「ぐぅあっ!!!! の、脳が揺れるッ!!!! おのれ小娘ぇッ!!!!」
「せーかいりゅーおー! セリンおねーちゃんをかえしなさい! ステラ、とってもおこってるんだからねぇッ! きょうはえんりょなくうたっちゃうからぁ~~~~!」
「ぐぬぅうううううッ!!!! その歌をすぐにやめろ!!!!」
精海竜王の耳元でステラが魔歌を放つ。
奴隷売買の走狗を追って洞窟に潜った際、炸裂したハーピーの神技。
種族を問わず生き物を惑わす魔性の歌は精海竜王の精神さえ乱す。
鞭のようにしなっていた青い巨体が固まる。
ステラの歌声の抑揚に合わせて、のたうち回る竜の王に――俺は勝機を見た。
見たか。
俺には頼りになる嫁がいる。
そして、仲間がいる。
ここまで俺たちが培った絆を信じろ。
ステラの姿に励まされ、俺は再び石兵玄武盤に力を籠めた。
復活した土塊の竜が、魔歌に幻惑される精海竜王に迫る。
フラフラと揺れるその顔を、鋭く伸びた土の竜の巨体が襲う。
「ぐぁっ! くそっ! このワシが、攻撃を……!」
「どうだ精海竜王! 小さき者に一矢報いられた感想は! 奢るのもここまでだ!」
「ぴぃっ! まだまだいくよなのぉ~~~~! ぴぇええええ~~~~♪」
「ぐっ、ぬぁあああああああああァッッッッ!!!!」
ステラが惑わし、俺の竜が痛めつける。
モロルドの島民に畏れられた、精海竜王が人間に追い詰められる。
一転しての攻勢に、港に展開した近衞兵たちから歓喜の声が上がった。
「ぼーっとしているんじゃない! 我が君――モロルド王とその細君にばかりに任せるな! この地は我々の力で守るんだ!」
そんな領民たちをイーヴァンが叱咤・鼓舞する。
すぐさま近衛兵たちは自らの仕事を思い出し、再び銃を手に取った。
のたうち回る精海竜王に鉛玉の雨を浴びせかける。
これはいける。
そんな手応えをあらためて感じた、その時――。
「図に乗るなよ! 小娘ぇッ! そのようなマネができるのが、自分だけと思うてか!」
轟雷よりもさらに激しい咆哮が天に木霊する。
鱗に覆われた喉を鳴らし、精海竜王は天に向かって吠えた。
それは天を揺らし、空気を震わせ、ステラの魔歌をかき消す。
生き物の精神を惑わす魔歌は咆哮によって相殺された。
「ぴぃいぃ~~~~?」
「ステラ!」
それだけではない。
間近で轟音を浴びたステラが混乱する。
ふらふらとその場で旋回した彼女は、頭から海に向かって落下した。
海面に激突するその直前で、水上を走るヴィクトリアにより回収されたが、ひとつ判断を間違えば危ないところだった。
おのれ精海竜王。
よくも俺の嫁に。
「ふはははっ! 飛ぶ鳥を落とすとはこのことよ! さあ、モロルド王! これでよもや終わりとは言うまいな!」
「精海竜王! ステラをよくも!」
土の竜の頭を肥大化させた俺は、それを豪腕へと変えた。
嫁を傷つけられた怒りをそのまま拳に籠め、精海竜王の頭蓋に振り下ろす。
しかし――巨大な竜の王は、拳をなんなく額で受け止めた。
どころか余裕の眼差しでこちらを睨み返す。
「嫁を傷つけられた怒りで、我を忘れたかモロルド王よ! 攻め筋が単調だぞ!」
「忘れてなどいないさ……! 俺はいたって冷静だ……!」
ここまでは計算通り。
俺の言葉に目を剥く精海竜王。
しかし、策はすでに発動している。
そして、彼の眼がそれを捕らえることはない。
「ほんに、乱暴者で困りはるわ。流石はあの田舎娘の親やなぁ。品のない田舎親父。そらあの器量で品のない娘に育ってまうんも、納得やわ……!」
「なっ! この声は……!」
精海竜王の頭上に蜜のような甘い声が響く。
ねっとりと絡みつくような声音の主は、俺の妻の一人にして武闘派の筆頭。
絡新婦――ルーシーだ。
海面に映る黒い魔物の影に、精海竜王が声を上げる。
再び、咆哮を上げ、巨体を左右に振って彼女を振り落とそうとするが、八本の脚は精海竜王の鱗を掴んで離さない。
「そないに暴れはらんでもええやないの」
「ええい! ワシの身体から離れろ! このっ……くそぉッ!」
「ほんに乱暴者なところまで、田舎娘にそっくりやわ! 親が親なら子も子ということなんやろな! ちょっと……こんな親に育てられたあの娘に同情してまうわ!」
「えぇい、うるさい! 貴様、いつのまに我が身体に!」
「あら、しらんのえ、精海竜王はん……」
ぞっとする息を吐き、ルーシーがその白い頬を歪める。
「蜘蛛は地中に棲みますんえ……!」
そう、さきほどの怒りにまかせたげんこつは――ブラフ。
拳の中に、俺はルーシーを握りこんでいた。
そして精海竜王の身体にとりつかせたのだ。
ステラの魔歌はたしかに強力だが、直接的なダメージを与えられない。
最初からこちらが本命。
いかにルーシーを精海竜王に近づけるか。
苦心した末の二段構えに、精海竜王はまんまとはまった。
激しく身を捩ってルーシーを振り払おうとする竜の王。
その頭部で絡新婦の女王が白刃が煌めかせる。
「胴田貫 虎政……!」
かつて倒した遺跡の神仙。
その仙宝の刀身を移植して作られた魔性の槍。
黄金色をした精海竜王の角に向かい振り下ろされたそれは、真っ二つに――巨木の幹のようなそれに切れ目を入れた。
精海竜王がまた曇天に向かって吠える。
「貴様ァッ! ワシの角によくもォッ!」
「あらあら、そないに大事なものやったん? ほんなら、下品に見せびらかさんとしまっておいたらええんとちゃいます?」
「ふざけおってぇ……ッ! 精海竜王を舐めるなよ、小娘ぇッ!」
「…………キャッ!」
ルーシーが切りつけた角を紫電が走る。
たちまち紫の光に包まれたかと思うと、それは絡新婦を弾き飛ばした。
まずい。
調子に乗りすぎた。
雷撃を喰らって焦げる絡新婦。
さしものルーシーも、近距離で魔法を喰らえば気も失う。
槍を握りしめたまま、彼女はふらりと精海竜王の頭から落下した。
急ぎ石兵玄武盤を操り、彼女を受け止めようとするが――。
「ぴぃッ! ルーシーさんまでいじめてぇッ! せーかいりゅーおー、いじわるのおおさま! いじわるやめるのぉ!」
「ステラ!」
復活したステラが、ルーシーを空中でキャッチした。
彼女に背中から抱きつかれたルーシーが、はっと目を覚ます。
「なんやステラ。助けてくれはったん?」
「ぴぃぴぃッ! ルーシーさんだいじょうぶ! いたくない!」
「大丈夫やわ。蜘蛛は鶏と違って、こんがり焼けても食われへんさかいになぁ……」
「ぴぃいぃいぃ~~~~ッ! やっぱり怖いのぉ~~~~ッ!」
どうやら、ステラをからかって翻弄するくらいには元気のようだ。
ほっとしたのも束の間。
精海竜王が再びその角に雷光を溜める。
次の一撃が来る。
「ステラ! ルーシー! 回避しろ!」
「バカめ! 逃がすか! ハーピーも絡新婦も、まとめて串焼きにしてくれるわ!」
「ララの一斉砲撃が入るぞ!!!! 絶対に躱せ!!!!」