八月十三日。
明菜と夏輝の誕生日であり、そしてキャンプ出発日でもある。
あの後、夏輝とは何回か学校で今回のキャンプのための話し合いや準備、それに事前に当日の星のことを確認しておくなど、いかにも天文同好会らしい活動はしていたが、残念ながら告白をする、という雰囲気には一度もならなかった。
やはりキャンプに期待するしかない。
それ以外では、香澄やクラスの友人たちと出かけたりはしている。
なお、香澄にだけは誕生日から数日出かけることだけは話してある。
ただしまだ詳細は伝えていない。
どうなるかわからないから、というのが最大の理由で、帰ってきたらちゃんと話す、と言って納得はしてくれている。
とても心配そうにしていたが――いい報告が出来るといいな、と思っている。
夏休みの課題は、もうほとんど終わらせてある。
キャンプから帰って一週間もすると、今度は両親がアメリカから帰ってきて北海道旅行の予定なので、物理的にも精神的にも余裕がない可能性が高く、さっさと終わらせておいた。
そんなわけで、もうやることもない、というくらいの状態でキャンプ出発日を迎えることとなった。
合流は夏輝の最寄り駅に朝九時。起きる時間はほぼいつも通りでいい。
準備は昨日のうちに完璧に済ませてある。朝食も予め買っていたパンと野菜ジュースだ。こうすれば洗い物が出ない。
先日買った服を着て、準備完了。
今回は快速の時間をちゃんと調べてある。
たしかに三十五分ほどで到着した。それでもやはり遠いが。
改札を出て、指定された駅前のターミナルに行くと――夏輝がいた。
キャンプのための服装のはずだが、いつもとあまり変わらない気がする。
もっとおしゃれをしたらいいのに、とも思うが――まあそれは今日することではないだろう。
そしてその横に――初めて見る二人がいた。
おそらくこの二人が、彼の両親だろう。
「おはよう、明菜さん。で、こっちがうちの親。秋名
「よ、よろしくお願いしますっ」
第一印象が大切だ、とわかってはいても、緊張してしまった。
見たところ、少なくとも自分の父よりは若いと思う。
父はもう五十歳を超えているが、この二人はどちらも明らかに若い。
なんなら三十代にも見えるくらいだ。
いくら何でも、それはないはずだが。
「こちらこそよろしく。しかしこんな可愛らしいお嬢さんだとは思わなかった。夏輝も隅に置けないね」
「ホントねぇ。どうやって仲良くなったのか……」
とりあえず悪い印象は持たれなかったらしい、と安堵する。
「まあ、時間ももったいないし、出発しよう。那月さんは後ろに乗ってください」
案内されたのは、大型のミニバン。丸みを帯びたフォルムが独特な車だ。
スライドドアが開いて椅子に座ると――かなり広い。
「そういえば、車酔いとかは大丈夫?」
「あ、うん。一応酔い止めも飲んでは来てるから、多分平気」
夏輝が気遣ってくれるのが嬉しい。
車酔いはあまりしない方ではあるが、久しぶりに乗るので念のために薬は飲んできた。車酔いでせっかくの旅行を台無しにはしたくない。
「では出すよ。シートベルトはしたね」
達季の声で、車が緩やかに走り出す。
ここから高速で五時間近くかかるので、長丁場だ。
途中、サービスエリアでお昼にするらしい。
もっとも、夏輝と一緒なら退屈する心配はないと思ったら――。
一時間後、どちらかというと明菜は少し疲れていた。
つい先ほどまで、春香のマシンガントークならぬマシンガン質問に曝されていたからだ。
「ごめん、母さんがこういうキャラクターだってのは俺も知らなかった。大丈夫?」
夏輝がすまなそうに謝る。
だが、彼のせいではないだろう。
それに――。
「う、うん。大丈夫。うちのお母さんもこういう感じだから。……そのうち覚悟してね」
母がまさにこういうタイプだ。母は北欧人と日本人のハーフだが、なぜかそういう性格である。多分これに人種は関係ないのだろう。
だから山北のことを話していなかったというのもある。
今度帰ってきたら、何を聞かれるか、というのは今から戦々恐々としているくらいだ。
そして――夏輝を連れていく事態になった場合は、嬉々として話をしまくる母が容易に想像できる。ちなみにこれに関してはストッパーはいない。
ようやく落ち着いて夏輝と話せるようになったので、先ほどから考えていたことを聞いてみた。
「それにしてもお母さんが春で、夏輝君が夏、苗字が秋。あと冬があれば春夏秋冬揃うね。なんか面白い」
「いや、揃ってる。兄さんの名前、冬に也と書いて
「すごいね。じゃあお父さんだけが違うの?」
「ともいえない。父さんの字、こう書くんだ」
夏輝がスマホの電話帳を見せてくれる。
そこには『秋名達
季節の『季』の字。いかにも中心である父親というべきか――。
狙ったわけではないだろうが、偶然とはすごい。
「四季一家だね、ホントに」
「まあ、これも単独だと分からないことなんだけど、家族揃うとね」
「私たちと一緒だね」
「確かに」
秋名夏輝と那月明菜。
ほとんどの人にとって、この名前は奇妙さを感じさせることはない、ごく普通の名前だ。
ただ二人そろった場合だけ、その名前が明らかに奇妙になる。
二年の時、席が隣になったのすら、必然だと思えてくる。
そうしている間に、車がサービスエリアに入った。
時刻は十一時過ぎ。
少し早いがお昼ご飯を食べた。
その後運転手が交替、さらに二時間ほど走って――目的地に到着した。
「うわぁ、気持ちいい」
かなり高地なのか、少しだけ空気が薄い気はするが、それよりも風が気持ちいい。
周囲は木々があまりなく、ごつごつとした岩場が多く見える。
とりあえず全員荷物を降ろした。
車から最後の荷物を降ろすと、なにやら夏輝がぶんぶんと頭を振っている。
「夏輝君どうしたの?」
「な、何でもない」
虫でもいたのだろうか。
とりあえずテントを持とうとするが――。
「あ、それは重いから持つよ。こっちお願い」
「あ、うん。ありがと」
先んじて夏輝が持ってくれた。
キャンプ場は適度に木はあるが、それほど多くはない。
そして先の方を見ると、ほとんど木がないエリアもあるらしい。
山間であるにもかかわらず、周囲を高山で囲まれている、というほどではなく、天体観測には理想的な環境だと思えた。
見たところ、他にテントはないので、完全に独占状態らしい。
とりあえずテントを張り始める。
テントは二つ。男性用と女性用だ。
夏輝と同じテントじゃないんだ、と思ったが――それを想像してから頬が熱くなった。さすがにそれは、まだ早い。
もっとも、夜にまた質問攻めに遭うのだろうかと思うと、ちょっとだけ怖いが。
テントの設営をやるのは明菜は初めてだったのだが、ほとんど手伝うことがなかった。せいぜいテントを固定するための杭――ペグというらしい――を三人に渡す係をやっただけだ。
このあたりの手際は、特に夏輝の両親が素人目に見ても明らかに良い。
テントを張り終えて水の確保なども終えると、時間はもう十六時。
そのまま夕食の準備を開始するらしい。
キャンプ定番だがバーベキューだ。
食材が巨大なクーラーボックスから大量に出てきたときは、ちょっと驚いた。
夕食の準備開始まで少し時間があるので、夏輝が夜のための観測ポイントを探しに行く、というのでついていくことにした。
「ホントに涼しいね。陽射しがあるから暑いとは思うけど、風が気持ちいい」
陽射しは暑いが、空気は乾いていて風がとても涼しく感じる。
話によると、夜はもっと涼しくなるらしい。
「だな。ホント都会とは違うというか。さっき川があったから水に触ってみたら、むしろ冷たいと思うくらいだった」
「え。いいな、それ。どこ?」
「あっち。行ってみる?」
「後でいいかな。明るいうちに、ポイント探したいでしょ?」
「ああ、そうだな」
とりあえず木々が少し多いエリアを抜けると――開けた場所に出た。
地面の様子は、どちらかというと岩がごつごつとあって少し歩きにくい。
夜にここに来るならライトは必須だろうが――。
「あ、夏輝君、あの岩、どうかな?」
少し先に、平たい大きな岩がある。
足元に気を付けて上に乗ると、風雨によってか、表面はむしろ滑らかな感じでごつごつしたところもなく、二人寝転がってもまだ余裕があるほどに広い。
「これいいな。この上なら、虫とかもあまり気にしなくてよさそうだし」
「いいところ見つけたね」
周りを見ても、木々や山で空が遮られることはほぼない。
目的の流星群は全天で見られるのが特徴なので、空が大きく開けているここは理想的だと思う。
「じゃ、そろそろ戻ろうか」
「うん」
夏輝が手を出してきてくれた。
足場が悪いから、転ばない様に、という配慮だろうが――。
手を繋げることが嬉しくて、思わず両手で包み込むように掴んでしまう。
「明菜さん?」
「えへ。ちょっと手が冷えたかなぁ、と思って」
夏輝が困ったように笑う。
そのまま二人は、手を繋いでテントまで戻っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
戻ると、両親がすでにバーベキューの準備を始めていた。
明菜も手伝おうとしたのだが、夏輝に止められてしまう。
「火を点けるのは……うん、任せていいよ」
そういうので見ていると――あっさりと炭が紅くなり始めた。
炭に点火するのは結構難しい、と行く前のキャンプのノウハウサイトにあったが、これが経験の差か、と驚く。
時刻はすでに十九時。
日はすでに落ちていて、東の空から少しずつ夜の色が濃くなっていく。
それと同時に――。
「うわぁ……星、凄い」
東の空で次々と星が瞬き始めた。
その数は一瞬毎に増えていく。
それはまるで、星の絨毯が空で広げられているかのようだ。
「さて、先にご飯にしよう。その後は二人は……このキャンプ場内なら、安全だからどこに行ってもいいよ」
それなら、やはり先ほど見つけた場所に行くのがベストだろう。
夏輝を見ると、やはり同じ考えのようだ。
「と、あと……さすがにこういう場所だと、ケーキってわけにはいかないけど。夏輝、明菜ちゃん。お誕生日、おめでとう」
言われてから、あ、と声を上げた。
出るときは覚えていたのだが、着いた後はすっかり忘れていた。
夏輝を見ると、彼も忘れていたようだ。
わざわざプレゼントも持ってきていたというのに、すっかりキャンプでテンションが上がっていたらしい。
「ホントはプレゼント、と行きたいんだけどまあそれは戻ってからで」
春香の言葉に、二人は同時に首を振った。
「俺はいいよ。この星空で十分すぎる」
「私もです。なんかこれ以上って、無理な気がします」
そうしている間にも、空は無数の星の煌めきで満たされていた。
この美しさは――もはや言葉にもできない。
「すごく、きれい」
「……うん」
明菜は、自然と夏輝の手を取っていた。夏輝もまた、それを優しく握り返す。
煌めく星々が、その二人を優しく照らしていた。
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すみません。
あまりに長くなりそうなので分けます。
続きはほどなく公開されます。
ちなみに車はエスティマです(うちと同じ)
この車、今では廃盤なんですよね……復活プリーズ(関係ない)