これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
深い深い森の中。
まるでいつも夜であるかのような森の中。
遠くで獣の声がする。
近くで虫のかすかな声がする。
風がさわさわと葉を揺らし、
いつも眠っているような、何かを包んでいるような、
そんな名も無き森だ。
家具屋入道はいつものように家具を運んで歩いていた。
この森には、時々家具を必要とするものがいる。
狐狸に化かされたかと思ったこともあったが、
今は兎と狼の友人がいる。
詳しい説明は省くが、家具屋入道は、家具を運ぶ。
運べるほどに力持ちなのだ。
家具屋入道は、それなりに重い家具を持って、のっしのっしと歩く。
何もない森というべきだろうか。
いや、暗がりの向こうに何かある森というべきだろうか。
生きている音がするし、
眠るように静かな気配もする。
家具を持ちながら歩く先に、月明かりが漏れた場所が少し。
そこに、いつのまにやら人が一人。
気配はなかったはず。
気配のない迷子かもしれないと家具屋入道は思う。
「もし」
家具屋入道は声をかける。
「迷われましたかな?」
人は小柄な人だ。
小柄ではあるが、普通の人かもしれない。
ただ、この森のこんな奥にたたずんでいるのは、
多分、町にいるような普通とはちょっと違うだろう。
「僕は、ウツロ」
人は名乗った。少年の声だと入道は思った。
「ウツロ殿、迷われましたかな?」
「うん、いろいろよくわかんなくなった」
「わからなく?」
「僕はどうしているのか、何かを探していたはずなのに、わからない」
「ふぅむ、それはお困りでござろう」
「多分困ってるんだと思うけど、それもなんだかよくわかんない」
「大変でござるな」
入道はちょっとだけ考え、
「ウツロ殿、拙僧この奥の店に所用がござる」
「行っちゃうの?」
「いや、ウツロ殿も共にいかがでござろうか」
「うん」
ウツロはうなずき、
家具屋入道は先にたって歩き出した。