対応した。風の魔法で身を包み、魔法で作られた結晶体の大剣による横薙ぎを防いだのだ。


「ちっ……女王様もしぶといね」


 この攻撃がミルフェムトのものだと気づいたアキヒトは、自分の周りに暴風を巻き起こし、拓真さえも近づけないようにした。拓真は何が起きているかわからなかったが、自分の足元に結晶体の大剣が滑り込んできたことで、事態を把握した。


「ミルフェムト!」


 ようやく目の光を取り戻した拓真は、喜びに溢れる声でその名を呼ぶ。すると、暴風の向こう側から軽やかに降りてくる女王の姿があった。


「よかった! 無事だったんだ……な……」


 隣へ来たミルフェムトへ目を向けた拓真から、再び光が失われた。全身が結晶体となり、腹部には大きな穴が空いたその姿。結晶化しているせいで表情は読みづらいが、ミルフェムトは眉尻を下げて微笑んでいるようだった。


「ミルフェムト……それ、は……」

「私のスペシャルスキル“結晶剣人けっしょうけんじん”だ。私の魔力がある限り、この姿で戦うことができる。全てのステータスが上がり、一度だけ死ぬような攻撃を無効化することができる……が、ご覧の通りすでに満身創痍だ」


 向こう側が見える腹を撫でるミルフェムトに、拓真は誰から見てもわかる通り、狼狽えていた。


「本当は隙を見て発動し、一気に片を付けようとしたのだが……そうする間も無く、命を引き延ばすために使うこととなってしまった。この姿を保っていられる時間も、そんなに長くはない」

「……その時間が終わったら、あんたは……」


 拓真の問いに、ミルフェムトは応えない。静かに見つめた後、ミルフェムトは暴風の壁を裂いて姿を現したアキヒトを見据える。


「お前と私で、エルヴァントの支配者をここで撃つ。あいつを、王都から出すわけにはいかない!」


 自身の大剣を呼び出し、ミルフェムトは構えた。その横にはオークスがついて、盾を構えている。

 拓真はいまだに狼狽えている。先ほどまで散々殺意を振るっていたのに、どうすればいいのか、わからなくなってしまった。混乱したまま震える手で、ミルフェムトの肩を掴む。


「だめ、だ……あんたはここにいるのに……そ、そうだ、一回退避しよう! あんたの怪我を治すのが優先だ! あんたは女王だ、この王都にいなくちゃいけな……」

「タクマ・イトー」


 鋭い声と視線が、拓真を貫く。ミルフェムトの声は、いつもよりずっと低い。


「私の命は、とっくに尽きている。この時間を無駄にさせるな」


 肩に置かれた拓真の手を振り払い、ミルフェムトはアキヒトへと視線を移す。


「先に私とオークスが前に出る。隙を作るのは、おそらく無理だ。お前が隙を見つけて、奴を倒せ」

「ミルフェムト……俺は……」

「頼むぞ、道端の英雄殿」


 そして制止を聞くことなく、ミルフェムトは駆け出した。オークスは一度拓真と視線を合わせ、目を伏せて首を横に振った。それは、ミルフェムトの命を救う方法はないことを意味する。

 オークスもミルフェムトの後を追い、傷ついた身体でアキヒトとの戦いに臨んだ。それを後ろから呆然と立ち尽くし、拓真は見ている。


「……なんで、だよ」


 ミルフェムトは、言ってしまえば関係のない人だ。この世界の住人で、女王ともあれば、関係はあるかもしれないが、拓真から見てそんなことはどうでもいいことだった。

 自分がこの世界に転生した意味。それを知った今では、ミルフェムトは部外者であり、ただただ被害者の一人でしかない。拓真の父と母と、同じように。


「なんで……いつも俺は……」


 ビッ、と何かが勢いよく飛び、拓真の頬に一筋の傷を作った。飛んできた方を見てみれば、ミルフェムトがいくつもの結晶体の剣を操り、オークスは防御魔法を発動して必死にミルフェムトを守っている。


「……くそ」


 どうして、彼女が戦わなければならないのか。なぜ、彼が傷つかなければいけないのか。

 役目を与えられたのは自分だ。だが、自分だけでは、膝をつかせることすらできていない。

 それでも、彼女たちは立ち向かっている。死を覚悟して、戦っている。


「くそおおおおおおおっ!」


 一度消えた刃の炎を再び燃え上がらせ、拓真も戦いへと身を投じた。

 炎の揺らめきは、大きくなったり小さくなったりと激しく変わっていく。それは拓真の心中を反映させていたが、当の本人がそのことに気付くことはなかった。

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