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第四章「奇跡の歌姫」

第61話 奇跡の歌姫、登場!

『こんにちは、イニシャルKさん。まずは自己紹介といこうか?』

「え、は、はい……よろしくお願いします……?」


 ……何がどうしてこんなことになってしまったのだろう。SNSに連絡があり、開いてみるととある音楽クリエイターからのコラボのお誘いだった。それが今話しているこの人――『星宮ひすい』。彼女のことは噂で知っていた。

 〝奇跡の歌姫〟……それは彼女にこそ許された二つ名。その歌声はセイレーンを連想させるほどだとか。元からの才能とたゆまぬ努力に裏付けされた実力なのだろう。しかし、何故そんな雲の上の存在が私とコラボを……?


『はじめまして。我は歌でみんなに笑顔を届けるモノ――星宮ひすいである。よろしく頼むぞ』

「……それ、配信の口上ですよね?」

『ありゃ、配信観てくれてたんだ。ありがとな』


 なんだかついていくのに精一杯というか、相手に振り回されないようにしないといけない意識が強くなる。配信上のまりんと似たような素質を感じるが、その二人が絡むとどうなるのか見てみたいけどそれは一旦置いといて。

 しかし、本当に綺麗な声だ。透き通っていて、それでいて芯があって。通話越しの音質でも惹き込まれるものがあった。


『それで、まあ本題に入っていこうか。我が君にコラボを誘いでた経緯だが』

「その一人称で行くんですね……」

『ん? あぁ、これは我のクセのようなものだから気にしないでくれたまえ』

「そ、そうですか」


 まさかリアルでもこんなキャラだったりするのだろうか。なかなか癖が強いというか、こういうキャラ付けは普通配信上だけのものだと思っていたのに。いや、むしろこれが素なのかもしれない。そうだとするとかなりキャラの濃い人だ。


『で、だ。この前の歌配信を観させていただいててね。グッときたんだ』

「え、本当ですか?」

『本当だよ。人の心に寄り添うようなそんな歌声だ。こんなに素晴らしい歌声を持つ人に出会ったのは初めてだよ。だからこそのコラボ打診というわけだ』

「……ありがとうございます」


 我という一人称や話し方のクセから傲慢で高飛車なイメージがあったけど、その評価はどうやら間違っていたようだ。そもそもコラボのお誘いを向こうからわざわざしてくれているのだから、マイナスなイメージを持つこと自体失礼か。


『だから、我とコラボをしてほしい。君さえ良ければだが』

「は、はい。私なんかでいいのなら……」

『そうか! それはよかった。では、また追って連絡するからよろしく頼むぞ』


 そう言って彼女は通話を切る。まさかあの『星宮ひすい』とのコラボが実現するだなんて夢にも思っていなかった。でも、この機会を逃すわけにはいかない。せっかく有名な人に声をかけてもらえたのだ。絶対に成功させなければいけないし、このチャンスをモノにしなければいけない。


 それから数日後。ひすいさんとの連絡が来て、日程や場所などの打ち合わせをする。どうやら彼女は配信でよく使っているスタジオを貸してくれるようだ。ありがたい。


「さてと……」


 ひすいさんのことは一旦置いておいて、自分の姿を鏡で確認する。前髪良し、リボンよし、メイクよし。髪の乱れもなし。初めてお会いするんだからせめて身だしなみだけはしっかりしないと。


「よしっ……」


 いよいよひすいさんとの初対面だ。緊張するけど、それ以上に楽しみで仕方がない。


「すぅ……はぁ……」


 緊張を落ち着かせるために深呼吸する。大丈夫、きっとうまくいくはずだ。自分にそう言い聞かせて部屋を出る。そしてそのまま待ち合わせ場所であるひすいさんがいるスタジオに向かったのだった。


「失礼します」

「あぁ、待っていたよ。イニシャルKさん」


 スタジオの扉を開けるとそこにはお姫様がいた。そうとしか形容できないほどの整った顔立ち、綺麗にまとめられたふわふわな髪の毛。真顔でも絵になるその美貌。言い表すならば天使がそこにはいた。お姫様なのか天使なのかはどうでもよく、まさしく奇跡の歌姫の名にふさわしい出で立ちだった。


「おや? どうしたの?」

「……え? あ、い、いえ! なんでもないです!」


 見惚れていたなんて口が裂けても言えない。ひすいさんがどんな性格なのか知らないけど、なぜか半年くらいはそのことをネタにしてからかってきそうなイメージがある。本当になんでかはわからないけど。


「ふむ。それならいいんだが」

「えっと、改めましてイニシャルKです。今回はお誘いいただきありがとうございます」

「自己紹介は大丈夫だよ。わかっていたからね」


 そういえば、扉を開けてすぐに私が誰だかわかっていたような発言をしていた。初対面なのに。いくら声に特徴があれど、バーチャル空間とリアルでは多少顔つきが違う。

 私は圧倒的オーラと話し方でこの人がひすいさんだと直感したが、ひすいさんはなんで私がイニシャルKだとわかったのだろう。他にもスタッフさんらしき人達がぞろぞろといるのに。


「あの、なんで私がイニシャルKだと……?」

「え? むしろわからないものなのか? 道行く誰もが君を輝かしい目で見なかったのか!?」

「い、いえ……というかそんな誰もにジロジロ見られたら困りますよ……」


 なんというか、いい人なんだろうけどクセが強い。私を一目見てイニシャルKだと見抜く観察眼は素晴らしいけど、ひすいさんのような派手さやスター性がないのになんで見抜かれたのか恐怖と謎が残ってしまった。


「それで……私はどうすればいいんですか? 打ち合わせをするとか……」

「あぁ、そうだったね」


 いや、忘れていたんかい。まあでもひすいさんは忙しい人だから仕方ないか。


「とりあえず我とコラボするにあたって、いくつか曲の候補を作ってきた。イニシャルKさんの意見も聞きたいからそれぞれ歌ってみよう」

「は、はい!」

「まずはこれだ」


 そう言って渡されたのは『星屑☆マイロード』という曲名。ひすいさんが最初にカバーした曲でもある。この曲はアップテンポで元気が出るような曲だ。ひすいさんらしい明るくて可愛らしい声質によく合っていると思う。

 そして、歌っていくうちにわかったのがひすいさんは音程やリズムを完璧に把握しているということだ。音程を外すこともなければ、歌詞を間違えたりなんてこともない。

 つまり、ひすいさんの歌声は完璧だということ。それは私では到底届かない領域にいるということでもあった。


「負けてられないな……!」


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