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7月20日 鉄人の系譜

 昼休み、今日はユリがランチミーティングがあるとかでそれぞれでご飯を食べることになっていた。

 だから自分の机で購買のサンドイッチを広げようとしていたら、真っ黒い影が目の前に立ちはだかった。

 雲類鷲さんだった。


「よう、狩谷。ちょっと面貸せよ」

「雲類鷲さん、焼けたね?」

「あー、連休でバイトさせられてよ。それよりちょい、ちょっと」


 彼女は手招きをしながら教室を出ていく。

 先に要件を言ってくれてもいいんだけど、私の周りの人間はどうしてこう、思わせぶりな言い方しかできないんだろうか。

 話が始まらないだろうし、ついていくけどさ。


 雲類鷲さんと一緒に、そのまま隣のクラスの教室に入る。

 すると、教室の隅のほうの机に体育祭の実行委員の面々が集まっていた。


「実行委員の集まり?」

「そう。体育祭の競技がまだ全部決まってないらしくってよ」


 雲類鷲さんはそう言って、みんなが囲む机の上に広げた手書きのメモを見下ろした。

 釣られてみると、そこにはいろんな競技名がずらっと並んでいて、いくつかの横に〇印が。

 そしていくつかの競技は、名前の上から横線が引かれていた。

 採用と不採用ってことだろう。

 それとは別に、まだ何の印もついてない競技がいくつか。

 こっちは検討中ってことか。


「で、なんで私が呼ばれたの?」


 昼休みから会議をやってるのは殊勝なことだけど、別にこれ、私がいなくても問題ないんじゃ。

 雲類鷲さんはバツが悪そうに頭をかく。


「ひと言で言えば迷走してるっつーか? こう、最後のひとつがバシっと決まんなくってよ」

「はあ」

「それで、それまでの会議の流れを知らない人間に意見を貰おうって話になったわけだ」


 それで私か。

 呼ばれた理由は分かった。

 私はもう一度、机の上の手書きリストに目を落とす。


「超借り物競争――超って何? 人間競馬――それは鉄骨渡り的な? ブートキャンプ――もはや競技ですらない」

「迷走してるっつったろ」


 迷走ってレベルじゃないと思うんだけど。


「ちなみに人間競馬はカイジ的なのじゃなくてウマ娘的なのです」


 実行委員の子が補足してくれたけど、余計にピンと来なかった。

 それって長距離走と何か違うの?


「というわけでだ、ここは生徒会長の鶴の一声をひとつ」

「どういうわけなの?」

「ここにあるやつでも、何かぱっと思いついたやつでも、何でもいいから、狩谷が言ったやつに決めちまおうかと」

「責任重大すぎる」


 決まらないからって、最後にぶん投げはどうかと思うよ。

 そもそも体育祭の競技ってどんなのがあったっけ。

 徒競走系とか騎馬戦とか、定番の競技は既に〇印がついてるし。

 障害物走みたいなバラエティ競技もひとしきり充実しているし。

 このラインナップに足りないもの……なんだろう。

 ガチでキツイ感じのやつとか?


「トライアスロン」


 それで、ぱっと口をついて出たのはそんな言葉だった。


「トライアスロンって、あのトライアスロンか?」

「いや、オリンピックで見たの思い出して、なんとなく」


 思い出したのは、あの茶色い海を泳いでるとこだけだけど。


「ほんとになんとなくだから、あんまり真面目に考えないで」


 あえてそう言ったつもりだったんだけど、実行委員たちはなぜか真面目に検討を始める。


「トライアスロンかあ。スイムはプール、ランはグラウンドとして、バイクはどうするよ。外周レースでもする?」

「あれは? ジム室にあるフィットネスバイクとか」

「台数足りるか?」

「チャリ部のローラー台提供してもいいけど」

「あれって慣れてないとムズイって漫画で見たけど」

「弱ペダのことかお前。確かに三本ローラーはムズいけど、初心者用の安定させやすいやつもある」

「それならいけるか。じゃあ、最後の一種はトライアスロンで」

「おーけい、決まり」


 あれよあれよという内に話がまとまってしまった。

 鶴の一声っていうか、呟いただけなんだけど、こんなんでいいの?


「これなら別に私の意見じゃなくたって、適当に決められたんじゃ」

「いや、なんかこう、〝決める〟ってことに疲れちまってよ。運営は何とかするから、競技だけ誰かに決めて欲しかったっつーか」


 雲類鷲さんが苦笑する。

 そういう気持ちはまあ分からないでもない。

 議論が煮詰まった時って、答えは何でも良いんだ。

 というよりも、どれを選んでも大差ない時に議論は煮詰まるんだ。

 誰でもいいから決めてくれ。

 そんな感覚。


「それでいいならいいんだけど……ほんとにするの、トライアスロン」


 オリンピックのそれしか知らない私からしたら、単純にすごくキツイってイメージしかないんだけど。

 女子校の体育祭で競技として成立するのかって、それが心配だ。


「まー、距離とか手心加えればなんとかなるだろ。スイム五〇〇m、バイク一〇キロ、ラン三キロとかか?」

「それでも十分キツそうだけど」


 スイム五〇〇mってそれだけでヘトヘトにならない?

 でも、当の雲類鷲さんは「そうか?」って感じのキョトン顔で首をかしげていた。

 そう言えばこの人、水泳部だった。

 体力オバケの側の人間か。


「何にしても、決まったなら良かった。私、もうご飯食べて良いかな」


 会議がすっかり競技の中身の話に切り替わったので、私は頃合いを見て声を掛ける。


「おう、助かった助かった。また何かあったら頼むわ」


 雲類鷲さん含めて、なぜかみんなに手を振って見送られながら、私は教室を後にした。

 なんだかんだで体育祭は問題なさそう……かな。

 もともと学園祭の三つのイベントの中では、準備はそれほどでもなく当日がとにかく忙しいやつだし。

 なんとか開催にさえこぎつけてしまえば、案外どうにかなりそうなもんだ。


 問題はやっぱり一般招待日だよね……ウチのクラスって結局何をするんだろ。

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