暇だなー。村に行った冒険者たちが帰ってくるまでやることもないし、馬車も動かない。ただただ時間が過ぎるのを待つだけ――。
“ズボッ”
俺の顔の横に突如として粗末な矢が現れた。それが馬車のボンネットの皮を貫き、命の危機がある攻撃の矢だと認識したとき、たらりと額に汗が流れた。
次の瞬間大量の矢が空から降り注いでいるのが見えた。
「ひぃいい!!」
俺は頭を抱えてうつ伏せに伏せる。同乗者たちも姿勢を低くして辺りを警戒している。その様子はさながら歴戦の猛者だ。出来ればやめて欲しい。一緒になって怖気づいて欲しい。俺がまるでどうしようもないヘタレみたいじゃないか。
「ゴブリンだ! こっちに来やがった!」
村の方からはまだ怒号が聞こえてる。村のゴブリンがこっちに来たとは考えにくい。てことは、別動隊。いや、にして降ってくる矢の量が多すぎる。
シンプルにこのゴブリンたち、規模がデカいんじゃないか?
素人ながらにそんなことを考えていると、矢の降ってきた方角からなだれ込むようにゴブリンたちが姿を現した。その最後尾は森の奥まで続いて終わりが見えない。
これは‥‥‥生き残れるだろうか
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」
そう考えたとき、冒険者たちが大きな声を出し、自身を奮い立たせてゴブリンたちに向かっていった。
凄い。ちゃんと尊敬の念を払った。怖くないはずがないだろう、しかし、それに立ち向かう勇気に、何故か分からないが少し泣きそうになった。
俺の馬車に同乗していた冒険者も爆発したかのように動き出し、ゴブリン軍に向かっていく。
飛び交う様々な魔法に、磨かれた剣技やスキルの数々はもはや戦記で書かれている物語のようだ。その中でも、あのぐーすかおっさん冒険者は特段に目立っている。
怪力無双、その言葉通りに、大剣をブンブンと振り回して、ゴブリン軍の渦中で猛威を振るっている。
そんな様子に見とれていると、隣の馬車で悲鳴が上がった。
何事かと、そちらを見ると、馬車から足蹴にされて転げ落ちるゴブリンがいた。
撃ち漏らしたゴブリンがこっそりと馬車にまで回って来たのだろう。まさかと思い、自分たちの馬車を確認する。‥‥‥大丈夫だ、周囲にはいないようだ。と一安心したところで、優しそうなお兄さんが俺のことを抱き上げた。
「え?」
もしかしてショタも行ける口ですか? 何故かわからないがお尻の穴がキュっと締まった。俺が恐怖で言葉を失っていると、次の瞬間には、俺が伏せていたところから短剣の先っぽが床板を貫いてザクッと現れた。
ちゃんと肛門が絞まる。あ、危なかった。
しかも刃の先に紫色の液体がじゅううぅぅと気化しながら周りの板材を炭化させている。
こいつら、まじか。殺意が高すぎる。というよりそれを扱うにはかなりの知性が無いと出来なくないか。
扱いを間違えれば自分にその毒の矛先が向きかねない。
「ふん!」
俺がゴブリンたちの危険度の設定を見直している間に、髭の爺さんが、短剣のすぐ隣を拳で殴りつける。
床が割れ、馬車が崩れようとする最中、その割れ目の隙間から緑色の肌をしたゴブリンと目が合った。ちゃんとした魔物の目、久しぶりに見るその不気味な、しかしはっきりとした殺意の波動に、俺は息を呑んで、身体を硬直させてしまった。
馬車の中の荷物も転げ落ちそうになるほど、大きく損傷した馬車は、もちろん俺たち乗客を交えて崩れそうになった。
いやだ、これ以上ゴブリンに近づいてしまったら、武器を持っているゴブリンが圧倒的に有利じゃないか。
しかし、抱きかかえられている俺は動くことも出来ずに、スローモーションになった世界でゴブリンから目が離せなかった。
だんだんと近づいていくその醜悪な面に嫌悪感が比例して強くなる。
あの野郎、この状況においても、短剣を離さずに、矛先をこちらに向けている。圧殺される前に一人でも道連れにしてやろうって魂胆か。
「くっ」
いよいよその刃先が俺に触れそうになったその時。
“ぼかん”
ゴブリンの腕から先が短剣ごと消し飛んだ。
“ぼがん”
ゴブリンの頭がゴツイ音と共に消えた。
がらがらがらと、馬車が崩れる。一瞬にして暗くなった視界の中で、衝撃に身を備える。‥‥‥しかし、いつまでたってもやって来ない。
目が慣れてきたことで、周囲を確認する。俺は優し気な青年に抱きかかえられながら横になっている。そして巻き込まれた俺たちとこの破壊の元凶である爺さんを馬車に潰されないように支えている男が一人。
最後の乗客の隈のあるおっさんだ。
「だ、大丈夫か? 少年は‥‥‥無事みたいだな。良かった良かった」
優しい口調でそう言うと、腕をフンと軽く払いのける。それだけで重たい馬車が一瞬宙に浮いて俺たちにへそを向けるように倒れる。
怪力無双・2ですやん。
視界が開け、青い空がやけに眩しく見える。この大量のゴブリンたち何とかなるかも。
立ち上がり、俺を守るようにして背を向ける三人の逞しい背中を見て、不思議と安心感が湧いてきた。