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第73話 仙宝娘、特攻する

「照準! 精海竜王頭部! ルーシーどのがつけられた傷痕! 撃てぇッ!」


 港湾の防塁から勇ましい声がする。

 陣頭に立ち指揮を執るのはホオズキ。

 その隣には、安楽椅子に腰掛けたララの姿があった。


 まだ容態の優れないララ。

 庵で寝ていろと言ったが、頑固な彼女はこの戦いへの参加を申し出た。


 病み上がりの彼女を使うのは心苦しかったが、直接戦闘の要員としてルーシー、ヴィクトリアがいるのに対し、後方支援の要員は少ない。

 これまでその役目を担ってきたセリンの後を埋める形で、黒猫の隠密を副官につけ、砲兵部隊を指揮させることにした。


 これが見事にハマった。


 以心伝心。

 言葉もなく意思疎通する、ララとホオズキ。

 隠弓神の神妙なる砲術の知恵を、隠密上がりの副官は余すことなく近衞兵たちに伝え、砲兵部隊は急激にその練度を上げた。


 そして、俺はそれを「精海竜王」戦の切り札にした。


「なっ! くそっ、砲弾の雨霰が! おのれケビン、よくもッ!」


「よもや卑怯だなどと、情けないことを言わないだろうな、精海竜王!」


 鉄砲と違い砲弾による打撃は、流石の精海竜王の巨体にも厳しい。さんざんに砲弾を撃ち込まれた竜王は、またしてもその身体を左右に揺らしてよろめいた。


 だが、撹乱が狙いではない。

 これは正真正銘のとどめ。

 決着を求めての攻撃だ。


 狙いはずばり――ルーシーが傷を入れた角。

 ここに砲弾を撃ち込む。


 さすがに一刀両断とはいかなかったが、砲弾が当たれば話は別だ。

 絡新婦の愛刀が入れたひびは、徐々に深さを増していき――やがて精海竜王の角を断つことだろう。


「ぐぬぁっ! くそっ! ワシの角に当ててきよる!」


「モロルド兵の練度を侮ったな、精海竜王! そら! これでトドメだ!」


 さらに砲火が激しくなる。

 加えて銃による攪乱も行い、俺たちは精海竜王を攻め立てた。


 かなりの精度で角を叩く砲弾。

 当たる度に、甲高くなる精海竜王の悲鳴。


 これはいける。

 精海竜王に勝てる。


 そう思ったのだが――。


「きゃあああああああッ!」


「うわぁっ! 砲に雷が!」


「一時退避! 火薬に引火する恐れがある!」


 精海竜王はその身からではなく、その頭上を漂う暗雲から雷を落とした。


 この攻撃は、完全に想定外だった。


 だが、不思議ではない。

 精海竜王に天候を操る力があることを失念していた。


 翻弄される精海竜王にすっかりと騙された。

 彼は砲撃を受けながら、虎視眈々と反撃の機を窺っていたのだ。


「なかなかやるではないか、ケビン! 口だけは立つ優男かと思っていたが、此度の戦いぶりはあっぱれだ! しかしな……ワシの方が駆け引きでは一枚上手よ!」


「…………精海竜王!」


 砲弾の雨の中から姿を現す海竜の王。

 その黄金の角に入ったひびは――あと二・三発でも、砲弾が当たれば折れるのではないかという状態だ。


 ここまで彼を追い詰めたのに、あと一手が足りない。


 稲光が走る曇天に鎌首をもたげる青い竜。

 紅色の眼を光らせて、彼はその口から白い息を吐き出した。


「さて、どうするモロルド王! まだ、やるか! 万策尽きたのではないか! これ以上やると言うならば……もはや、どちらかが滅ぶまで止まれぬぞ!」


 万策尽きた。

 我を通すと決め精海竜王と対峙する道を選んだが、勝ち目のない戦いにまで領民を巻き込むつもりはない。


 雷雲は今にも落ちんとしている。

 いくつかの砲は雷撃にやられ、その機能を完全に封じられた。

 また、曇天の下に出たならばすかさず精海竜王が雷霆を落とすだろう。


 この状況を覆す手札はない。

 俺の命ひとつでことを収められるならば――。


「……分かった、精海竜王! 俺の」



「諦めるにはまだ速いですよマスター!」



 港湾に元気いっぱいのヴィクトリアの声が響く。

 そういえば、ステラを助けてから姿が見えないと思っていたが、いったいどこに行ったのか。声のした方を振り返れば、彼女はララたちと同じ場所にいた。


 そう、ララとホオズキが操る砲筒――その中に収まって。


 いったいなにをしているんだ?


「精海竜王! 人を侮るのもいい加減にしなさい! 人は弱い! しかし、弱いからこそ必死にあがく! 貴方のような生まれついての強者には分からぬのでしょうね!」


「なんだろう、すごくいいことを言っているようだが、ぜんぜん心に響かない!」


「さあ、今こそ人の怒りを知るときです――ララさまやっちゃってください!」


 そういうと「きゅぽん!」と砲身に身体全体を隠すヴィクトリア。

 なんとなく、彼女が何をしようとしているのか分かった。


「ほ、本当にやるの? 危ないよ、ヴィクトリアさん……?」


「大丈夫です! いいからファイアー! ファイアー! ファイアーです!」


「……うぅっ! やっちゃって、ホオズキちゃん!」


 混乱に、幼い口調に戻っているララ。

 そんな彼女の命令で、ホオズキが砲身に火をともす。


 途端、轟音と共に、仙宝娘が発射された。


「見なさい! 精海竜王! これが――人の意地だぁッ!!!!」

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