「ってことで一度話はまとまりましたね。お疲れ様です」
「……結局なんでお前が仕切ってんねん」
結局、ミーティングはアルが大体の話を通してくれた。
どうやら桃花の仕事を手伝う傍らで、業者などにも話をつけていてくれたらしかった。必要な生地などはほぼ揃っていて、もしもカラーバリエーションなどが気にくわなければ、それに関しても対応ができるように話をつけているらしい。そのため、材料の調達などは心配しなくていいと綾乃に言って、話をつけた業者の名刺と電話番号を渡していた。
「ねえ、これほんとに受け取っちゃっていいの?」
綾乃が戸惑ったように、桃花に尋ねてくる。
「た、多分、いいんじゃないかな」
桃花も返事に困ってしまう。そもそも彼を撮影するつもりだったのに、一番この場で自分の撮影について理解しているのがアルだった。
どういう売り方をするか、また、そのためにはターゲット層や目的などに関しても完璧に理解しているので、桃花が時々言えなかったことについても補足説明してくれるレベルである。
「ていうか、本当にモデルなんだよね? プロデューサーとかそういう感じじゃなくて」
「なんなら、初めてって言ってたんだけど、本当に手馴れていて……私もどうしていいかよくわからないんだけど」
ここ一週間でアルの能力について改めて思い知らされた。確かにこの性格であれば妙に自信というか、恐れしらずなところも頷けた。恐れることなどなくて、本気を出して手に入れたいと思ったら、簡単に自分ならば手に入ってしまうという絶対的な自信がそこにはあるのだと分かったのだ。
(だからこそ、失った時の喪失感はどれくらいのだったんだろう?)
アルはまだ立ち直っているわけではない。
きっと大事な人を失った喪失感はその旨に渦巻いているはずだ。桃花にはきっと理解できないほどのその凄まじい感情。それでもなお、ここまでまっすぐ前を向いて立っているように見えているのは、きっとそれほどまでにアルの能力が高いからだ。傷ついて、そうになっても止めずに前に進める程度には能力が高い。
「……何を考えているんですか?」
「え……」
そんな風にアルを見つめてしまったことがバレたのだろう。
にこやかにアルが話しかけてきた。
「一回目のミーティングが終了しましたね。ここまで。色々なことを計画してきて、本当によかった。だからこそ、僕としては少しくらい気を抜いてもいいと思うんですけど」
「えっと……? それってどういう意味ですか?」
桃花としては、アルに自分たちの計画がバレてしまわないように、そればかりを気を使って話をしてきた。だから、そこに関しては細心の注意を払ってきたのである。だが、アルが言いたいのはそんなことではないのだろうと察してしまう。何か嫌な予感がする。早く逃げたほうがいいのでは、と思ってしまう。
そんな桃花にアルは言葉を重ねた。
「僕と一緒にご飯でも行きませんか? もちろんお金についてはご心配なさらないでください」
「……それは……」
なんとなく気まずくて避けていた。
今までは仕事を理由に逃げることもできたのである。何しろミーティングまで日付が無いだからこそ、少しでも休んでおかなくては何かあったときに取り返しがつかない。そうやって何とか逃げて断ってを繰り返して来ていたのだ。
「ここまで僕も一緒に頑張ってきたんです。だから一度ちゃんと桃花を誘いたくて」
「……た、確かにそれはありますね」
アルの言うことはもっともである。
綾乃も桃花がイケメンで、これだけ能力も高い所を見せつけてくるアルに誘われていることに応援しているのか、親指をたてて笑っている。
もしかしたら彼女なりに、桃花が以前に苦労したところを見ているからこそ、応援しようとする気持ちが強いのかもしれない。
しかし、そんな時に京志郎が横から言った。
「そんな奴いうこといややったら断ったらええからな?」
「え、さすがにそれは出来ないというか……お世話になりっぱなしだったので……」
「そんなこと言うとったら、どこまでもずけずけ入ってくるで。こいつはそういうやっちゃねん。前もプロデューサーともっと飲みたいです、なんていうて、その次の日には、しっかりそのプロデューサーの弱みとたっぷり握ってきたやつやからな。油断してたらなにされるか」
「あれは労働環境改善のためにやったことですよ。今回のことは関係ありません」
京志郎も綾乃にアルの正体をバラす気はないらしいが、そうはいってもアルへの警戒心が強いのだろう。
「それに桃花にここまで断られてるんですから、一度ぐらいチャンスをものにしたって構わないと思いませんか?」
「そんなわけないやろうが」
京志郎がアルを睨むと、アルが微笑み返す。
二人の攻防戦に思わず桃花はどうしたものか、二人の顔を見比べてしまう。
「えっと……」
「いいんじゃないの。行っておいでよ」
「綾乃」
どう言ったらいいのだろう、と困っていると綾乃が助け舟を出してくれた。
「せっかくのお仕事なんでしょう? だったら、モデルのためにも必要なことじゃない」
「ええの? 友達なんやったら、桃花お姉さんちゃんと守ったなあかんのちゃうんか?」
京志郎は綾乃の言葉に不満であるらしい。
しかし、綾乃も引かない。