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第99話 転校生は問題児・彼の居場所

■その99 転校生は問題児・彼の居場所■


佐伯さえき倉之進くらのしん


 性は母方。名前は、婆の親父さん、俺のジイちゃんの名前を貰ったらしい。ジイちゃんは、俺が産まれた日に死んだ。育ててくれたバアちゃんが、教えてくれた。そのバアちゃんも、俺が小2の時に死んだ。


 親父が仕事で失敗して失踪した。親父と言っても、一緒に生活どころか、遊んだ記憶もない。本当に小さかった時に、何回か一緒にご飯を食べたことがあるぐらいだ。親戚のオジサンだと、その時は思っていた。初めて喧嘩相手に大けがを負わせて、警察に補導された小4の時に、そのオジサンが自分の父親だと知った。警察に金を持って来たのは、親父の代理人って人だったけれど。


 婆は、俺を『生んだ女』それだけだ。笠原先生の話だと、スマートフォンも住んでいたマンションも金融関係も、何もかも解約して姿を消したらしい。計画的失踪だろうと笠原先生は言ってたけど、婆とも生活らしい生活をした記憶が無い。あいつは、仕事と遊びで家に居なかった。

 バアちゃんが死んだ後の家は荒れ放題で、ゴミだらけのキッチンのテーブルに、金だけは置いてあった。俺は、その金で生き延びてきた。


 だから…


「ご両親と連絡が取れなくなりました」


 そう言われても、だから? としか思わなかった。


 それより、あんなに賑やかに飯を食ったのは、初めてだった。引っ越す前は、ダチとコンビニ飯やファミレスで騒ぎながら食ってて、楽しかったけど、それとは少し違う感じだった。


 夕飯の後、すぐ帰るのかと思ってたら、水島先生は白川と仲良く右側のキッチンで食器を洗い始めた。白川、随分と機嫌がいいみたいだ。鼻歌を歌ってるけど、少し音痴だな。

 左側のキッチンは、笠原先生と東条が食器を洗ってる。あ、東条も白川と合わせて歌ってるのか。東条は歌、上手いな。

 双子と東条先生はテーブルの上を片付けてるし、4人の親は左右の風呂に夫婦で入って行った。で、俺は、目の前だけ片付いて綺麗に拭かれたローテーブルに、科学の教科書と問題集を広げている。頭に入るわけもないけど、膝の上で犬が寝ているから、逃げ出すことも出来ない。


「本当は、食後の珈琲を出してあげたいんだけど。治ったら、美味しい珈琲を煎れてあげるわね、母さんが。はい、お水」


 東条が錠剤を2粒と、水の入ったグラスを俺の目の前に置いた。


「痛みは我慢することないわよ。寝れないと、回復にも時間がかかるしね」


 そういうもんなのか? 地味に痛いから、飲むけど。


「脳は、睡眠時間中にその日あった事を整理していると言われています。

しっかり睡眠をとらないと、せっかく勉強したことも、無駄になりますよ」


 食器洗いが終わったらしい。東条と笠原先生が俺の右斜め側に、並んで座った。で、東条が開いたのは、科学の参考書だ。東条が勉強する横で、笠原先生は珈琲を飲みながら、ノートパソコンを広げた。テスト問題か?


「テスト問題や個人情報に関係するような仕事は、ここではしませんよ。

授業の資料作りです。

 佐伯君、問3、よく問題を読んでください。ニアミスです」


 笠原先生、二つの意味でエスパーか? パソコン画面から目を放さないで、俺に言ってきた。


 問3… あ、読み間違えだ。


「ウメ兄ちゃん、宿題見てー」


「僕も僕もー」


 テーブルの上がいつの間にか綺麗になってて、双子が算数ドリルを持って来た。


「よーし、お兄ちゃん先生が見てあげよう」


 東条先生、双子を両膝に乗せて、ドリルをチェックし始めた。


「お! すごいじゃん、ここパーフェクト! 先週は間違えてたのに、今日は完璧じゃん!」


褒めて伸ばす… のか? 双子、嬉しそうだな。


 白川と水島先生は、俺の左斜め側、東条と笠原先生の正面に座って、こっちも参考書を広げた。… 世界史か。


 そう言えば、水島先生が俺を助けて病院に運ばれた時、白川が来てたな。

恋人なのか?


「佐伯君、問3出来た?」


「うわー、高校生の教科書、難しいー」


 いつの間にか、双子が俺の肩越しに覗き込んでた。同じ顔が両肩にあるって、なんか変な感じだな。犬は、相変わらず俺の膝で寝てるし。イビキかいてらぁ…。


「漢字が読めねぇ… 」


「あ、そんな時にはねぇ…」


 素直に言うと、双子の一人が壁際の棚に走って行った。


「じゃじゃーん、漢字辞書! 調べるのが一番だよ」


 分厚くて重い辞書を持って来てくれた。


「使い方、分かる?」


「あー… 使った記憶ないな」


「じゃぁ、教えてあげる」


「お、おう…」


 双子は分厚い辞書の使い方を、俺にも分かるように教えてくれた。俺、高校生で、小学生の双子が分かる漢字も分からないし、辞書の使い方も知らないのに、誰も笑わないし馬鹿にしなかった。


「分からないから、勉強するんだよ。分からないなら、知ってる人に教わればいいんだよ。知ったかぶりするより、素直に『分からない』という方が、自分を成長させることが出来る。誰だって先生で、生徒なんだよ」


 顔に、出てたか? 東条先生が双子と俺を見て、なんだか嬉しそうに言った。


… なんだか、この空間、ホワホワしてあったかいな…





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