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第300話 支え




 カッツや一部の村人を殺したディザールは思い出の公園跡でずっと雨に打たれ続けている。彼を放っておけないシルフィは何も言わず横に居続けた。


 記憶の水晶は時間を早送りしてくれているものの、過去のディザール達はもう何時間も雨に打たれ続けている。彼には本当に色々な事がありすぎた……もう動き出せるようにはならないのでは? と心配になるぐらいだ。


 そんな2人を見続けていると西の空から何やら羽ばたく音が聞こえてきた。音のした方へ視線を向けるとクローズが降り立っていた。クローズは大きな溜息を吐くと肩をすくめて言葉をかける。


「里帰りの様子を見に来たら村が荒れていてビックリしたよ。どうやら一部の村人とカッツ達を殺したようだが、何があったんだい?」


「……」


 心が折れて何も喋れなくなっているディザール。代わりにシルフィが説明するとクローズは一層あきれた様子で煽る。


「なるほど、それは確かにショックだろうね。だけど、その程度の事で動く気力を無くしてしまうのかい? 生き物なんて何かしらの犠牲の上に成り立つものだ。意図せず誰かに迷惑を掛ける事だってある。君は心が脆すぎる、もっと図太く生きた方がいい」


「……」


「どうやら言い返す気力もないようだね、ガッカリだよ。親友に嫉妬して、器で負けて、好きな子には振り向いてもらない。人間からはかけ離れてしまい親代わりの存在には取り返しのつかない迷惑をかける。そんなどうしようもない君に出来る事は強大な力を振り回す事だけだよ。コルピ王やカッツを殺した君はどこにいったんだい? 黒に染まった者は黒の生き方を貫かないと」


「……もう黒だの、悪人の掃除だの、どうでもいい。僕の事は放っておいてくれ」


「……君に期待して損したよ。そのまま雨に打たれ続けて腐ってしまうといい」


 クローズにしては珍しく目を吊り上げて吐き捨てた。それだけディザールに立ち上がって欲しかったのだろう。クローズは2人に背を向け、そのままアジトのある方向へと飛んでいってしまった。


 消えていったクローズを眺めていたディザールは自嘲の笑みを浮かべながら呟く。


「雨に打たれ続けて腐ってしまうといい……か、魔人の体には相応しい言葉だな」


「魔人の体に相応しい? どういうことなの?」


 言葉の意味が気になったシルフィが尋ねる。ディザールは魔人の体の仕組みについて語り始めた。


「魔人が魔力・魔量・膂力に優れている種族だということは知っているだろう? そんな魔人の唯一と言ってもいい弱点が回復力と抵抗力の低さなんだ。人間なら魔量や体力が枯渇しても1日、2日安静にしていれば全快するが、魔人の回復速度は人間の1割以下だ。故に温度の極端な場所や病気などにはめっぽう弱い。この性質は人間の体にチェンジしても解除されることはないんだ」


「だからアジトは死の山とは思えないぐらい涼しくしていたんだね。だったら尚更ディザールは早く雨宿りしない。風邪を引くどころじゃすまないよ?」


「いいんだ、冷たく苦しい雨を浴び続ける事が今の僕の心に1番効くのさ。もう、生きたいとも思えない。クローズの言う通り雨に打たれ続けて死ぬのも悪くない」


 そう呟いたディザールは座った状態から仰向けに寝転がった。雨でも隠し切れない涙が目尻を伝って耳を濡らしている。


「……だんだん視覚と触覚が鈍くなってきた。まるで魔量が枯渇した時のように。思い出の地が僕の墓場になるのも……悪く……ない」


 ディザールは言い切ると同時に目を閉じて気を失った。村での出来事も相まって相当消耗していたようだ。そんな彼の胸元でシルフィは声にならない声を出して泣いている。









 ディザールが公園跡で気を失ってからどれくらいの時間が経ったのだろうか。記憶の水晶は時間を進め、とある民家の中を映していた。


 その民家は壁も床も天井も至る所が焼け焦げていて、どう見ても普通じゃない家だ。何故、記憶の水晶が壊れた民家を映しているのか分からなかったが、ベッドで寝ているディザールの姿を見た瞬間、ここがどこなのか分かった。


 この場所は昔、カッツによって焼かれた村はずれにあるディザールの家だ。この家なら人が入ってくることもないし、村人に見つかる心配もない。


 気を失っていたディザールがどうしてここで寝ているのかが分からない。だが、視線を少し移動させると台所で倒れているシルフィの姿があった。どうやら彼女が運んできたようだ。


 お世辞にも力があるようには思えないシルフィが自分よりずっと重いディザールを公園跡から迂回して運んできたわけだ。相当無理をしたに違いない。台所に作りかけの料理がある事からもディザールに元気になってもらおうとしたことが読み取れる。


 ベッドで寝ていたディザールは暫くしてから目を覚ます。自分の家のベッドで寝ていた事実に困惑しつつ手足が動く事を確認してから家の中を歩きだす。


 そして、台所で倒れているシルフィを見つけると急いで駆け寄り呼びかける。


「おい! シルフィ! しっかりしろ!」


「……あっ……ディザール、起きたんだね。今、栄養を取ってもらおうと食事を……」


「僕の事はいい。それより顔が真っ青じゃないか。もしかしてシルフィが僕をここまで運んでくれたのか?」


「うん……だって、ディザールは本気で死ぬつもりだったんだもん。貴方が自暴自棄になっても私は命を懸けてでも絶対に助けるし傍に居続けるよ。たとえディザールが悪の道へ走ろうともね」


「……どうやら僕は大切な仲間から左目を貰うだけじゃなく、命まで守ってもらったようだ。僕の命が助かった事よりも僕のことを命懸けで助けてくれる人間がいた事実の方がずっと嬉しいよ。僕はもう2度とシルフィを危険な目に合わせはしない。貰った命は終わりを迎えるその時まで大事にする。約束するよ」


「ありがとうディザール。ずっとその言葉が聞きたかったよ」


 シルフィは満足そうに呟き、そのまま気を失った。ディザールの目には再び光が宿ったようだ。


 それから2人は食事を取り、しっかりと眠って体を休め、翌日の朝にペッコ村を出て北方へと飛んだ。不貞腐れているであろうクローズへ会いに。





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