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No.21 最終話『隣に座ってもいいですか』- 3



「…どうぞ」

「……。」


結局冷静になって出た言葉はたった三文字にしかならなかった。

本当に考えたのかと疑いたくなるような答えでも、私にとっては精一杯の答え。


両目を覆っていた手を離して、あの頃のように彼の座れるスペースを作る。

置いていた鞄を膝へ乗せて、開いていたアルバムを勢いよく閉じた。


顔を俯かせたまま鞄に仕舞い込み、自分の頬に冷たい感触が残ってないかを確認する。

頬が乾いていてほっとしたのと同時に、声をかけてきた相手が隣へと腰を下ろした。


「ここ、俺の思い出の場所なんですけど……幼い頃この辺の遊具で遊びまくってて」

「……。」


相手の顔は、不自然なほど視界に入れることが出来ない。

返事をしたくても、良い答えが浮かんでこない。


ぐっと黙り込んでいる私の心情を察したのか、相手の方から打開策を提案してくれた。


「会っていきなりなんですけど…俺の悩み聞いてくれませんか?頷くか首振ってくれるだけで良いんで」


コクンと首を縦に2度以上振ってしまう。

話したくないわけじゃないことを懸命にアピールすれば、向こうがほっとしているのを空気で感じた。




「俺、3年前……付き合ってた彼女と別れたんですけど」

「…?!」


バサバサバサ、と足元で荷物が散らばっていく。

膝に置いていた鞄が口を開けていたことで、落とした拍子に写真やアルバムをまき散らしてしまった。


普通なら、拾い集めることを優先する。


けど散らばったものは仕方がない。すぐに拾おうが後から拾おうが、被害は同じ状態で何も変わりはしないのだから。


それよりも大事なことは、今隣に座っている彼の話の方だ。


「な、な、何で?!」

「えー、俺まだ悩み相談してない」

「そ、その前に答えて!何で高橋さんと別れちゃったの?!」

「何でって…」


たぶん、理由はひなと同じだと思うよ。


そう呟きながら、足元に散らばった写真を拾い上げて困ったように微笑まれる。

2人で写っているその写真に眉尻を下げて笑いながら、じっと目を離そうとしない。


自惚れじゃなければね、と呟いた口角は徐々に下がっていって、かと思ったら今度は思い切り上がりだす。


やっと写真から目を離したと思ったら今度は私の目を捉えていて、久しぶりに彼の顔を真正面から見ることになった。


あの頃とあまり変わらない。

明るくて優しくて、眩しすぎる愛しい笑顔。


「ひな、やっと俺の顔見た」

「…!」

「拾いながら話すから、また…最後まで聞いてて。ちゃんと説明出来るかわかんねェけど…ちゃんと聞いてて」


懐かしい言葉で念押しをされて、ぐっと聞きたかったことを自分の中に押し戻す。


声を出さなくていい。首を横に振ったり頷くだけで良い。

そう最初に言ってくれたことを実行しようと、コクンと大きく首を縦に振ってみせる。


一枚一枚拾い上げてくれる写真達を目で追いながら、私はアルバムや他に散らばったものを片付け始めた。


「…別れを切り出したのはお互いだった。向こうに好きな相手が出来たことも大きな要因だったけど、そうさせたのは俺が原因だと思う」

「……。」

「付き合って半年も経ってない時に…高橋にこう聞かれたことがあった」


付き合いたての頃、もし私がイジメられてなかったとしても…大宮くんは、私のこと好きになってくれてた?って。


そうはっきりと私に話した翼の顔は、写真を拾い上げる動作のせいで見え辛かった。


数秒沈黙が続いた後、翼が散らばった写真を全部拾い終わって立ち上がる。

束になった写真を手にベンチへと戻っていく翼へ、ありがとうとお礼を言いながら隣に腰を下ろした。


「俺…何も答えられなかった。正直自分でもわかんなかったから」

「わ、わかんないことないじゃん!翼は高橋さんのことが好きで、イジメられてなかったらどうかなんてそんなの関係な…」

「ひなは、俺が良いって言うまでしゃべんの禁止」

「ッ…わかった」


あの頃と同じように、無理に口角を上げて笑いながら言われた言葉。


遮られたことが悔しい反面、懐かしくて嬉しくて…堪らなく愛しい。

君の愛しい笑顔を見るだけで、君の優しい声を聞くだけで、こんなにも心が嬉しいと叫んでる。


「…高橋にその質問された時、ちゃんと俺も真剣に考えた」


高橋のことを好きだと思ったきっかけは、何だったかって。


他の奴にイジメられるとわかってても、高橋は俺に想いを伝えてくれた。

イジメられても、真っ直ぐ俺に向かってきてくれた。


どんなにイジメられても、俺の目を見て笑って好きだと言い続けてくれた。

だから大切にしてやりたいと思った。守ってやりたいと思った。


じゃあもし、高橋がイジメられてなかったら…?


そう思った瞬間、何も言葉が出てこなくなった。


「…同情だって言われた。それは愛情なんかじゃない、同情だって…俺、その時も否定出来なかった」

「そんなことな…」

「ひな」

「…はい」


ついつい挟んでしまう口を両手で覆って、なんとか出そうとしていたものを抑え込む。


どうしても否定したくなる翼の話にぐっと耐えながら、恐る恐る下から上へと目線を上げて相手の顔を見た時だった。

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