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第72話 絶倫領主の花嫁、攻勢を仕掛ける

「ぐぅあっ!!!! の、脳が揺れるッ!!!! おのれ小娘ぇッ!!!!」


「せーかいりゅーおー! セリンおねーちゃんをかえしなさい! ステラ、とってもおこってるんだからねぇッ! きょうはえんりょなくうたっちゃうからぁ~~~~!」


「ぐぬぅうううううッ!!!! その歌をすぐにやめろ!!!!」


 精海竜王の耳元でステラが魔歌を放つ。

 奴隷売買の走狗を追って洞窟に潜った際、炸裂したハーピーの神技。

 種族を問わず生き物を惑わす魔性の歌は精海竜王の精神さえ乱す。


 鞭のようにしなっていた青い巨体が固まる。

 ステラの歌声の抑揚に合わせて、のたうち回る竜の王に――俺は勝機を見た。


 見たか。

 俺には頼りになる嫁がいる。

 そして、仲間がいる。


 ここまで俺たちが培った絆を信じろ。


 ステラの姿に励まされ、俺は再び石兵玄武盤に力を籠めた。

 復活した土塊の竜が、魔歌に幻惑される精海竜王に迫る。


 フラフラと揺れるその顔を、鋭く伸びた土の竜の巨体が襲う。


「ぐぁっ! くそっ! このワシが、攻撃を……!」


「どうだ精海竜王! 小さき者に一矢報いられた感想は! 奢るのもここまでだ!」


「ぴぃっ! まだまだいくよなのぉ~~~~! ぴぇええええ~~~~♪」


「ぐっ、ぬぁあああああああああァッッッッ!!!!」


 ステラが惑わし、俺の竜が痛めつける。

 モロルドの島民に畏れられた、精海竜王が人間に追い詰められる。

 一転しての攻勢に、港に展開した近衞兵たちから歓喜の声が上がった。


「ぼーっとしているんじゃない! 我が君――モロルド王とその細君にばかりに任せるな! この地は我々の力で守るんだ!」


 そんな領民たちをイーヴァンが叱咤・鼓舞する。

 すぐさま近衛兵たちは自らの仕事を思い出し、再び銃を手に取った。

 のたうち回る精海竜王に鉛玉の雨を浴びせかける。


 これはいける。

 そんな手応えをあらためて感じた、その時――。


「図に乗るなよ! 小娘ぇッ! そのようなマネができるのが、自分だけと思うてか!」


 轟雷よりもさらに激しい咆哮が天に木霊する。

 鱗に覆われた喉を鳴らし、精海竜王は天に向かって吠えた。

 それは天を揺らし、空気を震わせ、ステラの魔歌をかき消す。


 生き物の精神を惑わす魔歌は咆哮によって相殺された。


「ぴぃいぃ~~~~?」


「ステラ!」


 それだけではない。

 間近で轟音を浴びたステラが混乱する。

 ふらふらとその場で旋回した彼女は、頭から海に向かって落下した。


 海面に激突するその直前で、水上を走るヴィクトリアにより回収されたが、ひとつ判断を間違えば危ないところだった。


 おのれ精海竜王。

 よくも俺の嫁に。


「ふはははっ! 飛ぶ鳥を落とすとはこのことよ! さあ、モロルド王! これでよもや終わりとは言うまいな!」


「精海竜王! ステラをよくも!」


 土の竜の頭を肥大化させた俺は、それを豪腕へと変えた。

 嫁を傷つけられた怒りをそのまま拳に籠め、精海竜王の頭蓋に振り下ろす。


 しかし――巨大な竜の王は、拳をなんなく額で受け止めた。

 どころか余裕の眼差しでこちらを睨み返す。


「嫁を傷つけられた怒りで、我を忘れたかモロルド王よ! 攻め筋が単調だぞ!」


「忘れてなどいないさ……! 俺はいたって冷静だ……!」


 ここまでは計算通り。


 俺の言葉に目を剥く精海竜王。

 しかし、策はすでに発動している。


 そして、彼の眼がそれを捕らえることはない。


「ほんに、乱暴者で困りはるわ。流石はあの田舎娘の親やなぁ。品のない田舎親父。そらあの器量で品のない娘に育ってまうんも、納得やわ……!」


「なっ! この声は……!」


 精海竜王の頭上に蜜のような甘い声が響く。

 ねっとりと絡みつくような声音の主は、俺の妻の一人にして武闘派の筆頭。


 絡新婦――ルーシーだ。


 海面に映る黒い魔物の影に、精海竜王が声を上げる。

 再び、咆哮を上げ、巨体を左右に振って彼女を振り落とそうとするが、八本の脚は精海竜王の鱗を掴んで離さない。


「そないに暴れはらんでもええやないの」


「ええい! ワシの身体から離れろ! このっ……くそぉッ!」


「ほんに乱暴者なところまで、田舎娘にそっくりやわ! 親が親なら子も子ということなんやろな! ちょっと……こんな親に育てられたあの娘に同情してまうわ!」


「えぇい、うるさい! 貴様、いつのまに我が身体に!」


「あら、しらんのえ、精海竜王はん……」


 ぞっとする息を吐き、ルーシーがその白い頬を歪める。



「蜘蛛は地中に棲みますんえ……!」



 そう、さきほどの怒りにまかせたげんこつは――ブラフ。

 拳の中に、俺はルーシーを握りこんでいた。

 そして精海竜王の身体にとりつかせたのだ。


 ステラの魔歌はたしかに強力だが、直接的なダメージを与えられない。

 最初からこちらが本命。


 いかにルーシーを精海竜王に近づけるか。

 苦心した末の二段構えに、精海竜王はまんまとはまった。


 激しく身を捩ってルーシーを振り払おうとする竜の王。

 その頭部で絡新婦の女王が白刃が煌めかせる。


「胴田貫 虎政……!」


 かつて倒した遺跡の神仙。

 その仙宝の刀身を移植して作られた魔性の槍。


 黄金色をした精海竜王の角に向かい振り下ろされたそれは、真っ二つに――巨木の幹のようなそれに切れ目を入れた。


 精海竜王がまた曇天に向かって吠える。


「貴様ァッ! ワシの角によくもォッ!」


「あらあら、そないに大事なものやったん? ほんなら、下品に見せびらかさんとしまっておいたらええんとちゃいます?」


「ふざけおってぇ……ッ! 精海竜王を舐めるなよ、小娘ぇッ!」


「…………キャッ!」


 ルーシーが切りつけた角を紫電が走る。

 たちまち紫の光に包まれたかと思うと、それは絡新婦を弾き飛ばした。


 まずい。

 調子に乗りすぎた。


 雷撃を喰らって焦げる絡新婦。

 さしものルーシーも、近距離で魔法を喰らえば気も失う。

 槍を握りしめたまま、彼女はふらりと精海竜王の頭から落下した。


 急ぎ石兵玄武盤を操り、彼女を受け止めようとするが――。


「ぴぃッ! ルーシーさんまでいじめてぇッ! せーかいりゅーおー、いじわるのおおさま! いじわるやめるのぉ!」


「ステラ!」


 復活したステラが、ルーシーを空中でキャッチした。


 彼女に背中から抱きつかれたルーシーが、はっと目を覚ます。


「なんやステラ。助けてくれはったん?」


「ぴぃぴぃッ! ルーシーさんだいじょうぶ! いたくない!」


「大丈夫やわ。蜘蛛は鶏と違って、こんがり焼けても食われへんさかいになぁ……」


「ぴぃいぃいぃ~~~~ッ! やっぱり怖いのぉ~~~~ッ!」


 どうやら、ステラをからかって翻弄するくらいには元気のようだ。


 ほっとしたのも束の間。

 精海竜王が再びその角に雷光を溜める。


 次の一撃が来る。 


「ステラ! ルーシー! 回避しろ!」


「バカめ! 逃がすか! ハーピーも絡新婦も、まとめて串焼きにしてくれるわ!」



「ララの一斉砲撃が入るぞ!!!! 絶対に躱せ!!!!」

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