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巻ノ七十四

                 巻ノ七十四  最後の花見

 唐入りの戦は続き大名達の多くが出陣してだった、そのうえで。

 天下にだ、重い話が流れていた。

「このまま戦が続けば」

「どの家も疲れきってしまう」

「大変なことじゃ」

「もう戦が終わって欲しいが」

「まだか」

「まだ戦が終わらぬか」 

 こうした言葉が出ていた、幸村もそうした重い言葉を耳にしていた。それで十勇士達にも浮かない顔で話した。

「戦が長引いてな」

「はい、どうにもですな」

「天下が重いものになっております」

「折角泰平になったというのに」

「唐入りの戦が続いて」

「どうにもです」

「多くの家が疲れております」

 このことを口々に話した、十勇士達も。

 だがそれでもだった、今の彼等は。

「どうにもなりませぬな」

「太閤様が戦を続けたいとお考えです」

「勝っているからこそ」

「その様に」

「これでは」

「うむ、難しい」

 戦が終わることはとだ、幸村は言った。

「どうもな」

「ではこのまま」

「太閤様が首を縦に振られることはなく」

「天下は重いままですか」

「そして豊臣家の天下もな」

 それもというのだ。

「武士も民達もな」

「これでは、とですな」

「そうした空気も出ていますな」

「関白様のこともありますし」

「どうしても」

「このままではいかん」

 幸村は難しい顔で述べた。

「何とかこの空気が晴れてな」

「泰平になった時の様に」

「明るさが戻れば」

「そうなってくれれば」

「拙者もそう思う、重く暗くなっておる」

 天下がというのだ。

「嫌なものじゃ」

「ここは何かです」

「明るい話が欲しいですな」

「せめて」

「そうじゃな、そしてここで酒を飲むとな」 

 浮かないその時にというのだ。

「それはよくない」

「ですな、どうにも」

「浮かない時に飲む酒はよくない」

「そう言いますが」

「その通りですな」

「酒は楽しく飲むものじゃ」

 あくまでそうしたものとだ、幸村は十勇士達に言った。

「だからな」

「はい、ここは稽古ですな」

「浮かない気持ちならば」

「思い切り汗をかき」

「そして湯に入るべきですな」

「そうじゃ、道場に行き稽古じゃ」

 それをしようというのだ。

「よいな」

「はい、わかりました」

「それでは」

「これより」

「また全員揃っておるしな」

 それだけにというのだ。

「今からな」

「汗を流しましょう」

「共に」

 こうしてだった、幸村と十勇士達は。

 稽古で汗を流しそれで憂いを消した。その頃。

 秀吉は北政所即ちねねにだ、こんなことを言った。

「春になればな」

「その時に」

「花見をしようぞ」

 こう言うのだった。

「派手にな」

「派手にですか」

「そうじゃ、思いきり派手なな」

「そしてですか」

「皆で楽しもうぞ」

「そうされたいのですね」

「うむ」

 その通りというのだった。

「どう思うか」

「よいかと」 

 これがねねの返事だった。

「それでは」

「当然御主もじゃ」

 ねね自身もというのだ。

「よいな」

「わかりました、それでは」

「共に楽しもう、そしてな」

 秀吉はさらに話した。

「拾も連れて行く」

「では」

「茶々もじゃ」

 彼女もというのだ。

「他の室達もな」

「皆で」

「騒いで楽しもう、酒も用意してな」

 これも忘れていなかった。

「茶もじゃ、民達にもな」

「振舞うのですね」

「花見の場に来た者は誰もじゃ」

 それこそ身分に関係なくというのだ。

「茶と酒、それに食いものもな」

「好きなだけ」

「振舞うのじゃ、これまでにない花見にするぞ」

「では私も」

「ははは、そういえば御主とはな」

 秀吉はねねに笑ってこうも言った。

「暫く共に花見をしていなかったな」

「そうでしたね」

「有無、結婚した時はな」

 その時はというと。

「毎年楽しんでおったな」

「そうでしたね、あの頃は」

「足軽であってな」

 その身分が低かった時はというのだ。

「気軽に楽しめたな」

「麦飯の握り飯だけ持って」

「二人で花見をしておったな」

「そうでしたね」

「その頃にな」

 屈託のない明るい笑顔での言葉だった。

「戻った気持ちになってな」

「そのうえで」

「楽しもうぞ」

 花見をというのだ。

「是非な」

「それでは」

「楽しもうぞ」

 こう話してだ、秀吉は大々的な花見を開くことにした。その場所のことも天下に知らされてそのうえでだった。

 幸村もだ、十勇士達にその話を紹介された。

「太閤様ですが」

「その様にお考えです」

「これまでにない花見をと」

「その様に」

「左様か」

 まずはこう応えた幸村だった。

「今の重さを消す為のか」

「その様です」

「どうやらです」

「そうしたことは言われていませんが」

「太閤様もそうお考えかと」

「そうか、それ自体はよいことじゃ」

 幸村も頷いた。

「では我等もな」

「花見にですか」

「行きますか」

「そうしますか」

「そうしようぞ、そしてな」 

 そのうえでというのだ。

「楽しもう、ではな」

「はい、では」

「その様にして」

「そのうえで、ですな」

「皆で」

「酒も楽しもう」

 こう言った、多くの大名や武士、それに民達が花見に行こうと思った。誰もが春を待ち遠しく思った。しかし。

 その春が近付く夜にだ、幸村は将星が落ちるのを見た。そして十勇士達に言った。

「一つ大きな時代が終わるな」

「昨夜も星を見ておられましたが」

「では」

「またしてもですか」

「どなたかが」

「とてつもなく大きく金色に輝く星がだ」

 まさにというのだ。

「落ちようとしておる」

「とてつもなく大きな、ですか」

「星がですか」

「落ちる」

「そうだと」

「では」

「わかったな、御主達も」

 こう十勇士達に言った。

「どういうことか」

「はい、よく」

「そういうことですか」

「遂に、ですな」

「その時が来たのですな」

「うむ」

 その通りというのだ。

「これはな」

「左様ですか」

「ではいよいよですか」

「何かが起こる」

「そうなりますか」

「天下の泰平はじゃ」

 このこと自体はというと。

「大きく揺らぐ気配はなかった」

「それは、ですか」

「特に、ですか」

「そこまでは至らない」

「そうなのですか」

「星を見るとな」

 そう出ていたというのだ。

「だから安心していい様じゃが」

「しかし、ですな」

「それでもですか」

「遂にその時が来ましたか」

「まさに」

「近い、人は必ずじゃ」

 まさにというのだ。

「そうなるが」

「誰もがですな」

「生きてそしてそうなる」

「あの方も然り」

「それ故に」

「おそらくじゃが」

 幸村はこうも言った。

「あの方は出来るだけじゃ」

「まだ、ですな」

「生きていたかった」

「そう思われますな」

「その時も」

「間違いなくな、しかし人は必ずじゃ」

 誰が何をしてもというのだ。

「一度はそうなる」

「それは避けられぬこと」

「どうしても」

「だからですな」

「これも運命ですか」

「そうとしか言えませぬか」

「そう思う、そもそもじゃ」

 十勇士達にさらに話す幸村だった。

「近頃何かと動きがあろう」

「はい、天下を見据えた様な」

「これからのことを」

「五大老、五奉行と定められ」

「天下のことをですな」

「全体を治める政を整えているかの様な」

「そうしたものが見られます」

 十勇士達もこのことは見てわかっていた、政には幸村と比べるとどうしても疎いところのある彼等ではあるがだ。

「では」

「ご自身もですか」

「はっきりではないにしても」

「既にですか」

「ある程度悟られておるのですな」

「そうであろう、そもそもご高齢であるからな」

 このことが大きく、というのだ。

「だからこそな」

「何かとですな」

「手を打たれていた」

「でjは後は」

「その仕組みで動く」

「そうなる筈でありますが」

「どうも動くな」

 このことを星を見ての読みだが幸村自身の読みも同じだった。

「それでは収まらぬ」

「やはりそうですか」

「では一度揺らぎ」

「そして泰平は固まる」

「そうなるのですか」

「この度の泰平は長く続く」

 秀吉の統一によりもたらされたそれはというのだ。

「そしてじゃ」

「その泰平が、ですか」

「長く続き」

「そしてそのうえで」

「民は幸せに暮らしますか」

「星にはそうも出ておった、戦の世が終わるのは確かじゃ」

 このことは間違いないというのだ。

「しかしな」

「それでもですか」

「それが豊臣家の下でとはですか」

「限りませぬか」

「うむ、大納言様がおられず」

 最初に挙げたのは秀長だった。

「そしてじゃ」

「利休殿もおられず」

「関白様もですな」

「どなたもおられぬ」

「これでは」

「難しい」

 これが幸村の見立てだ。

「どうしてもな」

「お拾様だけでは」

「どうしても」

「うむ、この度名が変わられるそうじゃが」

 拾という幼名からだ。

「しかしな、まだご幼少」

「それではですな」

「とても」

「天下は治められぬ」

「左様ですな」

「まだそこまで定まっておらぬ」

 天下はというのだ。

「だからじゃ」

「それ故に」

「あの方のみになりますと」

「豊臣家の天下は危うい」

「そういうことですな」

「うむ」

 その通りという返事だった。

「拙者はそう見る」

「ですか、では」

「次の天下は」

「やはり」

「あの方になりますか」

「そうやも知れぬ」 

 幸村は否定しなかった。

「それだけのお力があるしな」

「あの方は」

「禄だけでなく」

「さらにですね」

「人望もおありで」

「家臣の方々も揃っている」

「それならばですね」

「あの方が、ですか」

「天下人に」

「それに内府殿ならな」

 家康、彼ならというのだ。

「無闇な戦はされない」

「天下人になられたらですな」

「まずは足場を固められる」

「慎重な方なので」

「政に専念される」

「戦をされず」

「そちらに専念されますな」

「あの方はそうした方じゃ」

 家康の性格ならばというのだ。

「だから安心してよい」

「そうなりますか」

「それではですか」

「あの方の天下ならば」

「民百姓も安泰ですか」

「うむ」

 その通りという返事だった。

「あの方なら、しかしな」

「それではですな」

「内府殿が天下人になられれば」

「その時はです」

「お拾様はどうなるか」

「それが問題ですな」

「内府殿は無体な方ではない」

 幸村はこのこともよくわかっていた、家康という人間のことをだ。 

 そしてそれ故にだ、こう言うのだった。

「お拾様、秀頼様もな」

「決してですな」

「あの方もですな」

「無体なことはなされぬ」

「お命もですか」

「大坂より去ることになるであろうが」

 秀頼はというのだ。

「しかし国持大名として遇されるであろう」

「国持大名ですか」

「それはいいですな」

「石高も高いですし」

「地位も」

「そうじゃ、だからじゃ」

 それ故にというのだ。

「あの方ならばな」

「そうですな、しかし殿は」

「関白様に約束されていますな」

「秀頼様をと」

「あの方をと」

「そうじゃ、わしは関白様のお言葉を忘れぬ」

 決してという返事だった。

「だからな、秀頼様をお護りしたい」

「天下人になれずとも」

「それでもですか」

「あの方の傍にいて」

「そのうえで」

「そうしたい、ただ秀頼様はな」

 秀頼自身のことも言うのだった。

「今は治部殿、義父上が周りにおられるが」

「ではいいのでは」

「何の問題もないのでは」

「あの方々がおられるなら」

「それならば」

「いや、治部殿達がおられなくなると」

 幸村が話すのはこの時のことだった。

「周りにおられるのはな」

「人が、ですか」

「おられぬ」

「そうなるというのですか」

「その時は」

「女御衆はな」

 茶々をはじめとした大坂城にいる女達だ、近頃妙に目立ってきている。

「政や戦のことは知らぬ」

「大坂城のですな」

「茶々殿とその周りの方々ですな」

「あの方々ですな」

「あの方々は」

「政を知らぬ、戦もな」

 まさにそうだというのだ。

「だから秀頼様の周りが女御衆ばかりになると」

「その時は、ですか」

「治部殿や義父上がおられなくなり」

「あの方々ばかりになると」

「秀頼様は危ういですか」

「うむ、その時はな」

 どうもというのだ。

「危ういであろう」

「左様ですか」

「では豊臣家は治部殿達あってですか」

「秀頼様の頃になると」

「そうなりますか」

「天下はお譲りしてもな」

 それでもとも言う幸村だった。

「いいやもな」

「左様ですか」

「そうもなりますか」

「天下はおろか」

「秀頼様ご自身まで」

「人は誰でもじゃ」

 それこそ天下人でもだ。

「一人では出来ることは限られておる」

「ましてや幼いとなると」

「どうしてもですな」

「出来ることが限られている」

「非常に」

「そうじゃ」

 まさにというのだ。

「だからな」

「それでは秀頼様は」

「あの方の場合は」

「どうしてもですか」

「治部殿達が必要ですか」

「治部殿達ならば二百万石の豊臣家の身代でもな」

 それもというのだ。

「治められるであろうが」

「おられねば」

「天下はおろか」

「そうなりますか」

「あの方々がおられれば」

「その場合は」

「そうだが。しかしな」

 それでもというのだった。

「あの治部殿がじゃ」

「徳川殿の天下を認められるか」

「問題はそこですな」

「忠義のお心が強い方ですし」

「非常に一本気な方ですから」

「あの御仁の忠義は無二じゃ」

 そう言っていいものだというのだ。

「まさにな」

「だからこそですな」

「あくまで豊臣家を盛り立てられ」

「そのうえでお拾様にも」

「そうなりますな」

「うむ」

 その通りだというのだ、尚本名を言うのは諱でありはばかれるので十勇士達も秀頼と呼ぶことは止めた。彼等の中だけでのことであっても。

「あの方はな、しかしな」

「それでもですか」

「それがかえってですか」

「厄介なことになりますか」

「治部殿は己を曲げられぬ」

 とかく一本気な男だ、自分が正しいと思えばその道を進み尚且つ何時どんな場所でも正しいと思ったことは誰が相手でも言う。

 その石田の気質も知っているからこそだ、幸村も言うのだ。

「それがかえってご自身の立場を悪くし」

「そして、ですか」

「豊臣家を盛り立てようとする余り」

「そして豊臣家の天下を守ろうとされるあまり」

「かえって、ですか」

「ご自身の立場を悪くされますか」

「女御衆も治部殿や刑部殿なら無闇に言えぬが」

 彼等にはというのだ。

「まだな、しかしな」

「そうした方々もおられなくなると」

「大納言様もおられませぬし」

「女御衆も止められず」

「また政の出来る方々も」

「精々六十万石を治められる程か」

 石田や大谷達がいなくなった場合の豊臣家はというのだ。

「今はまだ二百万石を支えられるが」

「それでもですか」

「あの方々がおられなくなると」

「その時こそ豊臣家は危ういですか」

「そうなりますか」

「おそらく内府殿は天下人になられてもな」

 幸村は家康の性格も見て言う、律儀であり人の血は極力出さない様に常に務める彼ならばというのである。この辺りやるとなれば一気に行う信長とは違う。ただし信長も彼の敵以外の者や悪辣な者以外は絶対に殺さなかった。

「お拾様にはな」

「無体はされませぬな」

「仮にも太閤様のご子息ですし」

「北政所様とも懇意ですし」

 秀吉は秀頼に北政所にも敬意を払い母と思えと常に言っている。言うならばもう一人の母親である。

「そうなりますな」

「国持大名ですな」

「そして官位も高く」

「大坂から出られても」

「大名としても位の高い扱いですな」

「そうなる、国持大名で右大臣位にはな」 

 幸村は朝廷の官位の話もした。

「なられるであろう、婚姻の話もあるしな」

「内府殿のですな」

「嫡男であられる竹千代殿の姫君」

「確か千姫といわれましたな」

「あの方とお拾様のご婚姻ですな」

「そのお話も出ていますな」

「だからな」

 それでというのだ。

「内府殿もお拾様を無下にはせぬし出来ぬ」

「だからですか」

「若し徳川家の天下になろうとも」

「天下は泰平であり」

「豊臣家も残りますな」

「どうも豊臣家はな」

 この家のことも話す幸村だった。

「太閤様一代の家じゃったな」

「天下人としてな」

「それまででしたか」

「身内が少な過ぎる」

 あまりにも、というのだ。

「元々な」

「ですな、それは」

「羽柴家の頃から」

「どうも少ないですな」

「おなごの方も」

 秀吉の弟の秀長や姉妹達がいてもだ、彼にはそうした一族という者が元々少なかったのである。

「それではです」

「力が弱くなるのも道理」

「やはり一門衆は必要です」

「身内同士の争いもありますが」

 あくまで家中がまとまってこそだ。

「源氏の如きは問題がですが」

「あの様な有様では」

 身内同士で殺し合ってはというのだ、源氏はそうして殺し合った結果その血筋が完全に絶えた程である。

「しかしですな」

「まとまっていれば」

「やはり一門衆は多いに限りますな」

「そう思いますと今の豊臣家は」

「どうにも」

「お拾様がどうにかなればな」

 まさにそれでというのだ。

「終わりであるからな」

「ですからどうしても」

「あの家は危ういですな」

「このことは否定出来ませぬな」

「うむ、あの家はな」

 まさにというのだ。

「何かあればじゃ」

「それで終わる」

「そうした家だからこそ」

「力も弱い」

「そうなりますか」

「何かと助けてくれる一門衆がいなくては仕方がない」

 天下を治めるには、というのだ。

「このことを補えるものではない」

「だからこそですな」

「豊臣家の天下は危うい」

「左様ですな」

「そうじゃ、そこまで考えると」

 どうしてもと言う幸村だった。

「難しいのう」

「豊臣家の天下は」

「太閤様の後は」

「そうなりますか」

「うむ」

 こうしたことを話した幸村だった、花見の前に。

 そしてだ、こうしたことを話したその後で幸村は十勇士達を連れて花見に出た。主な家臣達も連れていたが。

 ここでだ、家臣達は満開の何千本もの桜達を見て言った。

「いや、全く」

「全く以てですな」

「見事なものです」

「これだけの桜があるとは」

「ここまでの花見ははじめてです」

「はじめて見ました」

「そうであるな」

 幸村は家臣達に応えて言った、彼もまた桜達を見ている。

「まさに天下の花見じゃ」

「はい、全く以て」

「古来ないまでのものです」

「これまでの花見とは」

「いや、我等もお供に呼んで頂き」

「まことに有り難うございます」

「礼はよい」

 笑って返した幸村だった。

「一人でおるよりもじゃ」

「皆で、ですか」

「殿はよくそう言われていますが」

「だからですか」

「我等もお供に選んで頂き」

「共に、ですか」

「楽しむ為にな」

 そう思ったからこそというのだ。

「御主達も呼んだ」

「手の空いている者は全て」

「屋敷におる者は」

「そうして頂いたのですか」

「皆でといきたかったが」

 都の真田家の屋敷にいる、だ。

「それは出来ないからのう」

「詰めておる者もいますので」

「このことは仕方ないです」

「しかしその屋敷の留守番の者達もですな」

「明日に」

「花見は明日も行われる」

 だからだというのだ。

「あの者達もじゃ」

「花見を楽しむ」

「そうさせるのですか」

「我等と同じく」

「こうして」

「そうじゃ、皆で楽しんでこそじゃ」

 まさにというのだ。

「真に楽しいからのう」

「流石は殿です」

「見事なお考えです」

「では我等は今は」

「この場で」

「酒に肴もあるな」

 幸村は微笑んで言った。

「茶や菓子も」

「どれも用意しております」

「では今より」

「出して楽しみましょうぞ」

「やはり花見はな」

 笑ったままだ、幸村はこうも言った。

「酒や肴が欠かせぬ」

「全くですな」

「酒と花は相性がいいです」

「ではそうした酒や茶を飲み」

「肴や菓子を喰らい」

「そうして楽しみましょう」

「今より」

 家臣達も応えてだ、皆で敷きものを敷いてだった。酒や肴、それに茶や菓子を出した。そのうえでだった。

 幸村は十勇士達と共に酒を飲みはじめた、彼等の肴は梅だった。

 その梅の味も楽しみつつだ、幸村は言うのだった。

「春の楽しみの一つじゃ」

「花見は、ですな」

「こうして桜を見つつ酒を飲む」

「そのことがですな」

「春の楽しみの一つですな」

「そう思う、春が来た」

 このことも喜ぶ幸村だった。

「それも実感出来るからのう」

「では、ですな」

「これより酒を飲みますか」

「それもふんだんに」

「そうしますか」

「酒はたっぷりと用意してきた」

 質素な杯で飲みつつだ、幸村は笑って言った。

「好きなだけ飲め」

「はい、それでは」

「飲ませて頂きます」

「これより」

「好きなだけ」

「頼むぞ、それではな」

 こう応えてだ、そしてだった。

 幸村と十勇士達は酒と梅を楽しみみつつ飲んだ、彼等の周りに桜の花びらが舞いそれが杯の酒の上に落ちた。

 幸村はその酒を飲んでだ、笑みを浮かべて言った。

「桜の酒もよいな」

「はい、全く」

「桜が入った酒を飲むのもまた一興」

「我等の杯にも桜が入りますな」

「これもまたよいこと」

 十勇士達も言う。

「美味ですな」

「桜の香りがします」

「いや、桜の酒とはよいもの」

「これはのまずにはいられませぬ」

「では飲みましょうぞ」

「これより」

 こうしてだった、彼等はふんだんに飲んでいた。そうして酒も肴も心から楽しんでいるとそこにだった。

「おお、来られたぞ」

「太閤様じゃ」

「太閤様が来られたぞ」

 ここで多くの民達が言った。

「天下様が来られる」

「太閤様を見よう」

「是非な」

「おお、来られたか」

 幸村も微笑んで反応した。

「ではな」

「はい、我等もです」

「姿勢を正してです」

「太閤様にお会いしましょう」

「これより」

 十勇士達も応える、そしてだった。

 彼等は姿勢を正して秀吉が来るのを待った、すると多くの武士や侍女達を従えた小柄な猿面冠者が来た。

 まさに秀吉だった、秀吉は控える民達に笑って言った。

「よい、飲んで食って楽しめ」

「そうしてよいのですか」

「花を」

「御主達にも楽しんでもらう為に開いたのじゃ」

 この花見をというのだ。

「だからな」

「では控えずに」

「このまま酒や茶を飲んでもよいのですか」

「左様ですか」

「そうじゃ、そして茶や酒が欲しくば」

 そう思うならというのだ。

「好きなだけ飲むがいい」

「何と、では」

「下賜されて下さるのですか」

「酒や茶を」

「そうして下さるのですか」

「ははは、そうじゃ」

 その通りだとだ、秀吉は民達に笑って答えた。

「だからこの花見くつろいで楽しめ」

「ううむ、そうされるとは」

「流石天下様」

「お心が広い」

「並の方ではないわ」

「御主達もじゃ」

 秀吉は控える幸村達にも暖かい声をかけた。

「顔を上げい」

「はっ」 

 その言葉に応えてだ、幸村と十勇士は実際に顔を上げた。すると秀吉はその彼等に対してもこう言った。

「くつろいで楽しめ」

「そうしてよいのですか」

「今日は無礼講じゃ」

 やはり笑って言う。

「存分に花見を楽しめ」

「それでは」

「そうじゃ、酒も茶も楽しんで」

 そして、というのだ。

「何よりも桜を楽しむのじゃ」

「わかり申した」

 幸村が一同を代表して応えてだ、そしてだった。

 彼等は再び花見を再開した、秀吉は伴の者達と共に桜達の中を巡りそうして目を楽しませていた。花見は実に鷹揚でみらびやかなものだった。

 この日幸村も十勇士達も花見を楽しんだ、だが。

 屋敷に帰ってだ、幸村は夕食の後で十勇士達に問うた。その問うたことはというと。

「太閤様のことどう思うか」

「太閤様のお顔を見て」

「そのうえで、ですか」

「どう思われるか」

「そのことですな」

「そうじゃ、どう思うか」

 こう問うのだった。

「御主達は」

「どうもです」

「かなりおやつれですな」

「目の光が前より弱かったです」

「どうにも」

 十勇士達は幸村に口々に話した。

「背中も丸くなられ」

「全体的に生気が弱まっております」

「あれではです」

「最早」

「そう思いました」

「長くないかと」

「そうじゃな、拙者もじゃ」

 幸村もというのだ。

「そう思った」

「やはりそうですか」

「殿もですか」

「あの方は最早」

「そう思われますか」

「うむ、近いうちにじゃ」

 幸村は十勇士達に話した。

「そうなられるであろうな」

「そうしたお歳ですし」

「それはもう避けられませぬな」

「どうしても」

「そうなりますな」

「うむ」

 その通りとだ、また答えた幸村だった。

「天下が動く」

「そうなりますか」

「あの方がおられなくなり」

「そうして」

「そのうえで」

「そうなる」

 幸村はまた答えた。

「このこと、父上か兄上が上洛された時にお話しよう」

「そうされますか」

「是非」

「大殿か若殿にお話をして」

「真田家がどう動くべきか」

「そのことを考えていきますか」

「うむ」

 その通りという返事だった。

「そうしていきましょう」

「はい、それでは」

「その様に」

「天下が動くのならば」

「お伝えしましょう」

 昌幸、若しくは信之にというのだ。こう話してだ。

 幸村は実際に昌幸が上洛した時にこのことを話した。すると昌幸は極めて冷静な顔で幸村に対して言った。

「遂にこの時が来たか」

「と、いいますと父上は」

「人は必ず死ぬ」

 これが昌幸の返事だった。

「そして七十は古稀という」

「古来稀であると」

「そうじゃ」

 年齢の話だった、今は。

「人間はやはり五十年じゃ」

「それが普通で」

「子供の時に死ぬのも多いな」

「ですな、それは」

「その中で七十年生きるなぞ」

「だから古稀なのですな」

「そこまで生きられれば冥利に尽きる」

 それ程までのことだというのだ。

「太閤様は充分生きられたのじゃ」

「そう言ってよいですか」

「あの方はそうは思われておらぬであろうがな」

 秀吉自身はというのだ。

「やはりな」

「お拾様が、ですな」

「うむ、元服されるまではと思われておるであろう」

「そこまで生きられれば」

「豊臣家は安泰であったが」

「しかしですな」

「これで危うくなった、しかしじゃ」

 ここで昌幸の目が光った、そのうえで幸村に問うた。

「源次郎、御主は次は徳川家だと思っておるな」

「天下人は」

「内府殿と見ておるであろう」

「はい」

 周りの気配を察してからだ、幸村は答えた。彼にしてもそう見ていたし天下の多くがそう見ているであろうと内心考えてもいた。

「それは」

「そうであろうな、しかし」

「それは確実ではない」

「人の見立ては天の動きと比べれば小さなことしかわからぬ」

「見立て通りにはならぬ」

「そうしたこともざらじゃ、わしも内府殿が次の天下人と見ているが」

 昌幸もだ、だがそれでもと言うのだ。

「しかしそれは確実ではない」

「では」

「豊臣家の天下も有り得る、そして次の天下人を決める戦が起これば」

 その時はというのだ。

「わしの星の見立てではすぐに終わるが」

「それもですな」

「御主も同じものを見ていたと思うが」

 だがそれでもというのだ。

「しかしそうなるとは限らぬ」

「所詮人の見立て」

「そうじゃ、所詮はな」

「だからですか」

「戦が起こり長引くやも知れぬし」

「我等の星の見立て通りすぐに終わるやも知れぬ」

「戦にならぬかも知れぬ」

 その可能性もあるというのだ。

「例えばお拾様がな」

「ですな、ご幼少故に」

「そうじゃ」 

 その通りという返事だった。

「それもある」

「そうですか、ではどうしたことになっても」

「真田家が良いようにする」

「ではどうされますか」

「何、既に考えてある」

 ここで昌幸はにやりと笑った、そしてこう幸村に言った。

「その時になれば話す」

「左様ですか」

「あわよくば勢力を大きくする」

 真田家のそれをというのだ。

「しかし基本は生き残ることが第一じゃ」

「当家が」

「そうじゃ、生き残ることじゃ」

 まさにそれだというのだ。

「第一にな」

「その為にですか」

「既に考えてある、しかし御主の話を聞く限り太閤様はな」

「最早」

「お命が尽きる」

 その時が近付いているというのだ。

「だから既に手を打たれているのであろう」

「五大老に五奉行にと」

「天下を治める仕組みをな、この軸はな」

「やはり内府殿ですな」

「天下第一の方じゃ」

 秀吉を置いてはというのだ、それはやはり家康だというのだ。

「あの方が五大老筆頭でな」

「太閤様がおられなくなれば」

「摂政と言っていい立場になられる」

「摂政ですか」

「周公旦と同じ立場となられるが」

 周の武王の弟だ、周が商を倒し周公の家である姫氏が天子となってすぐに王となった武王が崩御したが周公旦は幼い王を摂政として支え天下を治めたのだ。

 家康もそうなるという、だがだった。

「周公旦は野心はなかったな」

「はい、まさに理想の摂政でした」

「しかし内府殿にはな」

「やはり」

「それがおありというかじゃ」

「これまで眠っていましたな」

 幸村は家康の野心についてこう述べた。

「いえ、当初はお持ちではなかったしょう」

「岡崎や浜松におられた頃はな」

「そして駿府におられた頃は」

「まだな、しかし力をつけられてな」

「天下に揺るぎない力を持たれてから」

「そうした野心を持たれた」

 家康はそうなっていったというのだ、力を持つにつれて。

「天下を狙える様になってな」

「そうですな、しかし」

「関東に転封となり関白様が跡継ぎに定められてな」

「もう天下は狙えぬと思われ」

「諦めておられた、しかし関白様がおられなくなった」

 他ならぬ秀吉に腹を切らされてだ、家康も秀長を助けようとしたがそれは適わなかった。幸村にしても無念のことだった。

「それでじゃ」

「これはと思われ」

「野心が目を覚まされたのじゃ」

「そうなりますか」

「太閤様がおられなくなれば」

 まさにその時はというのだ。

「内府殿は動かれるぞ」

「そうなりますか」

「間違いなくな」

「では治部殿は」

 石田の名をだ、幸村は話した。

「あの方も」

「鋭い御仁じゃ」

 昌幸から見てもだ、石田はそうだった。

「非常にな」

「だからこそ」

「もう内府殿のこともじゃ」

「お察しですか」

「だから太閤様が亡くなられればな」

「すぐに豊臣家の天下をお護りする為に」

「動かれる」

 石田はというのだ。

「五奉行筆頭としてというよりはな」

「治部殿ご自身として」

「そうじゃ」

「それはどうも」

「あの御仁は非常に切れる方、しかしな」

「平壊者ですな」

「まさにそれじゃ、あれだけの平壊者はじゃ」

 昌幸はこのことは残念そうに述べた。

「そうはおられぬ」

「ご自身が正しいと思われれば」

「止まらずしかも時も場所もな」

「選ばれませぬな」

「それが厄介なのじゃ」

「非常に頭が切れて勇気と忠義もお持ちですが」

 石田の忠義は絶対だ、だから秀吉も彼に絶対の信頼を置いて彼が何を言おうとも罰することもしていないのだ。

「しかしですな」

「相手が誰でもずけずけと言うしな」

「それが近頃どうもです」

「豊臣家の家中でもいざかいになっておるな」

「加藤殿達が」

 七将を中心とした武断派とされる者達がというのだ。

「お嫌いになってです」

「家中に亀裂が出来ておるな」

「どうにも」

「あの御仁は決して悪い方ではないが」

「それでもですな」

「あのご気質は好き嫌いが分かれる」

 それもはっきりと、というのだ。

「好きな者は徹底的に好きになるが」

「お嫌いならば」

「そちらも徹底的になる」

「だからですな」

「七将と治部殿のいざかいはわしも知っておる」

 幸村は加藤清正だけ名を挙げたがだ、昌幸はそこから他の者達の名も挙げた。

「唐入りの途中からな」

「それが生じて」

「今ではな」

「厄介なことになっていますな」

「かつては間に大納言様が入られたが」

「その大納言様もおられず」

「止める者もおらず」

「いざかいは止まらぬ」

 これもまた厄介なことだというのだ。

「そしてな」

「そのうえで、ですか」

「うむ、治部殿は内府殿にも向かわれる」

「随分と分が悪いですな」

「あれだけ己を曲げず清廉だとな」

「美徳ですが」

「美徳が常に世を正しくするものではない」 

 決してという言葉だった。

「それで世が収まれば世の中は何と楽なことか」

「美徳だけでそうなるなら」

「そうならぬから世は難しい」

 そうだというのだ。

「治部殿は私もなく二心もないが」

「それがかえって七将の方々を敵に回していて」

「内府殿にもな」

「下手に向かわれ」

「かえって豊臣家を危うくしかねぬ」

「そうなりますか」

「豊臣家の天下を守りたいのなら」

 若しだ、石田がこのことを思っているのならというのだ。このことについては誰も疑うところはない。

「自重が必要じゃ」

「そのうえで」

「うむ、お拾様の傍におられてな」

「お護りすべきですか」

「刑部殿もおられるが」

「あの方は」

「業病じゃからな」

 それは重くなり目が見えなくなってきているとも言われている。

「あの御仁が軸となるからな」

「今度は」

「だから余計にじゃ」

「治部殿の自重が必要ですか」

「徳川殿に正面から向かうよりも」

 石田が必ずするそれよりもというのだ。

「自重し護りを固めるべきなのじゃ」

「しかし治部殿は」

「出来ぬ方、ではな」

「豊臣家はその分だけ危うくなりますか」

「治部殿は豊臣家に必要だからな」

 しかし石田に自重はないというのだ、昌幸は先の先まで読んでいた。だがそれでもこう言うのだった。

「しかし戦はどうなるかわからぬ」

「勝敗は、ですな」

「だからどちらが天下人になってもじゃ」

「家が残る様にですか」

「策は考えてある、安心せよ」

「さすれば」

「そういうことでな、しかし戦にならぬなら」

 それならというのだ。

「よい、ではな」

「太閤様のことは」

「その様にな」

 こう言ってだ、そのうえで。

 昌幸は大坂に赴き秀吉に拝謁した、そして。

 帰りにまた幸村のところに寄ってだ、こう言った。

「御主の言った通りじゃ」

「では」

「うむ、太閤様はな」

 秀吉、彼はというのだ。

「長くない」

「やはりそうですか」

「天命は尽きられておる」

 これが昌幸の見立てだ。

「最早な」

「それでは」

「天下が動く」

 間違いなく、というのだ。

「そうなるわ」

「やはりそうですか」

「そしてその中にじゃ」

「当家もですな」

「入る」

 天下のその動きの中にというのだ。

「間違いなくな」

「やはりそうですか」

「今から気構えをしておくのじゃ」

 幸村にこうも告げた。

「いざという時に備えてな」

「例えどうなろうともですか」

「当家は生き残るぞ、よいな」

「わかり申した」

 幸村は父の言葉に応えた、秀吉の命が尽きようとしているのは明らかだった。そしてそれからを見据えた動きがはじまっていた。



巻ノ七十四   完



                     2016・9・23



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