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第61話 彼には気がつかない

「そんな格好をしているのに?」

「そうやなくて、お前の場合はその人並外れた容姿があるやろ。その良さを引きだせるためには、そこまでゴテゴテしたものを付けたら、それが死んでまう」

「ふふ、それは良かったです」


 それがどこまで真実で、そしてどこまでが嘘だったのか。

 果たしてアルにわかったのかどうかは定かではない。ただ、本当にそれがただの褒め言葉であるかのようにアルは軽く笑っただけだった。

 京志郎もそれ以上は何かを言い返す事も無かった。


「それで、僕を化粧してだいたいの感じは掴めましたか?」

「あほか。もうちょい修行せんとどないにもならんわ。特にその顔は、整いすぎてるからこそバランス難しいねん」


 そういいながら、京志郎はため息をつきつつ、何かをカバンから取り出した。A4サイズほどの紙で、そこには何か人の顔らしきものが描かれている。


「それって……アルの……?」

「櫻木昴の顔や。それを今のこいつになるようにソフトで加工して、それからどういう風にメイクをするかメモしとったんや。それで、今のこいつの顔立ちをメイクしたときのことも記録したかんと、わけわからなくなるからな」


 そういって京志郎が見せてくれた櫻木昴を加工したアルの顔は、やはり櫻木昴とは少しだけ違っている。

  やはり人格が違っていることが大きいのだろうか。それに櫻木昴の時はどこかを大人びていたというのに逆にアルの場合は若返っているようにさえ思えてしまうのだから、そういうところもあるのかもしれない。


「研究熱心なんですね」

「もともと中百舌鳥さんはこういう勉強熱心なところを買われて、メークアップアーティストになった所がありますからね。そういうところは変わっていないんでしょう」


 思わずそういうと言われてもいないのに、反対側からいつのまにか覗き込んでいたアルがにこやかにそう表現してきた。


「うるさいねん!! ほんまに、もっとごてごてのゾンビにしたろか!!!」


 さらっとアルが褒められたことに、どんな感情を抱いたのだろうか。

 照れ隠しか怒ったのかわからない京志郎が、そういいながら手に持っていた写真を机に叩きつけて、そのままアルに掴みかかろうとした時だった。


「お待たせしました……って、な、なに、この綺麗な人たち?!」

「あ、綾乃!!」


 桃花の友人である須田綾乃がようやく登場してくれた。




「ってことで、今回のモデルを勤めてくれるえっと、アルフレッドさんと、あとはメイクアップアーティストを担当してくれる中百舌鳥京志郎さん」


 桃花はドキドキしながら綾乃に二人を紹介してみた。

 アルの方は、櫻木昴名義ではなく、アルフレッドで、しかも姓も明かさない。

 桃花自身も、どこまでの情報を人に開示していいのかがよく分からなかったからである。


「そうなんだ……中百舌鳥さんってメイクアップアーティストだったんだ……それにアルフレッドさん……」


 遅れて到着した綾乃は、二人の顔を交互に見比べながら、そう呆然と言っていた。

 あまりに二人とも顔が整い過ぎているせいで、見惚れているのに必死でそんなことには全く気がついていないようである。


「はい、よろしくお願いします。須田綾乃さん」

「お姉さん、桃花お姉さんのお友達なんやろ? 衣装を作ってくれるってことで、今回は頼みます」


 にこにことアルフレッドは京志郎にメイクをしたままの顔で、かつて櫻木昴の大ファンであったはずの須田綾乃の前に座っている。しかし、綾乃がそれに動揺したような様子はない。というか、見惚れているのだが、綾乃がもしも行方不明で生死さえも明らかになっていないような櫻木昴を見つけたのだとしたら、もっと違う反応になると思うのだ。


「ちょっと……本当にかっこいい人連れてきてるじゃん! しかもあの人とでかけたんでしょう?」


 桃花に綾乃が興奮したように耳打ちをする。


「う、うん……一応、あの人と遊園地とか行ったかな? あ、もちろん撮影の為だけど」


 綾乃の言葉に桃花もうなずく。

 桃花も口を滑らせないように必死である。もちろん綾乃のことは信じているならば、ここで本当のことを話していいのかと言われたら、それに関しては微妙な気がした。アルからは話してもいい、と言われるかもしれないだろうが、そうしたくはなかったのだ。


(何か、綾乃が知っていたら、もしかしたらショックを受けるかもしれないし)


 今こうして目の前に居るだけでも気がつかない。

 ということは、少なくともそれくらい「櫻木昴」の顔は変わってしまっているのである。もちろん公式に出ていない年月もあるからそれなりに顔は変わるだろうが、それにしたってパッと見ではわからないくらい輪郭も変わっているし、目の色だって誤魔化している。

 それに、実を言えばそんなアルを綾乃がわからない、ということに少しだけ安堵している自分がいることに、桃花も気がついていた。


「うわあ、いいなあ。ねえ、しかもあっちの中百舌鳥さんって人もイケメンだよね!! すごい人ばっかり繋がりあるじゃん!!」


 綾乃はキラキラとした表情で、二人を見比べた。


「あ、でもちゃんとお仕事はするから! えっと、その、アルフレッドさん、ですよね。今回の条件では、あなたには服に関する仔細についてお伝えしないことになってます。それは承知してますよね?」

「はい。それはわかっています」


 アルもそこで透けるように美しい顔に浮かべていた笑顔を決して真顔でうなずいた。ここに関しては三つ目の条件として後から付け加えた、というか、勝手にこちらから話をした。


「桃花からは条件は二つだけと聞いていましたが、ですが、あとから撮影コンセプトが当日まで秘密、ということに関して何も言わなくても文句を言わないということも言われまして。仕方ないですよね?」

「……も、桃花……あの……」


 そういわれた瞬間、綾乃は胸を抑えて苦しそうに視線を逸らした。

 そういう反応をするのも仕方ないと思う。何しろ、ここまでの絶世の男性に、少しだけさみしそうな、愁いを含んだような顔をして笑ってもらったのだから。

 そんなことをされては、桃花であっても多分、罪悪感を抱くことだろう。綾乃のようになっていないのは、ひとえになんだかんだといいながら、アルとこうして一緒に居ることが増えているからこそ多少は慣れがあるというだけの話だった。


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