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第142話冒険へ01

エリーと話した翌日。

自分の中で覚悟を決めたからだろうか。

その日からはどこか意気揚々といった気分で準備を進めていく。

エリーとの距離はそれまでよりも縮まりったが、それと同時になんとも言えない気恥ずかしさのようなものを感じるようにもなっていた。

そんな嬉し恥ずかしといった感情をどこか喜ばしく思う自分を自分でもおかしく感じながら目の前の仕事を進めていく。

そしていよいよ、私たちは未知なる冒険へと旅立つその日を迎えた。


朝。

玄関先に集合して、それぞれが挨拶を交わしさっそく最終的な確認をしていく。

そんな作業が終わり、そろそろ出発という時、エリーが私の傍までやって来た。

「あの…」

と言いつつ、少しもじもじしているエリーに、

「どうした?」

と訊ねる。

するとエリーは思い切ったような感じで私左手を握り、その手を自分の胸元へと持っていった。

「え?」

と驚く私に向かってエリーが、

「…念を入れております」

と少し恥ずかしそうに言う。

その念を入れているという私の手元を見れば、そこにはエリーが作ってくれた革製の腕輪があった。

「ありがとう」

と微笑んで思わずエリーの頭に右手を置く。

するとエリーは恥ずかしそうに、しかし、どこか嬉しそうな笑顔で微笑むと、

「お帰りをお待ちしております」

と私を見つめながらいつものように柔らかい声でそう言葉を掛けてきてくれた。

「ああ。カレーを楽しみにしている」

と、冗談を言ってエリーを優しく抱き寄せる。

そして、

「絶対に帰ってくるさ…」

と自分の決意を改めて伝えると、私たちはその軽い抱擁を解き、お互いに照れたような微笑みで出立の挨拶を交わした。

そんな私たちに周囲から温かい目が向けられている。

私はその視線に少し、いや、かなり照れつつも、

「じゃぁ、行こう!」

と明るく声を掛けてライカに跨った。

「きゃん!」

「ひひん!」

とやる気に満ちた声が上がる。

そんな声に続いて、ナツメとジェイさんが、

「にゃぁ」(ははは。みな、元気じゃのう)

「ああ。楽しい冒険になりそうだぜ」

と、どこか嬉しそうに微笑みながらそう言った。

「ははは。油断するでないぞ?」

とベル先生が、朗らかに窘めるようなことを言ってくる。

私はそれに、

「ああ。カレーが待っているからな」

と冗談を返すと、全員が「はっはっは」と笑い声を上げて、その場がなんとも明るい雰囲気に包まれた。

「じゃぁ、いってきます。後のことは頼みましたよ」

と父に声を掛ける。

それに父が、

「うむ。任せておくがいい」

と言ってくれたのに私はしっかりとうなずくと、

「出発だ」

と軽く号令を発し、ライカに前進の合図を出した。


長閑なあぜ道を進む物々しい一行の様子に村人たちからの視線が集まる。

私はそれに、なるべく気さくに手を振りながら、

「いつもの調査だ」

というようなことを言って、村人を安心させてやりながら進んでいった。

やがて、森の入り口から少し入った所で野営になる。

そこには衛兵隊が何人か配置されていて、すでに設営は終わっている状態だった。

すぐに出て来た衛兵隊特製のトマトスープをいただきゆっくりと体を休める。

いつもと変わらず私に甘えてくるコユキやライカと戯れながら、私はのんびりとした気持ちでその夜を過ごした。

その翌日。

そろそろ西日が差してこようかという時間になって、いつもフェンリルと会う場所に到着する。

「待っていましたよ」

といつものように後ろから声を掛けられ、私は、

「ああ。突然すまんな」

と苦笑いしながら、後ろを振り返った。

私の胸元でコユキが、

「きゃん!」

と鳴いたので、まずはコユキを母のもとに帰す。

そして、親子の対面がひとしきり終わったところで、ナナオを紹介した。

「お初にお目にかかる守護獣、フェンリル様。オーガ族武士団筆頭、ナナオと申す」

と、かしこまって自己紹介をするナナオにフェンリルが、

「オーガと会うのはどのくらいぶりでしょうね…。あれは息災?」

と聞いた。

その問いに、

「は。変わらず我が国を見守ってくださっております」

とナナオが答える。

私は、

(はて。あれ、とはいったいなんだろうか?)

と思いつつも、そこはあえて聞かず、二人の挨拶が無事終わるのを見守った。

やがて、挨拶も終わり、私が今回の調査の概要をフェンリルに説明する。

私の話を聞いてフェンリルはあからさまに厳しい表情になったが、最終的には、

「任せましたよ。無事に帰ってきなさい」

と慈しむように激励の言葉を贈ってきてくれた。

やがて、とっぷりと日が暮れたところでいつものようにフェンリルが消える。

そして私はいつものように寂しそうにしているコユキを抱き上げると、

「今日はミーニャのスープだぞ」

と励ますような声を掛けて、優しくその背中を撫でてあげた。

その夜も、静かに時を過ごす。

私はその美しく輝く初夏の星空を見上げ、こんなにも静かで美しい夜空ならいつまでも眺めていたいものだと心から思いつつ、コユキとライカの温もりを感じ、自然と目を閉じた。


翌日は、出来る限り進み、フェンリルの縄張りの端で野営にする。

夕食後、軽く地図を広げながら今後の行程を確認し、

「ここまではフェンリルの縄張りだ。明日からはやや厳しい行程になるだろうからそのつもりでいてくれ」

と一応、ナナオに確認してみた。

その言葉にナナオが静かに、しかし、引き締まった表情でうなずく。

私もそれにうなずき返してゆっくりとお茶を飲んだ。

その日も夜は静かに更けていく。

私は、

(いよいよか…)

と思い緊張する気持ちもあったが、

(いや。まだまだ序盤だったな…)

と思い直して静かに苦笑いを浮かべると、その日もコユキとライカの温もりに包まれてそっと目を閉じた。


翌日からは慎重かつ大胆に進んでいく。

今回の目的はあくまでも調査だ。

すでに調査済みの地点はなるべく早く抜け、まだ見ぬ森の奥を目指すことになっていた。

時々、

「ぶるる…」(遠くに何かいるよ…)

とか、

「きゃぅ…」(くちゃい…)

というライカやコユキの感覚を頼りにしながら、ゴブリンなどの小物はなるべく避けて先を急ぐ。

そんな様子を見て、ナナオが、

「なんとも便利なものだな…」

と感心したようにつぶやくのを少し自慢げな気持ちで聞きつつも、私たちは順調に行程を重ねていった。

そして、4日後。

そろそろ魔獣との戦闘が避けにくい状況になってくる。

「ぶるる…」(こっちに来てるっぽいよ…)

と心配そうに言うライカを軽く撫でてやりながら、

「たくさんいるか?」

と聞き返す。

その問いにライカは、

「ぶるる…」(けっこういるっぽい…)

とまた不安そうに答えたが、私は努めて明るい声で、

「こっちに何か向かってくるらしい。なるべく開けたところで応戦しよう」

と言い少しでもこちらが有利になる場所を探して歩を進めた。

やがて、森の切れ目に出る。

斜面もあって足場はそれほど良くないが、それでも開けた草地だから森の中で戦うよりはましだろうということを思って、

「よし。ここで迎え撃とうと思うがどうだ?」

と全員に確認するように問いかけてみた。

「おうよ!」

とジェイさんから真っ先に返事がくる。

他のみんなも同様にうなずいたのを見て、私たちはそこで馬を降り、戦闘態勢をとった。

馬たちをライカとハンス、ミーニャに任せて私とベル先生、ナツメが後衛、ジェイさんとナナオが前衛というふうに分かれる。

そして、しばらく様子を見ていると、森の中からドシドシという足音が聞こえてきて、どうやらオークらしい影がいくつもこちらに向かってくるのが見えた。

「豚か…」

と私の横でベル先生がつぶやく。

そして、次の瞬間私の隣で一気に魔力が高まるのを感じた。

私も遅れずに集中して魔力を練り上げていく。

そして、そろそろ射程に入るか?という所でまずはベル先生が何十発もの光の矢を放った。

それを合図にジェイさんとナナオが飛び出していく。

私もそれに続き、前衛と後衛の中間くらいの位置に立つとそこで刀を抜き、前衛の間を抜けてこちらに迫ってくるオークをこれ以上は通さないとばかりにその刀にかけていった。

慎重に動きつつ前線の様子を見る。

ナナオの剣技は遠目に見ても凄まじく、

(やはり上には上がいるものだな…)

と感心しながらも、私は、

(よし、これなら安心だな…)

とどこか頼もしい気持ちで目の前の相手に集中していった。

やがて、魔法が止み、ジェイさんとナナオの動きも止まる。

私はそれを見て、

「ふぅ…」

とひとつ息を吐きつつ、とりあえず前線の二人の方へ向かっていった。


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