「照準! 精海竜王頭部! ルーシーどのがつけられた傷痕! 撃てぇッ!」
港湾の防塁から勇ましい声がする。
陣頭に立ち指揮を執るのはホオズキ。
その隣には、安楽椅子に腰掛けたララの姿があった。
まだ容態の優れないララ。
庵で寝ていろと言ったが、頑固な彼女はこの戦いへの参加を申し出た。
病み上がりの彼女を使うのは心苦しかったが、直接戦闘の要員としてルーシー、ヴィクトリアがいるのに対し、後方支援の要員は少ない。
これまでその役目を担ってきたセリンの後を埋める形で、黒猫の隠密を副官につけ、砲兵部隊を指揮させることにした。
これが見事にハマった。
以心伝心。
言葉もなく意思疎通する、ララとホオズキ。
隠弓神の神妙なる砲術の知恵を、隠密上がりの副官は余すことなく近衞兵たちに伝え、砲兵部隊は急激にその練度を上げた。
そして、俺はそれを「精海竜王」戦の切り札にした。
「なっ! くそっ、砲弾の雨霰が! おのれケビン、よくもッ!」
「よもや卑怯だなどと、情けないことを言わないだろうな、精海竜王!」
鉄砲と違い砲弾による打撃は、流石の精海竜王の巨体にも厳しい。さんざんに砲弾を撃ち込まれた竜王は、またしてもその身体を左右に揺らしてよろめいた。
だが、撹乱が狙いではない。
これは正真正銘のとどめ。
決着を求めての攻撃だ。
狙いはずばり――ルーシーが傷を入れた角。
ここに砲弾を撃ち込む。
さすがに一刀両断とはいかなかったが、砲弾が当たれば話は別だ。
絡新婦の愛刀が入れたひびは、徐々に深さを増していき――やがて精海竜王の角を断つことだろう。
「ぐぬぁっ! くそっ! ワシの角に当ててきよる!」
「モロルド兵の練度を侮ったな、精海竜王! そら! これでトドメだ!」
さらに砲火が激しくなる。
加えて銃による攪乱も行い、俺たちは精海竜王を攻め立てた。
かなりの精度で角を叩く砲弾。
当たる度に、甲高くなる精海竜王の悲鳴。
これはいける。
精海竜王に勝てる。
そう思ったのだが――。
「きゃあああああああッ!」
「うわぁっ! 砲に雷が!」
「一時退避! 火薬に引火する恐れがある!」
精海竜王はその身からではなく、その頭上を漂う暗雲から雷を落とした。
この攻撃は、完全に想定外だった。
だが、不思議ではない。
精海竜王に天候を操る力があることを失念していた。
翻弄される精海竜王にすっかりと騙された。
彼は砲撃を受けながら、虎視眈々と反撃の機を窺っていたのだ。
「なかなかやるではないか、ケビン! 口だけは立つ優男かと思っていたが、此度の戦いぶりはあっぱれだ! しかしな……ワシの方が駆け引きでは一枚上手よ!」
「…………精海竜王!」
砲弾の雨の中から姿を現す海竜の王。
その黄金の角に入ったひびは――あと二・三発でも、砲弾が当たれば折れるのではないかという状態だ。
ここまで彼を追い詰めたのに、あと一手が足りない。
稲光が走る曇天に鎌首をもたげる青い竜。
紅色の眼を光らせて、彼はその口から白い息を吐き出した。
「さて、どうするモロルド王! まだ、やるか! 万策尽きたのではないか! これ以上やると言うならば……もはや、どちらかが滅ぶまで止まれぬぞ!」
万策尽きた。
我を通すと決め精海竜王と対峙する道を選んだが、勝ち目のない戦いにまで領民を巻き込むつもりはない。
雷雲は今にも落ちんとしている。
いくつかの砲は雷撃にやられ、その機能を完全に封じられた。
また、曇天の下に出たならばすかさず精海竜王が雷霆を落とすだろう。
この状況を覆す手札はない。
俺の命ひとつでことを収められるならば――。
「……分かった、精海竜王! 俺の」
「諦めるにはまだ速いですよマスター!」
港湾に元気いっぱいのヴィクトリアの声が響く。
そういえば、ステラを助けてから姿が見えないと思っていたが、いったいどこに行ったのか。声のした方を振り返れば、彼女はララたちと同じ場所にいた。
そう、ララとホオズキが操る砲筒――その中に収まって。
いったいなにをしているんだ?
「精海竜王! 人を侮るのもいい加減にしなさい! 人は弱い! しかし、弱いからこそ必死にあがく! 貴方のような生まれついての強者には分からぬのでしょうね!」
「なんだろう、すごくいいことを言っているようだが、ぜんぜん心に響かない!」
「さあ、今こそ人の怒りを知るときです――ララさまやっちゃってください!」
そういうと「きゅぽん!」と砲身に身体全体を隠すヴィクトリア。
なんとなく、彼女が何をしようとしているのか分かった。
「ほ、本当にやるの? 危ないよ、ヴィクトリアさん……?」
「大丈夫です! いいからファイアー! ファイアー! ファイアーです!」
「……うぅっ! やっちゃって、ホオズキちゃん!」
混乱に、幼い口調に戻っているララ。
そんな彼女の命令で、ホオズキが砲身に火をともす。
途端、轟音と共に、仙宝娘が発射された。
「見なさい! 精海竜王! これが――人の意地だぁッ!!!!」