激しい雨粒が顔を打ち付ける中、さっき光の中で見たあの光景を私は思い返していた。
見えたのは二人の人物。おばあちゃんと銀髪の青年。その青年がとても似ていたのだ。目の前にいる、この人に。あの青年は一体──。
「凪」
突然名前を呼ばれて、私は思わず顔を上げる。
「立てるか?」
一瞬
「あの…」
そう口を開いた私だったが、焔の視線は私の左手首に向けられていた。ヤトから貰ったブレスレットに鋭い目が一瞬止まる。何かついているのだろうか?触れるわけでもなく、ただその視線はブレスレットの細部にまで向けられているように見える。
「焔さん?」
「凪、このブレスレットは確か…」
だが、焔の言葉はある気配の出現で遮られる。私たちがいる裏庭に再びミレニアの追手が数人姿を現したのだ。だが、力なくよろめきながら来た様子から察するに、どうやら紅牙組に追い立てられ、ここへ逃げ込んできたらしい。追手と目が合う私たち。再び場に緊張が走る。焔も一瞬にして鞘を握り、目を細めて追手を見据えた。すると…。
──バチッ!
次の瞬間、ミレニアの追手の一人の腹から、鋭い刀が突き出した。背中から深々と刺され、追手は痛みに身をよじりながらも、血の滲む手で刃を掴んでいる。だが、刃からは稲妻のような青白い光が脈打つように走り、敵は掴むのが精いっぱいといった感じだ。どうやら、あの刀からは電流が流れているらしい。
あの刀、もしかして…!
すると、聞き覚えのある声が追手の背後から聞こえてきた。
「この財前から逃げようったってそうはいかねえぜ」
「財前さん!!」
私は思わず声を張り上げる。財前の刀に貫かれた追手は力なく倒れ、気を失ったのか動かなくなった。
さっき財前さんが言っていた「雷閃刀」ってこれのことだったのか!
そう思いを巡らせながら財前を見ると、彼の和服は泥と返り血で染まり、かなり汚れている。私たちと別れてから激闘を繰り広げてきたのだろう。肩で息をしつつも、その眼光は鋭く、獰猛な虎のような気迫が感じられた。
「追手に捕まってたとはな。悪い、来るのが遅くなった」
私は財前を見つめ、首を振る。
「耕太とカラスの小僧は?無事か!?」
「花丸は無事だ。だが、ヤトが…」
焔は抱きかかえたヤトを見る。先ほど、制服を破って傷を覆ったが、すでにそこから血が滲んでいる。
「…急がねえとな、大広間に向かうぞ!」
財前の声を受け、私は小走りで追いかける。が、肩に鋭い痛みが走り、その場にうずくまってしまった。塚田との戦いで負った傷が、今になって酷く痛み始めていた。
「凪!怪我してんのか!」
「へ、平気です!」
私は再び歩き出そうと立ち上がるが、不意にふわりと体が浮いた。気づくと、焔がしっかりと私を両手で抱き上げている。
「焔さん!?」
「掴まってろ」
そう言って焔は小走りで財前に続く。私は少し緊張しながらも、親指と人差し指で焔の胸元をぎゅっと掴んだ。抱きかかえられながら財前を見ると、刀を持つ左手の甲から血が滴り落ちていた。
そうだ。この人は数日前に敵対している組とひと悶着あって、左手を負傷したはず。確か動かせないくらい重傷だったはずなのに…。
そんな心配が過ったのも束の間、再び目の前にミレニアの追手が数人立ち塞がる。財前は血まみれの左手で刀を握りしめながら敵を力強く一喝した。
「邪魔だ!どけ!!」
財前は豪快な掛け声とともに一閃、次々と敵をなぎ倒していく。数人、立ち上がろうとする者がいたが、財前は容赦なく蹴りを入れ、さらには正拳を叩きこんで捻じ伏せる。敵の一人がよろよろと起き上がり、財前の腕にしがみつくが、彼は最後のとどめと言わんばかりに、頭突きを食らわせていた。
よろめいた敵は、そのまま私…というか焔の方に投げ出される。焔は刀を抜くことなく、そのまま左手で裏拳を入れ、敵はぬかるんだ地面へ倒れ込んだ。私と焔が前方を見ると、財前は掛け声を上げながらがむしゃらに別の敵へ襲い掛かっていた。
「…むちゃくちゃだな、あの財前は」
「…そうですね」
立ちはだかる敵は問答無用でブチのめす、とも言わんばかりの財前の戦いぶりに呆気に取られる中、財前は間髪入れずに思いきり刀を振るい続ける。敵が一斉に倒れた後、顔に浴びた返り血を袖で拭い、周囲の組員たちにこう呼びかけながら歩き出す。
「倒れた奴から縛り上げろ!グルグルにな!後でSPTに引き渡す!」
男たちは声を上げ、即座に追手たちを縄で縛り上げていく。
それから数十秒後、大広間からあと少しというところで、紅牙組の男たちがミレニアの追手三人に囲まれていた。攻撃されているのか、男たちの体に切り傷のようなものが見える。だが、果敢にも刀を構えて、気力を振り絞っていた。財前は再び、獰猛な視線を敵に向ける。
「ちっ!調子に乗ってんじゃねえぜ、この野郎!」
吐き捨てるように言いながら、財前は再び雷閃刀を抜き、大きく息を吸う。
「俺たち紅牙組を──」
財前がそう言いかけた時、別の太い声がその場に轟いた。
「この紅牙組を、舐めんじゃあねえぜ!!」
次の瞬間、和服を着た体格の良い中年の男が空から颯爽と追手たちに飛び込み、瞬時に追手一人の顔面に豪快な正拳を叩き込んだ。一人が崩れ落ち、残り二人の追手も思わずたじろぐ。しかし、中年の男は一切躊躇せず、即座に反応したもう一人の追手の腹に、思い切り蹴りを入れる。
あれは一体…?何者!?
すると財前は一転慌てた様子でこう言い放つ。
「お、お頭!ミレニア相手に肉弾戦は…」
だが、そんな財前の声を意に介さず、お頭と呼ばれた男は堂々とファイティングポーズを取り、攻撃を続ける。男は重点を落とし、低く飛び上がると、残る追手の背後に華麗に回り込む。その腕が追手の首に巻きつくと同時に、まさに鉄のような力で締め上げていく。数秒も経たないうちに、追手はたちまちガクッと意識を失い、その場に崩れ落ちた。
「…なんだなんだ。面白味のねえ奴らだ」
吐き捨てるように言い放つ男。彼が振り返った時、私はギョッとした。切り傷だろうか。顔には無数の古傷が痛々しく刻まれていた。まるで、これまで多くの死線をくぐり抜けてきたかの如く。
もしかして、この人が留守にしていたという噂の組長…!?
「待たせたな、財前」
「わりいが、ゆっくり話している時間はねえ!誰か!お頭に雷閃刀を渡してやれ!」
組員の一人が、お頭と呼ばれた男に刀を手渡す。財前は、私たちについてこいというジェスチャーをして、先へ進む。その時、男が私と焔を一瞬見るが、すぐに敵へと視線を戻す。彼は、水を得た魚のように、挑戦的な笑みを浮かべていた。
「紅牙組の真の恐ろしさ、骨の髄まで叩き込んでやる」