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第55話 プレゼントの重み

「やっぱりあの時の主人公がヒロインにさっと手を伸ばすシーンは神よねぇー。アングルもめちゃくちゃよかったわ」

「あー、わかるかも。サブキャラも主人公達を邪魔せず、でも味方だよって言わんばかりの絶妙な距離感保ってて好きだなぁ」


 映画を見終わったあと、私とまりはフードコートで映画の感想を語り合っていた。ちょうどお昼時ということもあって二人ともお腹がペコペコだった。なかなかの人の多さだけど、空いている席が見つかってよかった。お昼時のフードコートはまさに戦場だから。


「あのシーンで流れた主題歌もいいのよねー!」

「うんうん。映画にマッチしてたよね」


 まりは豪快にハンバーガーにかぶりつきながら、映画の感想を続ける。いつものお淑やかなイメージとはかけ離れたすごい食べっぷり。だけど不思議と不快感はなく、むしろもっと食べなと親戚のおばさんみたいな気持ちになる。私は大口を開けてハンバーガーを頬張るまりを微笑ましく眺めながら、うどんをすすった。


「……あのさ」


 そんな和やかなムードから一転、まりは覚悟を決めたような様子で私に声をかける。


「どうしたの?」


 まりの纏う空気が変わったのを感じた。私は口に入れていたうどんをちゅるんと飲み込んでからまりに向き直る。まりはハンバーガーの包み紙をじっと見つめたまま、私のほうを見ようとしなかった。

 さっきまで映画の感想で盛り上がってたのに、なんだか雰囲気がおかしい。私はじっとまりが話し出すのを待つことにした。その間もハンバーガーの包み紙を見つめるまり。本当にどうしたんだろう。何かを言いたそうなのに、なかなか切り出せないようだ。私のほうから声をかけようか悩んでいると、ようやく決心がついたのかまりは顔を上げた。

 そして、意を決したように口を開くと――


「これ! 受け取ってもらえないかしら?」

「……え?」


 そう言ってまりは私の目の前に小箱を差し出してきた。慌ててハンバーガーの包み紙を横に置き、小さな箱をテーブルの上に置くまり。私は突然の出来事に驚きを隠せなかった。


「えっと……これは……?」

「いいからちょっと開けてみて?」

「う、うん」


 まりに言われるがままに小箱を開ける私。中には小さな花柄の刺繍が入った白いハンカチと、メッセージカードが入っていた。私はメッセージカードを手に取る。そこには『いつもありがとう』というまりからのメッセージが書かれていた。


「これ……私に……?」

「ええ、そうよ」


 記念日でもなんでもないのに、なんでいきなりプレゼントなんてくれたんだろう。いや、嬉しい。すごく嬉しいけど。誕生日やクリスマスならまだわかるが、今日はなんでもない普通の日なのに。


「どうして……?」


 私は率直な疑問をまりにぶつける。するとまりは照れ臭そうに頭をかいてから、真っ直ぐと私を見つめた。


「これは……謝罪とお礼よ」

「え?」

「その、この前あたしの勘違いで溝が出来ちゃったじゃない。それを謝りたくて」


 それは、私がまりに好きと言って微妙な距離感になってしまった時のことを言っているのだろうか。確かにあの時は避けられまくってとても悲しかったけど、そんなの気にしなくてもいいのに。元はと言えば、私が誤解させるような言い方をしてしまったことに原因があるのだから。


「……それで、お礼の方は?」

「それでも仲良くしてくれたから。あたしが変な勘違いして逃げても追いかけてくれたから。それが嬉しかったの」


 まりはそう言うと、くしゃっと表情を崩して笑った。その笑顔に胸の奥がきゅーっと締め付けられる。


「だから、これは感謝の気持ちよ」


 私はハンカチとカードを握りしめたまま、嬉しくて涙が溢れてきた。ああもうなんでこう締まらないかな。私は必死に涙を堪えようとするけど、溢れてくる涙はとめどなく流れ落ちてゆく。止めようとすればするほど、それに反して涙の勢いは増すばかりだった。

 私はまりにお礼を言われるような人ではない。私がまりを手放したくなかっただけで、まりのために行動したわけではない。だからこんな風に感謝される資格なんてないはずなのに。でも、まりの喜ぶ顔を見たら嬉しくて仕方がなくて、この笑顔のために頑張ってよかったと心の底から思えてしまった。

 私は手の甲で涙を拭いながらなんとか声を絞り出す。


「もー! まりってば相変わらず真面目すぎ!」

「そうかしら?」

「そうだよ! 真面目だから損するんだよ?」

「ふふ、そうかもね」


 まりはハンバーガーの残りをぱくぱくと平らげながら笑った。私は涙を拭きつつ、まりがくれたプレゼントをそっと握りしめる。まりが私をどう思っているのか、正直なことを言えばよくわかっていない。だけど少なくとも私はまりを大切に思っているし、感謝もしている。それだけは確かだ。だからこのプレゼントの重みは確かに私の心に届いたのだった。


「……まり」

「なに?」

「ありがとね」

「こちらこそよ。これからもよろしくね」


 まりはそう言うと、笑顔のままハンバーガーの包み紙を丸めてゴミ箱へ捨てた。そしてコーヒーの入ったカップを口に運ぶと、美味しそうにそれをすすった。私もぬるくなったうどんをすする。すっかり伸びきっていたそれは、もう本来なら美味しいとは思えなかっただろうけど、今だけはとても美味しく感じたのだった。

 それから私達はずっと映画の感想を語り合っていた。まりの感想は細かい描写までちゃんと見てて、いかにその映画を楽しんでいたかが伝わってきた。私はそこまで深く見ていなかったからすごく参考になった。


「次はどこいこうね」


 二時間くらい喋ったあと、私達はフードコートを後にしてショッピングモール内をぶらぶらと歩き回っていた。服屋があったり本屋があったりゲーセンがあったり、本当になんでも揃っている。特に欲しいものはなくてもウィンドウショッピングを楽しめるのがショッピングモールのいいところだ。


「そうねぇ……あ」


 しばらくモール内を歩いた後、私達はゲームセンターの前に来たところで立ち止まった。まりがクレーンゲームの景品をじっと見つめている。その視線の先には可愛らしいクマのぬいぐるみがあった。


「あれ欲しいの?」

「いや、別にそういうわけじゃないけど……」


 まりはそう言いながらもじっとぬいぐるみを見つめている。私はそんなまりを見て、あることを思いついた。


「私が取るよ!」


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