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帰りたい(317回目)  虫の知らせは撤退命令


 魔女・ルールと共にいたラディウスという男性が再び瞑想に入るのを待って、私は幹部の2人に連絡をした。


「敵の情報が何となく掴めました」

「教えてくれ。この基地に入ったときから感じている猛りの正体は何だ?」

「エリー、私から伝えるわ」


 私が口を開こうとすると、ハーパーさんがそう私を制した。

 そして少し緊張した面持ちで、慎重に言葉を伝える。


「その基地にいるのは、ノースコルの魔人/魔女の2人。

 序列第六【紅玉の魔女】ルール・ネクと、序列第四【翠玉の魔人】ラディウス・ラドルライザーよ」

「っ──────!!」


 周りの空気が、一気に張りつめる。その言葉の重さを、少しだが理解できた。



「ラディウス・ラドルライザー、確か15年程前までノースコル軍の参謀総長をやっていた人ですよね。

 その後、国王直属の魔人になってから、公的な消息が途絶えたんでしたっけ……?」

「嬢ちゃん、若いのによく知ってんな!」

「バルザムきょ──に彼の兵法をよく暗記させられました」


 今思えば戦争を嫌うバルザム教官だからこそ、すさまじい勝率を叩き出していたラディウスの兵法には、なにか思うところがあったんだろう。



「あぁ、ヤツはノースコルの元軍師。いざ同じ条件での大戦になれば、やつを下すのはほぼ不可能だろうぜ」

「そんな……」


 王国最強の兵士がそう言いきってしまっては、私なんかがここに座ってどうにか出来るはずもない。

 もうすぐにでも誰かに代わって欲しくさえある。



「しかし、妙だね。何故、彼の軍師がここに? この基地で軍を引き連れているわけでもなさそうだけれど」


 リアレさんの疑問はもっともだ。もしここに彼が率いれる程の軍隊があれば危険極まりないけれど、ここに来るまでに潜入隊が遭遇した敵もごく少数だった。


「これは私の主観なんですけど、彼はこの施設を研究所として率いているように見えました」

「研究なぁ……」


 アルフレッドさんがそう言って考え込む。何か、心当たりがあるらしい。


「確かにそうかもなぁ。ここは何かを研究する施設でもあるように見えるぜ。それも軍法とかそういうんじゃなく、生物的な何かを研究してるみてぇだ」

「ここへ来る途中も、それらしき設備はありましたね」

「お嬢ちゃんからのあの・・情報も踏まえると、大体の目的は絞れそうな気がするぜ」


 幹部2人の意見も一致しているらしい。今のところ断定はできないけれど、基地が生物的な研究を行っている可能性は高そうだ。



「あともうひとつ。部屋で彼は、監獄の人質からエネルギーを吸収するのに尽力していて、動けないようです。なのでこの施設の警備はルールに一任しているようでした。

 【怪傑の三銃士】の誰かを押さえ込むのに、苦労しているようです」

「あの男が捕まっているなら、簡単には殺せず手を焼いてるのも頷けるな」


 多分、私とアルフレッドさんは同じ顔を思い浮かべた。

 今、彼を食い止めているのはきっと、【怪傑の三銃士】リーダーのライルさんだ。


 まだ生きていたのか────



「ルールは、彼を無力化するのにあまり時間がかからないといっていました。おそらく監獄でその人は重傷でしょう」

「セルマがいるなら大丈夫だよ、きっと地上まで彼らを無事に運んでくれるはずだ。

 つまるところ僕たちの仕事は、全力でその強敵を食い止める事。何も変わってないね」


 恋人への信頼をさらっと口にするリアレさん。

 本人いなくて良かった、いたら今頃パニックになってた。


「ラディウスは索敵においても最強格だ。もしあいつがこの基地にいるなら、どんなに隠密魔法を使おうと、森に踏み入った瞬間、場所は筒抜けだったろう。

 ヤツの名を聴いた時それが引っ掛かったが、そういうことだったんだな」

「彼が警備に力を回せていないことが、私たちにとって追い風になってると……?」

「あぁ。嬢ちゃん、アンタ持ってるよ。襲撃のチャンスは、やはり今しかなさそうだ」


 本当に持ってたら、私はこんなところにいないんじゃないかという屁理屈は置いておいて。



 するとちょうど、セルマ達と潜入隊が、監獄のある部屋の前まで来たようだった。

 すると潜入隊のひとりから、呟きが聞こえた。


〈あぁ、ここまで順調に行きすぎている。幹部方と別れた時点で、本格的な戦闘になるものと思っていたが……〉

「その問題なら、解決済みです。どうやら現在敵の基地が手薄な状態だったようです」


 情報を共有し、手筈通り準備についてもらう。



「彼らが監獄の前に到着しそうです」

「あぁ、オレらもラディウス達のいる部屋へ戻ろう」


 さすがに監獄へ入ってしてしまえば、敵にも潜入はばれるだろう。

 その前に幹部達を魔人/魔女へぶつけ、混乱に乗じて人質を解放する作戦だ。


「リアレ君、いっこお願い聞いてくんねぇかな?」

「何でしょう?」

「ラディウスはオレにやらせてくれ」


 そう言うアルフレッドさんの瞳の奥には、滾る炎が揺れている。

 【最強の戦士】の本気が垣間見える────


「分かりました、僕はルールを相手すればいいですね。合図と同時に、飛び込みましょう」



 そして2人が例の研究室の前にたどり着いた。

 ラディウスはまだ瞑想中、ルールは先ほどの本を読み返しながら、紅茶にムセている。


 幹部達はお互いの準備完了を確認し、アルフレッドさんが指で潜入開始の合図を送る。



 そしてカウントがゼロになった時、画面からリアレさんが消えた!



「がはっ────!」


 そして次の瞬間、心臓を手刀で貫かれ、地面に倒れ混むルール。

 “精霊天衣”をしたリアレさんの超スピードの攻撃が、ルールを撃ったのだ!


「くそ、貴様!!!」

「てめぇの相手はこっちだ、筋肉だるま!」

「っ!!」


 一瞬遅れて、アルフレッドさんの蹴りがラディウスに迫る。

 それを彼は腕で受けるが、耐えきれずに吹き飛ばされる。


「がっ!」


 しかし壁に叩きつけられた瞬間さらに迫るアルフレッドさんの攻撃は、素早い身のこなしで躱す。

 かつて名を馳せた軍師、そう簡単に命まではとらせてくれないか────



 一方リアレさんはルールの胸から腕を引き抜くと、その様子を確認した。


「対象の沈黙を確認。これでいいのかな、アルフレッドさん……!」

「上等だっ! やるじゃねぇか、リアレ!」


 雷を彷彿とさせる彼の“精霊天衣”に、アルフレッドさんがニヤリと不適に笑う。


「コイツはオレが止める! リアレはもう一方の援護に回れ!」

「そう簡単に言われちまったらこのオレの立つ瀬が無い。この基地でこれ以上自由に出来ることなどないと思え!」


 ラディウスは壁際に交替すると、懐から何かを取り出し叫んだ。


「全館に通達! 侵入者あり、総員直ちに抜け道から待避し、森外へ脱出を図れ! 研究成果は破棄魔法展開をし、人質は置いていけ!

 なお外にも敵がいる可能性を考慮されたし! このオレの護魔兵ごまへい一同は他職員の逃走経路確保を最優先に!」

「通信機器か!? いや────」


 彼が持っていたのは、ワームのような虫だった。

 魔物の一種のようでそれで職員に連絡が出来るらしい。


「不意打ち、盗み聞きとは趣味が悪いな、アルフレッド」

「人様の足元に秘密基地作ってよく言うぜ。何十年ぶりだ、モグラ野郎が!」

「ふっ────フハハハっ!」


 2人の攻撃がぶつかり合い、地下基地が揺れる。

 こんな戦いを続けたら、建物が持たない!



「てめぇを外に引きずり出して、日向の眩しさ思い出させてやるよ! “バレット・インパクティア”!!」

「ぐっ!!」


 アルフレッドさん渾身の拳を、それでもラディウスは防御しようと腕で受ける。

 しかしその威力に押され、徐々に身体が後退する。


「ぐっ、ががっ!!?」

「ぶっとべ!」



 そして威力に押されたラディウスが後方に吹き飛び、何十枚という壁を突き破っていった。


「ラディウス・ラドルライザー! てめぇとの決着、ここでつけるぞ!!」

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