砲によって仙宝娘が打ち出される。
角に傷を負った精海竜王に向かい、ヴィクトリアは一直線に飛んだ。
砲に撃ち出されて無傷なのは、流石は神仙の宝だ。
「ウォオオオオオッ!!!! 人の力を思い知れぇッ!!!!」
「やはりまったく説得力がない……ッ!」
意気込んで人類側に立ってくれたのはありがたいが、ヴィクトリアもどちらかといえば精海竜王側の存在だ。
当たれば爆発四散する鉛玉を射出する砲に、生身で入って飛び出せるのは彼女だけ。
なんだか憮然としない気分ではあったが、まぁそれはそれ。
一発逆転。
俺たちはついに精海竜王を追い詰めた――。
「アホが! そんな単調な攻撃が当たると思ってか!」
「ですよねぇ!」
と、思ったがぬか喜び。
精海竜王は飛んでくるヴィクトリアをひょいと避けた。
砲弾がいくつも飛び交っているならいざ知らず、ヴィクトリアが単身飛んできただけ。
そんな単調な攻撃、避けることなど造作もない。
わかりきっていたこと。
けれども、万が一でもと思った自分が情けない。
「まだです! まだ、私の攻撃は終わっていません!」
「なにぃッ!」
「腰の角度を110度に変形! 空気抵抗を計算! 軌道修正――さぁ、この軌道を読むことができますか! ヴィクトリア・ブーメランです!」
「ぐっ、ぐわぁあああああッ! バカな、戻ってくるだとォッ!」
とか思ったら、なぜか戻ってきたヴィクトリアが精海竜王の角に激突した。
後方に回られて返ってきたら、流石の精海竜王も避けられない。
ぐらりと揺れた精海竜王の角。
ついに黄金に輝く力の象徴が根元から折れる。
「ぬっ! ぐっ、ぐおぉおおおおッ! バカな、このワシがぁッ!」
強烈な破砕音と共に閃光が曇天に走った。
悲痛な声を上げる精海竜王から、その角が片方落ちた。
海面に落下したそれは、入水の寸前に激しく明滅する。
そのあまりにはげしい蒸発音と雷光に、思わず目を手で覆った。
内海の覇者がついに倒れる。
ステラが、ルーシーが、ララが、そしてヴィクトリアが――繋いでくれた勝利だった。彼女たちがいなければ、この勝利をたぐり寄せることはできなかっただろう。
「精海竜王の力の源はあの角です。角を失った今、精海竜王は戦う力を持ちません」
「ヴィクトリア……ありがとう!」
戻ってきたヴィクトリアに礼を言う。
これでモロルドの平和は守られた――。
かに、思われた。
「ぴぃっ! なんだかせーかいりゅーおーがへんだよぉ!」
「……旦那はん、あれ、もしかしてまずいんとちゃいますのん?」
「仙気の増大を確認! バカな、力の源である角は破壊したのに!」
「みんな危ない! 伏せてぇッ!」
病身を押してのララの叫びで、俺たちはその場に伏せる。
モロルドの港に雷霆が雨のように降り注ぐ。
それは、これまで精海竜王が起こした嵐とはまるで違う――制御不能の暴威だった。
地に伏せながら天を見上げる。
暗雲に渦巻く稲光。そして天を這いずる轟音。
紫電に巻かれる青い龍。
いったいなにが起きているのか?
その事情を説明したのは――。
「……いかん! ケビン! 兵を引き上げて山へと逃げよ!」
「精海竜王⁉」
敵であるはずの精海竜王だった。
彼は自らが発した雷でその身体を焼きながら、俺たちに逃げるように勧告した。
もちろん、これまでのやりとりが茶番だったわけではない。
どうやら、彼の想定をも超える事情のようだ。
「そこの仙宝娘が言った通り、ワシの力の源はこの双角だ! その一方が欠けたことで、体内を巡る気脈がおかしくなりおった! このままだと、ワシの身体は内に巡る気を御すことができなくなり――爆発四散する!」
「そんな……精海竜王! なにも死ぬことは!」
「……えぇい! どこまでも甘いなケビン! その甘さと若さが、この事態を招いたというのをなぜ分からぬ! まったく、ワシもどうしようもない男に惚れ込んだものよ!」
精海竜王はそう吐き捨てると、身を翻して天に昇ろうとする。
少しでもモロルドから離れる気なのだ。
しかし、その身体は既に彼の制御下にないらしい。
彼は急に上昇を止めたかと思うと、モロルドの港湾へと落下した。
水竜の巨体が大きな鯨波を巻き起こす。
それは稲光を浴びた津波となり、モロルドの港に押し寄せた。
これまでにない不測の事態。
このような攻撃を備えどころか予想もしていなかった。
どうしようもない。
今度こそ万事休す。
押し寄せる波に死を悟ったその時――。
「みなさん! 諦めないでください……! 父は私が止めてみせます!」
懐かしく愛しい声が俺の耳へと届いた。