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欲望と策謀(2)


 まばゆい朝日が照らされた岩盤を前にして、浮足立つ気持ちを落ち着ける。焦ってはいけない。



「さあ、はじめましょうか。鉱物資源が見つかってくれたら、それこそ最高なんだけど。硬い岩盤でも、城壁の強化に使えると思うから、ひとまず何か所か場所を変えながら地質調査をしましょうね」



 シルヴィアの指示によって、すぐさま採掘がはじまった。



 横穴を掘るように、硬い岩盤が削り取られていく。今回の調査にあたって、シルヴィアはベテランの鉱夫と採掘技師を同行させていた。



 彼らの技術で、厄介な硬い岩盤を効率よく削り、バイロン兵や騎士団も協力して、半日ほどかかって数メートルほど掘削した。さらに数時間をかけて、ようやく堅かった地層に変化がみられはじめ、そこからは火属性の魔石の出番となる。



 昨夜、騎士団に配った温石の数倍にあたる火の魔力を、蓄積させた火薬のような魔石。一時全員を岩盤付近から退避させて、技師の指示で魔石が発動、岩盤にあけた窪みのようなあなで爆発が起きる。



 安全な場所にいても、大きな爆発音と爆風を感じるだろうと身構えていたシルヴィアだったが、そこはエルディオンが纏っていた外套を広げて爆風を遮り、



「心配だから、もっと近くに」



 そう云って、片腕でシルヴィアを抱き寄せたので──ドキン、ドキンと、自分の心臓の音の方がうるさく感じてしまった。



 爆破後、鉱山技師と鉱夫のリーダー、それからバイロン兵と騎士団数人が安全を確認をしに横穴へと向かい、しばらくすると技師がひとり、興奮気味に斜面を駆けおりて戻ってきた。



「た、た、た、大変です! シルヴィアお嬢さまぁぁぁぁ!」



 それだけで、何が見つかったのか、シルヴィアにはおおよそ見当がついていたが、「どうしたの? 慌てないで」と素知らぬ振りをして報告を待つ。



 全身の震えが収まらない技師は、唇を震わせながら伝えてきた。



「オ、オ、オリハルコンが! た、た、大量に!」



 その直後、「当たったぁぁ! 一発的中!」と雄叫びをあげたいくらいだったが、今回ばかりは偶然の発見を装わなければならない。



「なんですって、オリハルコンが? まさか、こんな荒山で?」



 弛む頬を片手で隠し、あたかも信じられないといった顔をしてみせる。



「本当なんです! とにかく、来て見てください!」



 ふたたび斜面を駆け上がりはじめた技師を先頭にして、全員で現場に急ぐ。本当ならシルヴィアも走り出したい気分だったが、



「シア、転んだら危ない。急がなくていい」



 その手はしっかりと、エルディオンに握られていた。



「はい、わかりました。でも、オリハルコンですよ」



「たしかに、本当だったら凄いな。でも、それを確認する前に転びたくはないだろう」



 エルディオンの云うとおり、足元には暴風で飛ばされてきた岩石の破片がゴロゴロしている。小躍りしたいのを必死に押し止めたシルヴィアは、「楽しみです」と、陽の傾きかけた空の下を宝の山へと向かった。



 横穴に到着して最奥へ進むと、そこには人の頭を入れられるほどの削孔があけられていた。



「シルヴィアお嬢様、どうぞ」



 使い捨て用の発光する魔石をひとつ、ポンッと削孔に投げ入れてから、頭を入れたシルヴィアが内部を覗き込めば、目の前に広がっていたのは、奥行のある広い空間。



 その岩肌には、まるで鍾乳洞のようなオリハルコン鉱石の柱が、ぎっしりと何百、何千本とあった。



「すごい……本当に、なんて美しいの」



 発光石が光を放つ数十秒の間、シルヴィアはその光景を目に焼き付けた。



 その後──



 慎重に削孔を広げた鉱夫たちは、一番手前にあったオリハルコンの柱を採掘。石材用のソリに乗せて、ゆっくりと斜面を下り、野営地に運んだ。



 夕暮れ時に見るオリハルコンは、乳白色の柱体を夕陽を反射させて、さらに美しく、宝石のごとく輝いた。



 こんなにも艶やかな合金が、鍛冶屋によって鍛えられると、軽量でありながらも最高硬度の究極の剣や槍となる。加えて、魔法で攻撃された際の耐性もあるので、オリハルコンでつくられた武器や防具は、破格の値で取引されるのだ。



 転生前の過去の文献で調べたところ、オリハルコンの短剣1本で、貴族の屋敷が一邸買える価格で取引されていた。



 本格的な採掘がはじまり、鉱石や武器や防具が取引されるようになれば、レグルス辺境領は瞬く間に、王家を凌ぐ財力を持つことができるようになるだろう。



 頬や口元が弛むのが止められないシルヴィアの前には焚火があり、幻の豚ゴールトンが丸焼きにされている。



 「嬉しそうだな」



 ニンマリとするシルヴィアに、温かいお茶が差し出された。



「エルディオン様、ありがとうございます」



「本当に良かったな。これでレグルス辺境領は圧倒的な財を成せる。やはり星痕それは、神からの祝福だ」



 シルヴィアの左手首を、そっと手に取ったエルディオンは、



「神に感謝を、レグルスに栄光あれ、シアに幸あれ」



 金の腕輪に口づけた。



 焚火があって良かったと思う。そうでなければ、真っ赤になった自分の顔をエルディオンに笑われていただろう。






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