「あかんで、お姉さん! こいつほんまにそういうタチ悪いことしてくんねん! やから、そんな寂しそうな顔に騙されたらあかんのや!!」
京志郎もアルのやり口が分かっているのか、綾乃に励ますように声をかけた。
自分の席を乗り越えて、それがあまりに必死なことがわかる。
「は、はい。それはもう……なんというか、わかります……!」
「綾乃、本当に、大丈夫?!」
さらに桃花も綾乃のことを助けるために、背中を擦るほどだった。
そこまでしなくてはいけないほど、アルの表情は京志郎のメイクもあって、完璧だったのである。
「ちょっと本気を出しすぎじゃないですか、中百舌鳥さん?」
「どっちかっていうと、お前が本気出したんやろ!」
「本気という程でもないんですけどね。あなただって、たった十五分、メイクをしただけじゃないですか?」
京志郎に言われて、そんな風に軽く返してのけるアルは、そういう反応をされるのは慣れているようだった。
むしろ、そういう反応をされることもよくあることだな、というくらいのそんな感じがありありと示されていた。
「えっと、この人って無名の人ってわけでもないんだよね? どっかでモデルをやってたとか? すごい、顔が綺麗すぎるし」
「え、えっと、一応アメリカで……ちょっとだけ、ね?」
明らかに嘘だった。なんならこんな嘘をつくと言うことを事前に確認した覚えすら無いのである。
しかし、そういうしかなかった。いくら友達と信頼しているとしても、今はこの櫻木昴こと、アルフレッドを助けることを優先しなくてはならない。
だから、彼の正体が誰であるかということについて話すことができなかった。
「そうなんです。アメリカの片田舎で、でも親は日本人なので、その結果、日本に憧れてこちらに来たんですよ」
アルは空気を読んだのか、そんな見え透いた嘘にも付き合ってくれた。
別に隠さなくてもいいのにという雰囲気は多少伝わってくるものの、しかし、桃花にとっては今は隠しておきたい事だったのである。
「そうだったんですね……いえ、すみません。なんか、ちょっと嬉しくって」
「嬉しい?」
綾乃の言葉にアルは首をかしげる。なぜそんなことを言われるのか分からないというように少し目をまるくして不思議そうな顔をしているどこまで本気で不思議がっているのかわからないが、それでも綾乃が次に何を話すのか、面白がっているような雰囲気はあった。
「私、実は大好きなアイドルがいたんです。そのアイドルの人は数年前にいなくなっちゃって。でもその人に雰囲気がちょっとだけ似てるからなんだか……昔にライブで握手会をしてくれた時の、そういう時のことをちょっとだけ思い出しちゃって……って、すいません! 何言ってるんでしょうね? ね、桃花!」
「う、うん……」
桃花に同意を求めるように笑いかけてくる綾乃の顔に、桃花は何と返事をしていいのかわからなくなってしまいそうだ。
(ごめん、実はそのアイドルっていうのは、多分目の前の人だと思うよ)
そんなこと言えるわけないとわかっていても、思わず口を滑らしそうになった。
それくらいには、罪悪感を抱いてしまう。
綾乃が「櫻木昴」を応援していたことは、桃花もよく知っていたからだ。
「でも、そんな人の服を作るなんて私とても光栄です」
「はい。ふふ、すいません、少し仲間はずれにされてるような気がして、からかってしまいましたが、でも、桃花のお友達に会えてうれしいです」
アルは軽くうなずいた。
それ以上無駄な事は行ったりしない。そんなことをしたところで、桃花と綾乃をいたずらに動揺させてしまうことがよく分かっているらしい。
「そのアイドルにも負けないくらい素敵な服を作ってみせますね! よかったら、さっそく採寸してもいいですか? 実は今回はそんなに時間ないって分かってるのであまり時間が足りないこともわかってるんです。だから少しでも早くできたらいいなって」
そして、そのほうが綾乃もいいだろう。しかも、今回は友達と無茶を言っている状態である。彼女がここまで急かしているのは、ここからちゃんとした服を作って、そしてそれを納品しなくてはならないとわかっているからだ。
それが半年後ならまだしも、今回頼んでいる期間は一か月とない。だからこそ、あいさつもそこそこにコンセプトに合った服を作らなければいけないと彼女もわかっていた。
そう思って黙っていると、 綾乃がアルの方に立ち上がる。
「かまいませんよ」
そうしてアルもそれにうなずいた。綾乃がメジャーで採寸を始める。
「それでは、始めますね」
綾乃は穏やかに言うと、椅子の脇に置いていたメジャーを手に取った。真新しい布製のメジャーを軽く伸ばしながら、彼女は目の前のアルに向き直る。
アルは静かに立ち尽くし、綾乃の動きを待っていた。姿勢が良く、手足の長いその立ち姿は、まるで仕立てあげられた彫像のようだった。シャツの襟元から覗く首筋のラインまで均整が取れ、桃花も改めて彼の体躯の美しさを目の当たりにする。
(こうして立っているだけでも、やっぱり人形みたい)
「立ったままで大丈夫ですか?」
綾乃が確認すると、アルは短く頷いた。それ以上の言葉はない。相変わらず彼は寡黙だが、その態度には微塵の反抗も見られなかった。むしろ彼女の手にすべてを任せるかのように、リラックスしている。