一秒、二秒。
時間が経つにつれ、瓜生を
ふと彼女の右手が血に染まっているのが見えた。力の暴走だろうか。しかし、それもほんの一瞬。その姿もすぐに渦に呑まれて見えなくなった。
「瓜生隊長!」
上木は立ち上がり、瓜生に向かって走ろうとするが、またもや強風に弾き飛ばされた。
上木が壁に叩きつけられる寸前、天宮が飛び込んで彼女の体を抱きとめる。誰ひとり、瓜生に近づくことができない。
「おいおい、やべえぞ!あの姉ちゃん!」
財前の焦りが声となって響く。このままでは瓜生の命が尽きる。だが、恐怖で足が前に出ない。それにこの暴風…どう彼女を救えばいいのか。
「──さん!」
微かな声が聞こえて、横を向いた。花丸だ。彼は腰を落とし、両腕で顔を庇いながら、必死に瓜生へと歩を進めていた。
「瓜生さん!聞こえますか!?今、行きます……だから、気をしっかり!」
だが、その直後。飛来した瓦礫の破片が花丸の右足をかすめた。バランスを崩した花丸は、風に
「花丸さ…」
叫んだ瞬間、丹後が飛び出し、ギリギリのところで花丸を抱きとめた。彼は花丸を見るなり、怒号を叩きつける。
「じっとしてろ!死にたいのか!」
だが、花丸は怯まない。丹後を見据え、すかさず言葉を返した。
「僕は医者です!あの人を助ける!」
花丸の声は震えていた。それは恐怖ではなく、目の前の命を諦めないという彼の強さだった。花丸は丹後の腕を振りほどこうともがくが、丹後も離さない。
「手遅れだ、諦めろ!もう近づくことは…」
「違う!」
花丸の声が嵐の中に響いた。
「手遅れなんかじゃない!…瓜生さんは生きてる!あの人を助けなきゃ…助けなきゃ、いけないんだ!」
その言葉が響いた時、ある出来事が
以前、上木が瀕死の重傷を負った時。
皆が彼女の救命を諦めかけた時も、花丸だけは諦めなかった。その必死さに背中を押されたから、私も命を懸ける覚悟ができたのだ。
今もあの時と同じ。この人はいつも、覚悟を決める勇気をくれる。
私は大きく息を吸い、風に抗うように丹後と花丸の元へ歩み寄った。私と目が合うなり、丹後があからさまに顔をしかめる。
「…丹後さん!私をあの竜巻の中…瓜生さんのところに全力で投げ飛ばしてください!丹後さん、怪力だからできますよね!?」
唐突な言葉に丹後は一瞬目を丸くするが、すぐに私を鋭く睨む。その視線は「できるわけねえだろ、この阿呆」と言っているようだった。でも、言わせない。
彼の口が開くより先に、私は早口で言葉を続ける。
「丹後さん、控えめに言って……私のことそこそこ恨んでますよね!?違うとは言わせませんよ!私、ずっと感じてきましたから!」
丹後の眉がピクリと動いた。図星だ。
正直すぎる反応に私はふっと笑うと、叫ぶように言った。
「その恨み、今ここで晴らしてください!思いっきり、全力で!あそこに私をぶん投げて!お願い、丹後さん!」
一瞬の沈黙。丹後は呆れたように私を見つめていたが、ふと瓜生がいる竜巻の影へ目を向け、息を吐いた。
「…本気か!?無事では済まんぞ!」
私は力強く頷いた。
「私は陽の気、ソルブラッドの宿主です!瓜生さんの陰の気とは対なる存在!陽の気を全力で放出すれば、きっと暴走を押さえながら近づけるはずです!そして……どうにかして瓜生さんを助けます!絶対!」
丹後の目が揺れる。迷っているのだろう。だが、そこへ花丸が一歩前へ出る。
「凪ちゃん、僕も…!丹後さん、お願いします!」
花丸の声は決意に満ちていた。
この人は、止めても絶対についてくる。だったらもう、一緒に覚悟を決めるしかない。
「花丸さん、私の腰に両手を回して。絶対に離さないでください!」
「うん!」
花丸はしっかりと頷き、震える手で私の腰に腕を回した。
丹後は黙って私たちを見つめていたが、数秒後ふっとため息をつき、観念したように頷いた。
「…死ぬなよ、二人とも」
「もちろん!」
丹後は私と花丸をがっしりと抱き上げた。足を踏み締め、体全体に力を込めて構える。その時、後ろで焔の声が響いた。
「凪!行くな!!」
私は振り返らず、雷閃刀を構えて陽の気を解き放つ。金色の光が私たちの体を包み、風に煌めいた。
「ごめんなさい!……焔さん!」
言い終えた瞬間──。
「うおらあああ!!」
丹後が全身の筋力を爆発させ、私と花丸を竜巻の中心目がけて思いっきり投げ飛ばした。私は空中で風を斬り裂きながら、焔に向かって叫ぶ。
「後でピクルスでも何でも食べますからあああああ!」
耳元で唸る、風の
竜巻に手を入れた途端、鋭い痛みが走った。無数の小さな刃が皮膚を断続的に切り裂いているのだ。
けど、止まらない。
私は腰を低く構え、歯を食いしばる。雷閃刀を両手で握り、目の前の竜巻を斬りつけた。激しくうねる陰の気に、陽の気をぶつけて道を切り拓いていく。
拮抗する二つの力が空間を軋ませる中、一歩、また一歩と前進する。
「…凪ちゃん!前……瓜生さんだ!」
花丸の叫びに、私はハッと目を凝らす。ようやく見えた。荒れ狂う闇の中で、うずくまる瓜生を。
「……瓜生さん!瓜生さんっ!!」
彼女の名を呼んだ次の瞬間、突風が吹き荒れ、雷閃刀が手から弾き飛ばされた。
「わっ…!」
「凪ちゃん…しっかり!!」
手が痺れる。頬が裂ける。足がもつれる。
それでも、花丸が背中を支えてくれている。私が、前へ進めるように。
私は渾身の力を込めて、彼女に向かって足を踏み出し、手を伸ばす。
「瓜生……さん!!」
その時、右手が彼女の肩に触れた。
だが、それと同時に風が渦を巻いて私の体を飲み込んでいく。
視界が、音が、感覚が、すべて闇に染まる。
最後に聞こえたのは、自分の心臓の鼓動。私の意識はそのまま、闇に包まれていった。