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第501話 微弱

妄想屋の夜羽は、耳に届く歌を頼りに歩く。

本当に、微か、微弱というのか。

それでも決して忘れられない、すばらしい音楽。

多分誰にも聞こえていなくて、夜羽だけがこの音を拾えた。

歌姫が呼んでいると夜羽は思う。

直感のようなものではあるが、

勘のいい探偵よりは、精度は落ちるだろう。


夜羽は暗い町を歩いている。

どの町なのか、夜羽は意識していないで、たどり着いた。

ぼろぼろの貼紙が貼られているような気もするし、

あるいは、天気が良くなくて、雨が降りそうでもある。

または、探偵が以前言っていた、

アイスクリームがおいしい町かもしれない。

とりあえず寂れた暗い町。

夜羽はそこを歩く。


耳に新しい歌が届いているはずなのに、

それはとても微弱で。

鼓膜を震わせているのかもわからず。

ただ、歌が、歌姫の歌が届く。

脳が聞いているのだろうか。

全てをショートカットして、脳が直接聞いているような気もする。


どうして、とは、あまり考えない。

全てが妄想だということもある。

夢かもしれない。

この妄想屋の存在自体が微かな夢のようなもの。

確固たる何かがあるわけでない。

だから、だろうか。

夜羽はちょっと考える。

だから、夜羽はちょっとでも覚えていて欲しいと願うし、

だから、この歌は夜羽の元に届いたのかもしれない。

この歌も、歌姫も、

「いる」ということを覚えていて欲しい、微かな存在なのかもしれない。


暗い町の中。

夜羽は一人ぼっちでたたずむ。

耳には歌姫の歌。

どんな見知らぬ場所にいても、

今、目指すものがあれば歩ける。

歌姫が呼んでいる。

夜羽と同じように微かな存在かもしれない、

歌姫が呼んでいる。


何ができるというわけではない。

歌姫に逢って、何ができるわけでもない。

存在の不確かな夜羽に出来るのは、

多分、歌の礼を言うことだけ。

歌姫が求めるものではないかもしれない。


微かで弱い存在だから。

何かを求めるし、傍にいて欲しいと思う。

夜羽はそんなことを思う。

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