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第63話 もはや夫婦

「うっわー……すっっっごい……」


 歌ってみたを出すという話をされた翌日に、既に動画が上がっていた。それだけでも驚いたのに、再生数の伸びもすごくてもはや何に驚けばいいのかもわからない。ひすいさんはだいぶ猪突猛進というか唯我独尊というか……我が道を突き進むタイプなんだなと改めて感心した。

 そうして動画に夢中になっていると、じとーっと険しい目つきでこちらを見つめるしおりお姉ちゃんの姿が。


「かーなーちゃん……スマホばっかり見てないで早くご飯作って」

「もう……わかったわかった」


 お腹が空くと子供っぽくなるしおりお姉ちゃんに急かされ、私は呆れ気味に料理を再開した。今日はしおりお姉ちゃんの好物の肉じゃが。冷蔵庫から取り出した豚バラと玉ねぎ、人参を一口サイズに切ってフライパンに並べて炒めていく。


「ふわぁ……いい香り……」


 匂いで食欲を刺激されたのか、しおりお姉ちゃんがトテトテとキッチンへやってきた。そして私の後ろに立ち、お腹に手を回しながら肩に顎を乗せている。まるで大きな子供だ。


「ちょっとお姉ちゃん、邪魔だよ」

「だって、お腹空いたんだもーん」

「もう……」


 どうやら空腹で甘えたくなっているらしい。可愛いんだけど、料理中は危ないからやめてほしい。火を使う料理もあるから火傷なんかしたら大変。そんな私の気も知らないで、しおりお姉ちゃんは呑気に「かなちゃんエプロン似合うね」なんて言っている。正直料理の邪魔でしかないけれど、なんだか怒る気にもなれなかった。


 結局、私はしおりお姉ちゃんに抱きつかれたまま料理を続け、完成した肉じゃがを食卓へ運ぶ。お箸と飲み物を用意してからようやく食事だ。

 手を合わせ、早速肉じゃがを口に運ぶ。うん……美味しくできてる。さすが私!


「んー……じゃがいもほくほくでうまぁ……」

「あはは。しおりお姉ちゃん顔とろけちゃってる」

「だって美味しいんだもん」


 しおりお姉ちゃんは蕩けた顔で幸せそうな顔をしている。それを見ていると、自然と私も笑顔になった。しおりお姉ちゃんが喜んでくれると私も嬉しい。


「しおりお姉ちゃん、口の横に付いてるよ」

「んー?」


 幸せそうな顔をしているしおりお姉ちゃんに微笑みかけ、私は自分の口元を指でトントンと叩きながら指摘する。するとようやく気付いたのか、慌てて口元をティッシュで拭った。


「んふふ。しおりお姉ちゃん子供みたい」

「もぉー、そんなことないもん」


 頬を膨らませてぷりぷりと怒るとこも子供っぽくて可愛いのだが、それは黙っておこう。食事を終え、食器を洗った私はソファに座るしおりお姉ちゃんの隣に座った。そしてしおりお姉ちゃんの手を握ると、嬉しそうにはにかんだ笑顔を見せてくれる。


「そろそろレポート終わりそう?」

「そうだね。あとちょっとかな」

「そっか、頑張ってね。でも、毎日料理振舞ってたから……なんか寂しいね」


 最近は二人で食べるご飯が当たり前になっていた。しおりお姉ちゃんに一週間のご飯を頼まれたからだけど、でもいざもうやらなくていいとなると寂しい。これからも一緒に食べる機会はあるだろうが、ひすいさんとの打ち合わせや自身の配信で私も忙しくなるだろう。それに、しおりお姉ちゃんの方も大学があるしモデリングの方も大忙しだろう。


「でも、またこんな風にのんびり二人でご飯食べたいな」

「……うん、そうだね。私もかなちゃんと二人で食べるご飯、好きだよ」


 しおりお姉ちゃんはそう言うと、私の肩にもたれかかってきた。そしてそのまま私の膝に頭を乗せ、膝枕の状態になる。


「ちょっと……重いんだけど」

「えへへー、いいでしょ?」

「もう……仕方ないなぁ……」


 私は呆れつつも、しおりお姉ちゃんの頭を優しく撫でる。すると嬉しそうに目を細め、まるで猫のように甘えてきた。そんなしおりお姉ちゃんを見て思わず笑みが溢れる。

 ゴロゴロと喉を鳴らしている音が聞こえてきそうなほど甘えきってるしおりお姉ちゃんを見ていると、私が普段持ち合わせていないような母性本能をくすぐられる。私はしおりお姉ちゃんのサラサラな髪を撫でながら、その心地よさに身を委ねた。


「……ん、ふわぁぁ……いつの間にか寝てた」


 目をこすってあくびをしながらしおりお姉ちゃんの方を見る。しおりお姉ちゃんもぐっすり眠っているようで、静かな寝息が聞こえる。私はしおりお姉ちゃんを起こさないようにそっと膝から頭を下ろすと、寝室から毛布を持ってきてそっとかけてあげる。


「ふふ……可愛い」


 とても幸せそうな顔をして眠っているしおりお姉ちゃん。私はそんなしおりお姉ちゃんの頬をつんとつつく。

 すると「んん……」と反応を示し、少しくすぐったそうに身じろぎする。それがなんだか面白くて思わず笑ってしまった。


「さて、と」


 私はしおりお姉ちゃんに毛布をかけてからキッチンへ向かう。今日はまだ少し時間があるからクッキーでも焼いておこう。しおりお姉ちゃん、前に焼き菓子が好きだって言ってたからね。

 オーブンからクッキーの焼ける甘い匂いが漂い始め、私は期待に胸を膨らませながらミトンを装着してオーブンから取り出した。


「うん……綺麗にできてる」


 綺麗なキツネ色のクッキーを見て思わず嬉しくなった。甘い香りに誘われるようにして、寝ていたはずのしおりお姉ちゃんもキッチンへとやってくる。そして目をキラキラと輝かせた。


「わぁ! 美味しそう!」

「でしょー? はい、味見してみて」

「やったぁ!」


 しおりお姉ちゃんは子供のようにはしゃぐと早速一つ手に取り口に運ぶ。サクッと心地よい音が聞こえて私も思わず唾を飲み込んだ。しおりお姉ちゃんはもぐもぐと口を動かすと幸せそうな顔をする。


「おいひぃ……」

「よかった」

「かなちゃん、天才!」

「そんなことないって」


 しおりお姉ちゃんの絶賛に照れながらも、私は一つ手に取り口に運んだ。うん、美味しい。我ながらいい出来だ。しおりお姉ちゃんも幸せそうな顔をしているし、大成功と言って差し支えないだろう。


「かなちゃん、ありがとね」

「ん? なにが?」

「ボクの我儘聞いてくれたでしょ? ご飯作るのとか……あと、こうやってクッキーまで焼かせちゃって……」


 申し訳なさそうに言うしおりお姉ちゃんに、私は微笑みかける。別に謝られるようなことじゃないし、私自身も楽しんでいたから全然負担じゃなかった。それに……しおりお姉ちゃんが幸せそうで、私も嬉しかった。


「気にしないでよ。私も楽しかったからさ」

「……そっか。ならよかった……」


 そう言うと安心したように微笑み、クッキーをもう一口食べるとしおりお姉ちゃんはふにゃっと表情を緩めた。私たちはこれからも仲良く二人で過ごしていけると、そう確信したのだった。


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