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第500話 虚

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


深い深い森の中。

まるでいつも夜であるかのような森の中。

遠くで獣の声がする。

近くで虫のかすかな声がする。

風がさわさわと葉を揺らし、

いつも眠っているような、何かを包んでいるような、

そんな名も無き森だ。


家具屋入道はいつものように家具を運んで歩いていた。

この森には、時々家具を必要とするものがいる。

狐狸に化かされたかと思ったこともあったが、

今は兎と狼の友人がいる。

詳しい説明は省くが、家具屋入道は、家具を運ぶ。

運べるほどに力持ちなのだ。


家具屋入道は、それなりに重い家具を持って、のっしのっしと歩く。

何もない森というべきだろうか。

いや、暗がりの向こうに何かある森というべきだろうか。

生きている音がするし、

眠るように静かな気配もする。

家具を持ちながら歩く先に、月明かりが漏れた場所が少し。

そこに、いつのまにやら人が一人。

気配はなかったはず。

気配のない迷子かもしれないと家具屋入道は思う。


「もし」

家具屋入道は声をかける。

「迷われましたかな?」

人は小柄な人だ。

小柄ではあるが、普通の人かもしれない。

ただ、この森のこんな奥にたたずんでいるのは、

多分、町にいるような普通とはちょっと違うだろう。


「僕は、ウツロ」

人は名乗った。少年の声だと入道は思った。

「ウツロ殿、迷われましたかな?」

「うん、いろいろよくわかんなくなった」

「わからなく?」

「僕はどうしているのか、何かを探していたはずなのに、わからない」

「ふぅむ、それはお困りでござろう」

「多分困ってるんだと思うけど、それもなんだかよくわかんない」

「大変でござるな」

入道はちょっとだけ考え、

「ウツロ殿、拙僧この奥の店に所用がござる」

「行っちゃうの?」

「いや、ウツロ殿も共にいかがでござろうか」

「うん」


ウツロはうなずき、

家具屋入道は先にたって歩き出した。

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