太陽はもうすぐ真上に差し掛かろうという頃。
「やばいやばい! これに遅れたら次はもう夜になっちゃう!」
遊び過ぎた。フィオナには急いで竜舎に戻ってもらいたいのに、なかなか戻ってくれなかったし、なんとか戻って貰っても、そこから出来る限り一緒にいてやったら、こんな時間になってしまった。
はぁ、はぁと息を切らしながら、やっとのことで街の港に着いた。
「すみません! 遅れました! 乗船予定のランデオルスです!」
「おぉ、来ないかと思ったよ。良かった間に合って、それじゃあ船をだすから乗ってくれ」
俺の手を引いて乗船を手伝ってくれたおじさんは初めて見る人だった。おじさんっていうにはもう少し若いかもしれないが、年齢不詳って感じの男性だ。
ここからハバールダ辺境伯のいる街まで、戻って、その後ジェフさんの船に乗って戻るのだが、船に乗れた安心感から、ドッと疲れが押し寄せてきて、甲板にへたり込む。
「おいおい、大丈夫か。俺はジェフさんに頼まれて今回、あんたを無事に届けにゃならんからな。しっかりしてくれよ」
「あはは、大丈夫ですよ」
「俺はイテプワだ。よろしくな」
「はい、少しの間ですがよろしくお願いします」
話を聞くところによると、イテプワは最近この街にやって来た、元商人だそうだ。他の国とこの国とで行商をしていたが、心機一転して、ジェフの漁業組合に参加したのだとか。
少し休むと、身体の疲れも取れて来たので、暇を持て余した俺は、いつものように、魔力で練った釣り糸を垂らして、テキトーに揺らす。
今回は魔力糸を操作して、能動的に捕まえるのではなく、餌を釣り針にさしてただ時間の経過を楽しんでいる。
陸路だと釣りが出来ないし、少し歩けば山賊に当たるから、俺的には海路の方が断然おすすめ。
ぼーっとしながら流れる雲を見る。あー、平和だ。こんな時ぐらいは今後のこととか考えすにいたいね。仲直りのこととか、宿題のこととか。
良い気分だ、なッ!? 来た来たー! 指先に反応があったので、思いっきり魔力糸を縮める。すると、海面の下から黒い魚影が勢いよく近づいてきて、ザパンっ! と跳ね上がり、甲板に打ち付けられてビタビタと跳ねている。
「お、なんか釣りよったか」
「はい、ちょっと小さめですけど連れましたよ。お昼ごはん確保です」
「なんだ、まだ喰ってなかったのか」
「あはは、機を逃したといいますか。急いでいたもので‥‥‥」
「それならちょうどいい、しばらくは波に乗るだけだから、昼飯にしよう、一緒に今釣った魚も調理してやろう」
ニヤリと笑うイテプワはどうやら料理の腕に自信があるようだ。目が雄弁に語っている。ふふ、ではお手並み拝見と行きましょうか。
俺が釣り上げた魚は小ぶりながらも、身がパンパン膨れ上がっていたので味の方は、よほどのことが無い限り、期待してもいいだろう。
そんなこんなで待っていると、船内にはおいしそうな匂いが充満しており、他の乗客や、乗組員たちも「腹が減って来たな」などと会話している。
空腹度が最高潮に達したとき、遂に待ちに待った声が俺を呼んだ。
「おい、少年。できたぞ、ついてこい」
イテプワの言うとおりについていくと、乗組員専用の部屋に通された。中は狭く、椅子も三、四人程度しか座れない様な広さだったが、その狭さのお陰で飯の匂いは充満しており、今にもかぶりついてしまおうかと思った。
「うわ、凄いですね。これイテプワさんが作ったんですか?」
俺の目の前には、俺の釣った魚の葉っぱの包み焼きが皿の上にドカンと置かれていた。そして、そのサイドにはパンと魚のあら汁もある。
これこれ。凝った料理じゃなくて、船の上で食べるなら簡単だけど、大味なものが良い。
窓の外には水飛沫が荒れるように飛び交っているが、その反射光がきらきらとして、風に流されていく。
「じゃあいただきまーす!」
「おう、召し上がれ」
葉っぱをどけると、腹にバッテンの切込みを入れられた魚が、香辛料とレモンの様な果物、キノコを細切れにして作られたソースを上に乗せ、登場した。
「ガハー! めちゃくちゃ美味しそうじゃないですか! どれどれ、まずは一口」
箸で身を崩して、ソースと絡ませて口の中に放り込む。
うんま。ほろりと崩れる身を、キノコの風味を醸したソースが包み込む。ガツンと来る味わいに、レモンがあとからフォローして、口の中をさっぱりさせてくれる。
えぐいぐらいに美味しいぞこれ。
俺は静かに、イテプワの目を見つめ、向こうがそれに気づくと、右手の親指を上に立てた。
「‥‥‥最高です」
「はっはっは、それは何よりだ。じゃあ俺も食べるとするかな」
イテプワの前にも俺と同じような一品があり、パンとあら汁も付いている。
「料理人にでもなるつもりですか?」
「‥‥‥昔は夢見た時期もあったけどな。親の影響で商売人になって、今は気ままな船乗りだ」
「なんだか、凄い経歴ですね」
「おう、そうだろ。商売人だからな、機は逃さないのが大事なのよ」
「じゃあ僕にはなれそうもないですね。のんびりと目の前を通り過ぎていくだけですから、機が」
「はっはっは、それもそうだな。遅刻しかけるんだからならない方がいいかもな」
軽く談笑しながらのお昼は、想像していたよりもずっといい物であった。