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第74話 精海竜王、角を落とす

 砲によって仙宝娘が打ち出される。

 角に傷を負った精海竜王に向かい、ヴィクトリアは一直線に飛んだ。


 砲に撃ち出されて無傷なのは、流石は神仙の宝だ。


「ウォオオオオオッ!!!! 人の力を思い知れぇッ!!!!」


「やはりまったく説得力がない……ッ!」


 意気込んで人類側に立ってくれたのはありがたいが、ヴィクトリアもどちらかといえば精海竜王側の存在だ。

 当たれば爆発四散する鉛玉を射出する砲に、生身で入って飛び出せるのは彼女だけ。


 なんだか憮然としない気分ではあったが、まぁそれはそれ。


 一発逆転。

 俺たちはついに精海竜王を追い詰めた――。


「アホが! そんな単調な攻撃が当たると思ってか!」


「ですよねぇ!」


 と、思ったがぬか喜び。

 精海竜王は飛んでくるヴィクトリアをひょいと避けた。


 砲弾がいくつも飛び交っているならいざ知らず、ヴィクトリアが単身飛んできただけ。

 そんな単調な攻撃、避けることなど造作もない。


 わかりきっていたこと。

 けれども、万が一でもと思った自分が情けない。


「まだです! まだ、私の攻撃は終わっていません!」


「なにぃッ!」


「腰の角度を110度に変形! 空気抵抗を計算! 軌道修正――さぁ、この軌道を読むことができますか! ヴィクトリア・ブーメランです!」


「ぐっ、ぐわぁあああああッ! バカな、戻ってくるだとォッ!」


 とか思ったら、なぜか戻ってきたヴィクトリアが精海竜王の角に激突した。

 後方に回られて返ってきたら、流石の精海竜王も避けられない。


 ぐらりと揺れた精海竜王の角。

 ついに黄金に輝く力の象徴が根元から折れる。


「ぬっ! ぐっ、ぐおぉおおおおッ! バカな、このワシがぁッ!」


 強烈な破砕音と共に閃光が曇天に走った。


 悲痛な声を上げる精海竜王から、その角が片方落ちた。

 海面に落下したそれは、入水の寸前に激しく明滅する。

 そのあまりにはげしい蒸発音と雷光に、思わず目を手で覆った。


 内海の覇者がついに倒れる。


 ステラが、ルーシーが、ララが、そしてヴィクトリアが――繋いでくれた勝利だった。彼女たちがいなければ、この勝利をたぐり寄せることはできなかっただろう。


「精海竜王の力の源はあの角です。角を失った今、精海竜王は戦う力を持ちません」


「ヴィクトリア……ありがとう!」


 戻ってきたヴィクトリアに礼を言う。

 これでモロルドの平和は守られた――。


 かに、思われた。


「ぴぃっ! なんだかせーかいりゅーおーがへんだよぉ!」


「……旦那はん、あれ、もしかしてまずいんとちゃいますのん?」


「仙気の増大を確認! バカな、力の源である角は破壊したのに!」


「みんな危ない! 伏せてぇッ!」


 病身を押してのララの叫びで、俺たちはその場に伏せる。

 モロルドの港に雷霆が雨のように降り注ぐ。

 それは、これまで精海竜王が起こした嵐とはまるで違う――制御不能の暴威だった。


 地に伏せながら天を見上げる。

 暗雲に渦巻く稲光。そして天を這いずる轟音。


 紫電に巻かれる青い龍。


 いったいなにが起きているのか?

 その事情を説明したのは――。


「……いかん! ケビン! 兵を引き上げて山へと逃げよ!」


「精海竜王⁉」


 敵であるはずの精海竜王だった。


 彼は自らが発した雷でその身体を焼きながら、俺たちに逃げるように勧告した。

 もちろん、これまでのやりとりが茶番だったわけではない。


 どうやら、彼の想定をも超える事情のようだ。


「そこの仙宝娘が言った通り、ワシの力の源はこの双角だ! その一方が欠けたことで、体内を巡る気脈がおかしくなりおった! このままだと、ワシの身体は内に巡る気を御すことができなくなり――爆発四散する!」


「そんな……精海竜王! なにも死ぬことは!」


「……えぇい! どこまでも甘いなケビン! その甘さと若さが、この事態を招いたというのをなぜ分からぬ! まったく、ワシもどうしようもない男に惚れ込んだものよ!」


 精海竜王はそう吐き捨てると、身を翻して天に昇ろうとする。

 少しでもモロルドから離れる気なのだ。


 しかし、その身体は既に彼の制御下にないらしい。

 彼は急に上昇を止めたかと思うと、モロルドの港湾へと落下した。


 水竜の巨体が大きな鯨波を巻き起こす。

 それは稲光を浴びた津波となり、モロルドの港に押し寄せた。


 これまでにない不測の事態。

 このような攻撃を備えどころか予想もしていなかった。

 どうしようもない。


 今度こそ万事休す。

 押し寄せる波に死を悟ったその時――。


「みなさん! 諦めないでください……! 父は私が止めてみせます!」


 懐かしく愛しい声が俺の耳へと届いた。

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