妄想屋の夜羽は、耳に届く歌を頼りに歩く。
本当に、微か、微弱というのか。
それでも決して忘れられない、すばらしい音楽。
多分誰にも聞こえていなくて、夜羽だけがこの音を拾えた。
歌姫が呼んでいると夜羽は思う。
直感のようなものではあるが、
勘のいい探偵よりは、精度は落ちるだろう。
夜羽は暗い町を歩いている。
どの町なのか、夜羽は意識していないで、たどり着いた。
ぼろぼろの貼紙が貼られているような気もするし、
あるいは、天気が良くなくて、雨が降りそうでもある。
または、探偵が以前言っていた、
アイスクリームがおいしい町かもしれない。
とりあえず寂れた暗い町。
夜羽はそこを歩く。
耳に新しい歌が届いているはずなのに、
それはとても微弱で。
鼓膜を震わせているのかもわからず。
ただ、歌が、歌姫の歌が届く。
脳が聞いているのだろうか。
全てをショートカットして、脳が直接聞いているような気もする。
どうして、とは、あまり考えない。
全てが妄想だということもある。
夢かもしれない。
この妄想屋の存在自体が微かな夢のようなもの。
確固たる何かがあるわけでない。
だから、だろうか。
夜羽はちょっと考える。
だから、夜羽はちょっとでも覚えていて欲しいと願うし、
だから、この歌は夜羽の元に届いたのかもしれない。
この歌も、歌姫も、
「いる」ということを覚えていて欲しい、微かな存在なのかもしれない。
暗い町の中。
夜羽は一人ぼっちでたたずむ。
耳には歌姫の歌。
どんな見知らぬ場所にいても、
今、目指すものがあれば歩ける。
歌姫が呼んでいる。
夜羽と同じように微かな存在かもしれない、
歌姫が呼んでいる。
何ができるというわけではない。
歌姫に逢って、何ができるわけでもない。
存在の不確かな夜羽に出来るのは、
多分、歌の礼を言うことだけ。
歌姫が求めるものではないかもしれない。
微かで弱い存在だから。
何かを求めるし、傍にいて欲しいと思う。
夜羽はそんなことを思う。