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第3話

「何をしているロベリア!」

 メリアが来たのに気づいたユウタが怒声を上げる。

 ツタに捕らわれて身動きが取れない仲間を見てこの発言だ。労わる気持ちなんてかけらもない。捕らわれてしまったというミスを責め立てることしかしないのだ。ロベリアはユウタの声に、か細い声で「申し訳ありません」と答えた。ネージュはその様子を見て、眉を顰める。ロベリアの拘束を解いてやるべく、ユウタから離れようとしたネージュを彼は呼び止めた。

「良い、あちらよりも、早くこいつらを始末するぞ!」

 ネージュの支えで立ち上がったくせに、なおも突っ込んでいこうとする。その無謀さにネージュはあきれそうになったが、ここで本音を晒しては台無しだ。――まだ、まだ。

「ですが、ロベリアさんの身体はもう持たないですわ。はやく回復して差し上げませんと……」

 ネージュの反論に、ユウタは片眉を上げる。

「何を言っているんだ? あれが倒れようが知ったことか。僕たちは大義を為さねばならない。その好機が今だと言っているんだ!」

 肩に傷を負ってはいるものの、勇はまだしっかりと立っている。どこが好機と言えようか。マルタンが死に絶えた、と思っているのだろうか。それで? ネージュはユウタの発言に首を傾げそうになり、堪える。

「……そうかもしれませんが……」

「ネージュ、君まで僕の言うことを聞けないっていうのか!? 今まで僕を支え続けてくれた、君が……!」

 ネージュの手を握り、乞うようにそう言ったユウタ。

(ああ、こいつ自分の魅了のスキルがオレにも効くと思ってんだな……)

 心の奥底で『セルジュ』はほくそ笑む。魔族の血が流れているネージュは、魔法に対しての抵抗力も並の人間よりは高い。

(でも、まあ……ここは……)

 ユウタの手を握り返すと、ネージュは答える。

「……申し訳ありませんでした、わたくしは……ただ、仲間を失うのが……嫌で」

 ほろり、と涙を零してみせる。

「ああ、わかっている。君は優しい人だ、ロベリアを案じているんだね……だが、ここで為すべきことを為さねば彼女の努力も水の泡だ。彼女を信じて、僕たちは敵と戦うべきなんだ!」

 格好の良いことを言っているように見せているが、ロベリアを見殺しにしてでもマルタンたちに攻撃を加えて勝ちに持っていきたいと言っているだけだ。『セルジュ』はユウタを心の底から軽蔑した。ネージュとしての憂いを帯びた表情は崩さぬまま――。

「さあ、ネージュ! 行こう……! まずは君の光魔法で」

 目くらましをして、あいつらの命中率を下げてくれ。

 そう囁かれる。

 ネージュが使える魔法は、治癒とデバフとバリアだ。……少なくとも、ユウタが知っている範囲のものは。

「かしこまりました」

 命中率を下げるのであれば、誰かが傷つくわけではない。了承したネージュは右手を高く掲げ、まばゆい光を放つ。

「っ……」

 一瞬、その眩しさに勇とアドラ、メリアは目を閉じた。

 本来、この目くらましの光魔法『ブラインド・レイ』は一定時間対象の目に魔法の光を明滅させ、正常な視界を奪うものである。

(……あれ?)

 目を開き、アドラは悟った。

(……なるほど、これ、ブラインド・レイじゃねえな……)

 まばゆい光が差し、目を閉じさせるところまでは同じだ。しかし、次に目を開けた時に視界に異常はなかった。つまりは――。

(ブラインド・レイに見せかけた……なんだ、これは?)

 直後、ふわ、と周囲に霧がかかった。

 霧はゆるりと広がって、勇たちの輪郭を曖昧にしていく。

「ミスティ・フォグ……」

 メリアが、アドラと勇にだけ聞こえるように呟いた。

「どういうこと……?」

 勇の問いに、アドラは小声で短く答える。

「こっちの姿が向こうから見えにくくなってる」

「えっ……」

 パァン、と猟銃の音が響いた。アドラを狙って放たれた弾丸は、霞んだ像をすり抜けてどこかへ飛んでいく。

「な? 霧に紛れて行くぜ」

 目にもとまらぬ速さでジェイクの眼前へ躍り出ると、弾を込めなければとあたふたするその右肘を思いっきり蹴りつける。

「あだーっ!!」

「ジェイク!?」

 霧の向こうで、ユウタが叫んでいるのが聞こえるが、肘を砕かれん勢いで蹴られたジェイクは右腕全体のじんじんとした痛みに悶絶している。もちろん、手先に伝わった痺れのせいで猟銃も取り落としてしまった。

「もーらい」

 その猟銃を拾い上げると、アドラはジェイクから離れてしまう。

「あっ、まて、返せっ」

「やーなこった」

 猟銃を持たないジェイクは、剣という近距離武器しか持たない。しかしこの男は先刻からの身のこなしを見る限り愚鈍であることがわかっていたので、アドラはからかうようにひらひらと彼の周りを飛んで勇の方へ戻っていった。

「猟銃ゲットした」

「え、うん……」

 霧の中で笑うアドラ。不思議なことに、この霧は勇たちを覆い隠しはするが、勇パーティの面々の視界を奪うことはしていないのである。『ミスティ・フォグ』は、かけた対象の回避率を上げる魔法。それを、ネージュは意図的に勇たちにかけてくれたのだ。アドラはもとより『セルジュ』がユウタの仲間ではないことを知っていたので、この行為の整合性を理解していたが、勇は混乱しているようだった。

「言ったろ、あいつは大丈夫って」

 アドラのその言葉で、なんとなく察する。

 ネージュさんは、味方……? 勇の戸惑うような視線に、アドラはしっかりと頷いた。


「く、くそ、こうはしていられん……!」

 ジェイクが勇とアドラ、ユウタが対峙する場所目掛けて駆け出す。その勇気は賞賛に値するかもしれない。――が。

 ――グルルルル。

 低い唸り。

 ジェイクの眼前に現れたのは、あの黒いドラゴンの巨体であった。

「ひ、ひい」

 情けない声を上げてジェイクは足を止める。ライルハルトは、姿勢を落として威嚇の声を上げた。これ以上近寄るのならば容赦はしない、と。

「あ……わわ、わ」

 ジェイクが持つ剣では、このドラゴンに傷一つつけることは叶わない。


「おい!!」


 霧の向こうでユウタが呼んでいる。

 腰が抜けてしまったジェイクは、その声に答えることは出来なかった。


 ユウタはひとつ舌を打つ。

「そっちばかり気にしていていいの?」

 勇がメイスを振り上げた。

「!!」

 ユウタはその一撃を寸でのところで躱す。全体重を乗せて振りかぶった勇の一撃は、今までユウタが立っていた場所の土をえぐった。

「……なんだ、この威力……!」

「なんだろうね」

 静かな怒りを孕んだ声で勇は吐き捨てるように答える。ユウタにエネルギーを奪われた地面は泥質に淀んでいたが、マルタンと共に力を使うことができない今、勇にはどうすることも出来なかった。ぐちゃり、と音を立てて泥からメイスを引き上げると、勇は再度ユウタを正面から睨む。

「く、来るな……」

 今までに感じたことのない殺気にユウタは顔を引きつらせる。振り上げたメイスが降ろされたとき、ネージュが張ったバリアがそれを弾いた。

「ッ……」

「ユウタさん、ご無事ですか」

 光のシェルターは二人を包むように守る。勇は攻撃を弾かれはしたが、メイスを振って泥を払うと再度構えた。

「ああ、ネージュ……やはり君は素晴らしいヒーラーだ」

「お褒めに預かり光栄ですわ。……ユウタさん?」

 ユウタはうっとりとネージュを褒めながら、片膝を着いたままその手を地に当てていた。

(……また、地からエネルギーを奪うつもり……)

 そう悟ったネージュはバリアを展開したままユウタに顔だけ向ける。

「ユウタさん、いけませんそれ以上は……!」

「君が守ってくれている間に僕は僕自身を強化する。なに、安心していい。必ずこいつは葬って見せる……!」

 ミシミシと音を立て、地が割れていく。先刻は泥質に変わっていたのに、次は『渇き』だ。大地からその生命力を奪うということだけしかこの技に共通点はなく、それがどのように周囲の環境を変貌させるかはその場所、その時に実際に奪ってみないと明らかにならないらしい。わかっていようがいまいが、自然の生命を奪っての魔法の発動などあってはならないことだが、ユウタはそんなことはお構いなしだ。

「僕を信じて、ネージュ」

 この場に似つかわしくないキラキラとした美しい微笑みを見せながら、白い歯を見せて笑うユウタ。ネージュはバリアを解いてその手を伸ばし止めようとしたが、届かなかった。ユウタはもう剣を振り上げ、勇へと斬りかかるところだ。

「イサミ!」

 アドラが勇を突き飛ばすようにして手斧でユウタの一撃を受ける。

(……は……?)

 ユウタの剣はぎらぎらと光を纏っていた。今までに受けたどの一撃より、重たい。手斧が、ばきん、と音を立てて折れた。アドラはその剣の切っ先を躱すように、地を転げる。ユウタは攻撃の勢いのまま、剣を地に突き立てた。

「……へえ? 上手上手……」

 くるり、と振り向いたユウタ。もう一度剣を振り上げる。さすがのアドラもその素早さには着いていけなかった。周辺の環境から奪った生命力で底上げされた力と速度には、敵わない。

「――!!」

 声も出ないまま、ユウタが掲げた凶器がイサミに迫るのを目で追う。あのメイスでは防ぎきれない。一撃の重さを身をもって知っているアドラは、かすりもしないのをわかっていながらも、手を伸ばした。

 自分の魔法が全く間に合わないことを悟って、メリアは勇の名を呼ぶ。

 勇の頭上で、重たい刃が風を切る音が響いた。


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