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第165話、地下保管庫の中


 昼に訪れた時、参拝客で溢れていた大聖堂も、夜ともなればしんと静まり返っていた。

 見張っていた神官の姿すらない。


「誰もいない」


 ラトゥンは注意深く振る舞いながら、二階部から礼拝堂の一階を見下ろした。巨大神像が立ち、長椅子が整然と並んでいる中、人や生き物の気配は皆無だった。


「行事がなければ誰も使わない、そういうことなのだろう」


 見張りの一人もいないというのは、外の警備だけで充分というのと、この礼拝堂周りに、聖教会の悪魔たちが本気で守らなければならないものがないということだ。


 ラトゥンとエキナは、一階に降りる。他の教会と同様に、地下への入り口があって、口が開いていた。


「ドリトルたちが入ったのは間違いない」


 覚悟はいいかとばかりにラトゥンが見れば、エキナは頷いた。

 用心しつつ、隠し階段を下り、地下へ降りる。


「……あまり地下って気がしないな」


 漆喰の天井や壁は、普通に建物の中のようだった。地下だから窓がないのは当然なのだが、地下を感じさせない雰囲気を醸し出している。


 これまでの教会は、礼拝堂と地下はまったく別の顔を見せていた。だがここの地下は、大聖堂とそのまま繋がっている印象を与える。表も裏もなく、たとえ聖堂から一般人が迷い込んだとしても、そのまま見せてしまえるような、そんな感じだ。


 ――まあ、錯覚だろうがな。


 地下、それも保管庫ともなれば、表には出せないものも、ゴロゴロしているに違いない。


「わかりそうですか?」


 エキナが確認してくるので、ラトゥンは曲がり角の手前の壁に刻まれた数字を見ながら頷いた。


「たぶんな」


 保管庫までの道は、ドリトルたちが戻ってくるのを待っている間に暗記した。

 前に片羽根メンバーが通過しているだろうが、聖教会の警備などに遭遇すると面倒なので警戒しつつ進む。


「……綺麗ですね」


 エキナが眉をひそめた。


「片羽根のハンターたちが先行しているはずですよね? 戦闘の形跡とか、まるでないのですが」

「確かに」


 ここまで戦いがあった跡はなし。武装神官なり、ハンターなりの死体もなければ、血が飛び散ったような痕もない。


「保管庫だけではないから、警備もそれなりだと思っていたんだが……」


 そうであれば、どこかで片羽根と聖教会の神官が出くわして戦闘をしていてもおかしくない。まさかドリトルたちは、侵入が発覚しないように倒した敵の痕跡を消しているのだろうか。


「最近は、何をやっても嫌な予感がするな」

「そうなのですか?」


 エキナの問いに、ラトゥンは苦笑する。

 さらに先を進むが、やはり聖教会の警備員の姿はなかった。ここまで来ると、片羽根は本当に地下保管庫に向かっているのかさえ疑わしくなってくる。


 敵も、味方も、どちらの姿を見かけることなく、階層深く潜っていく。そして――


「ここだ」


 とうとう地下保管庫の前まで着いてしまった。


「本当に嫌な予感がしてきた」


 ここまでドリトルたちの姿を見ることはついぞなかった。奇跡の石を手に入れるために侵入したはずの彼ら片羽根がいないというのは、異常事態である。


 聖教会の警備に引っかかり、やられたとも考えにくい。地下で騒ぎになれば、地上も同様に騒がしくなり、警備が強化されただろう。表にいたラトゥンたちでも何かあったと気づけたはず。

 エキナは首をすくめた。


「もしかして、片羽根の人たち、途中で迷子になっちゃって、わたしたちが追い抜かしてしまったのでは……?」

「……それも考えにくいな。なくはないかもしれないが」


 ラトゥンにしろ、ドリトルから渡された地図を熟読した。彼も同じく地図とその数字を参考にしているはずだから、それで迷子になるようなら、同じ手順で動いているラトゥンもまた迷子になる確率が高くなる。


 ――アリステリアではないが、運よく正解を引き当ててしまったのか?


「どうします、ラトゥン?」


 辺りを見回しながらエキナは聞いてきた。先行しているはずの片羽根がいない。しかし保管庫は目の前である。

 ラトゥンは、すっと手を伸ばす。金属の質感。保管庫の扉は大きく、大荷物を抱えて出入りも余裕でできる。おそらくかなり分厚く、頑強そのもの。ちょっとやそっとの攻撃は効かないだろうし、道具を以てしても簡単ではない。


「ここまで来たんだ。何もしない手はないよな」


 迷子になっているかもしれないドリトルたちを待つこともない。そもそも迷っているのかも謎。いつ現れるかもわかったものではない。


 さりとて時間に余裕があるわけでもない。朝にでもなれば、地上で潜んでいるギプスたちが危険であり、そもそもそれより先に聖教会や神殿騎士団が動き出して、魔石爆弾が爆発するかもしれない。のんびりやっている時間はないのだ。


「エキナ、背後を警戒しろ。俺は扉を破壊する」

「わかりました」


 ラトゥンは左手を暴食のそれに変化させる。

 グラトニーハンド! 闇の手が分厚い保管庫の扉を喰らい、飲み込んだ。ぽっかり開いた大穴。そこから見える保管庫の中は、黄金に輝いていた。


 ――これは……!


 目も眩む金銀財宝。それらが魔石照明に反射してキラキラと輝いていた。整然と積み上げられた黄金の延べ棒。そのあまりの多さに、しばし言葉を失う。


 ――教会が、地下にこんなお宝を貯めこんでいた。


 人からどれだけ搾取したら、こうなるのか。聖教会としての事業の裏で、悪魔たちはあらゆる手段を使って富を奪い、自らのものとしていた。


 ラトゥンは保管庫に足を踏み入れる。高く積み上げられた金塊を見上げ、さらにそれが幾十もあるとあれば、改めてその量に愕然とする。


 ――個人で持ったら、一生遊んでも使い切れない……!


 自分のものではないのに、ふとそんな考えが過る。これは誘惑だ。人に欲を持たせ、手にしてしまう衝動を与える魔性の宝だ。


「こんなところにいたら、おかしくなってしまう」


 目が金に吸い寄せられそうになるのをこらえつつ、ラトゥンは黄金以外の保管物を探す。黄金だけでなく、宝石や装飾品もあれば、希少な武器や骨董品などもあった。金より目に優しいが、つい自分のものにしたくなる欲求を引き出そうとする危険なものばかりだった。


「早く、目当ての奇跡の石を見つけないとな」


 これ以上、感覚がおかしくなる前に。

 ラトゥンは呼吸を落ち着けつつ、目的のものを探した。


 しかし、ここで一つの問題に気づく。奇跡の石とは、どのような色や形をしているものだろうか……?

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