「シリウスが皇帝ヨハネスを止めようとしているだと? ヨハネスは『変化の霧』を得た事で、そんなにも危険な存在になっているのか? シリウスはどうやって皇帝ヨハネスを止めるつもりなんだ?」
シリウスの父であり帝国リングウォルド皇帝であるヨハネスはクローズが与えた『変化の力』を利用して凄まじい軍事力を得ているらしい。まだ変化の霧の力を言葉でしか聞いていない俺にはどのようにして軍事力を増大させたのかが分からないし、止める方法も検討がつかない。
「私が調べたところによるとシリウスが考えている方法は――――」
クローズが説明を始めると何故か突然記憶の水晶が一時停止してしまった。一体どうしたのかと水晶の方を見てみると、どうやらシリウスが停止させていたようだ。
シリウスは沈痛な面持ちで大きな溜息を吐いた後、映像よりも先に過去の自分がとってきた行動を教えてくれた。
「ここからは私が説明しよう。私が父ヨハネスに危機感を覚えたのは死の海を渡る2年前だった――――」
そこからシリウスは長く苦しい過去を語ってくれた。どうやらヨハネスに与えられた『変化の霧』は帝国内で独自の研究が進んだらしい。クローズがガラス瓶に入れている赤い物質を人体に取り込めば、数十日後には身体能力・魔力・魔量など全ての能力が格段に上昇するらしい。
この変化の力は取り込む肉体が強ければ強いほど効果が大きく、ヨハネスは戦闘力の高い優秀な一部の帝国兵に変化の霧を注入して、一騎当千の個体をいくつも作り出していたそうだ。
クローズ曰く、瓶に詰められている変化の霧を生成するには希少な植物や鉱石を大量に消費しなければいけないらしく莫大な資源と金が必要になるようだ。故にクローズ自身はあまり運用できていないようだが、潤沢な帝国ならば運用も実験も可能な技術らしい。
他の者の手を借りて進化を促すクローズの野望は早速達成されているようで、既にクローズの予想を超えるレベルで帝国は変化の霧を発展させているらしい。
そんな帝国の内情を危険視したシリウスはこれ以上帝国に強化個体を作らせない為に死の海を渡り、解決策を求めて大陸南へ来たらしい。大陸南にはどんな解決策があるのか分からない俺がシリウスに尋ねると、その答えはアーティファクトにあると彼は答えた。
どうやら大陸南には『レストーレ』と呼ばれる
シリウスはグラド達と別れた後、単身大陸南の各地を旅して、何度も命を危険に晒しながらレストーレを見つけたそうだ。レストーレを見つけた後は帝国へと帰り、ヨハネスにバレないように裏で戦力を整えた後、レストーレを片手にヨハネスの兵団を襲撃したそうだ。
結果としては多くの犠牲を出したもののヨハネスの野望を阻止する事に成功し、帝国内での研究は終息したらしい。こんなところでもシリウスが英雄の様な活躍をしていたのかと俺は感動した。だから全力でシリウスのことを褒めたのだが、彼は今日1番の渋い顔で首を横に振る。
「父ヨハネスを止められた事はよかったと思う。だが、私は息子という立場でありながら、この手で実の父親を殺したんだ。結果的に皇帝はヨハネスの弟である叔父に引き継がれて帝国はしばらく平和になったものの、私は国賊として追われる身となった。民衆を不安にさせない為に表向きは行方不明のような扱いになっているがね」
もしかしたらモードレッドがリングウォルド別邸跡地を訪れてシリウス達の手掛かりを探していたのは『国賊を捕らえたい』という理由があったのかもしれない。
これまで色々と旅をしてきたが『皇帝アーサーの弟』であるシリウスの話を噂レベルですらほとんど聞いてこなかった。きっとシリウス達が必死に身を隠してきた成果なのだろう。そういう意味では誰も寄り付かないディアトイルの付近の洞窟に身を隠す選択は理にかなっていると思う。
ヨハネスを倒してから現代までずっと身を隠して頑張り続けたシリウスの事を思うと涙が出てきそうだ。気がつけば俺は労いの言葉をかけていた。
「シリウスさんは本当に凄いぜ。死の海を渡ってからこれまで50年以上……よく頑張ってきたな。グラドに負けないぐらい尊敬するよ」
「やめてくれガラルド君。さっきも言ったが私は結局犠牲を抑えられなかったし、父親を手にかけた人間だ。親殺しという意味ではアーサーを殺したモードレッドとかわらない。褒められる資格なんてないさ」
「貴方はずっと犠牲を最小限にする為に頑張ってきたんだから立派な人間だよ。モードレッドみたいな保身の為の親殺しじゃないんだからさ。だから胸を張ってくれよ、俺達は貴方を誇りに思っているんだから」
「ガラルド君……君は本当に優しいな、ありがとう。その言葉、心に沁みたよ」
シリウスは目にうっすらと涙を溜めながらお礼の言葉を返してくれた。今まで洞窟にいる仲間にしか弱音を吐けなかったのかもしれない。俺達が聞き手になれてよかったと思う。
シリウスは少し晴れやかな表情を浮かべ、記憶の水晶に触れて映像を再開した。
過去のクローズはシリウスがヨハネスを止める為にレストーレを探している事を知っており、その事実をディザールへと伝えた。
シリウスの意志の強さに驚くディザールを尻目にクローズは更に大陸の話を続ける。
「最近だとリングウォルド以外にも神聖国アズイールという大国に『変化の力』を与えたのだけど、それは失敗だったね。リングウォルドと上手く戦争してほしかったけど、彼らは勝手に変化の力を暴走させて内輪で壊滅してしまったよ。やっぱり力を渡す相手は慎重に選ばないといけないね」
俺が子供の頃に学んだ歴史だと確かアズイールは原因不明の奇病で滅びたと聞いている。だが、真実はクローズが与えた変化の霧が暴走して滅んでいたようだ。
もしかしたら俺たちが知っている歴史はクローズによって歪められている箇所がありそうだ……色々と答え合わせをしたいところだけど、自分の学びが数多く否定されそうで少し怖い。
これまで衝撃の事実の連続だったが、クローズの語りとシリウスの吐露で一通り過去の大陸事情を知ることが出来た。その点に関してはディザールもある程度納得がいったようだ。そしてディザールは残り2つの力についても尋ねる。
「帝国やシリウス、赤の変化の霧については大体わかった。次は生物同士を合成させる緑の霧、そして生物から力を吸収する黒の霧について聞かせてくれ」